病死した片想いの彼女から告白されたんだけど、幽霊との交際は前途多難だ
久野真一
病死した片想いの彼女から告白されたんだけど、幽霊との交際は前途多難だ
木枯らしの吹く、寒々しい冬の中庭。
木々は既に葉を落としていて、僕
でも、それで良かったのかもしれない。
他の誰かが見たら不審極まりない光景だから。
「
まっすぐ僕を見据えて、どこか必死な声色の少女は
僕より少し小柄でボブカットで、いつも笑顔だった可愛い少女。
片想いの相手だったその人だ。
彼女が生きていれば、僕もこんなに複雑な気持ちになっていなかった。
何より彼女だって、こんな寂しそうな表情はしていなかっただろう。
そう。目の前にいる彼女は故人でいわゆる幽霊という奴だ。
(幽霊から告白された人間というのもなかなかいないだろうな)
なんて
「ありがとう、うらら。僕を好きになってくれてほんとに嬉しい」
混じりっけなしの本音だ。
でも、彼女が生きていて生身だったら。
そう考えてしまうのは止められない。
彼女がこの世を去ったのはほんの数日前。
それは今日みたいに寒い寒い朝のことだった。
◆◆12月2日◆◆
寒い。心のなかで思わずぼやく。
関東の片田舎にあるここは既に気温は10℃以下。
教室にも暖房があればいいのに。
「うららは早く来ないかな」
窓際から外を眺めながらつぶやく僕。外は雲一つない快晴。
片想いの相手が早く来ないかと待ちわびている今日この頃だ。
これと言った特技もないけど、楽しく日常を過ごしている。
最近は彼女の存在もあってどこか浮足立ってもいる日々だ。
【今日は楽しかったよ。夜は少し寂しいけど、また明日会えるんだよね】
【もちろんだって】
【じゃあ、また明日。お休みなさい❤】
彼女との夜の短いやりとり。
文面に籠もった彼女からの好意を感じて自然とニヤけてしまう。
待ち受け画面も彼女、春山うららとのツーショットにしているくらいだ。
うららとはまだ付き合っていない。
でも、既に二人きりでのデートを四回程。
彼女もきっと僕のことをよく思ってくれている。
うららとは高校に入学した時からの友達だ。
彼女と知り合ったきっかけは些細なこと。
数学の授業についていけなかったのを助けてくれたのだった。
◆◆◆◆
「無限集合ってなんだよ。全然わからない」
放課後、誰も居ない空き教室で僕はうんうん唸っていた。
高校に上がって、数学の内容は本当に難しくなった。
僕が悩んでいるのは偶数の定義。
偶数が何かくらいはもちろんわかっているつもり。
でも今はそんな自信も全くなくなっている。
先生の配ったプリントによれば、偶数は
「A={x|x を2で割った余りが0である}」
無限集合Aとして定義されるらしい。意味がさっぱりだ。
要素が無限にある集合なんて聞いた事がなくて頭がパンクしそうだ。
無限集合ってなんだよ。この世の人間全部集めても有限だろうに。
そんな事を考えてどうするんだよ?
仕方ないことを愚痴ってしまう。
(僕の身の丈に合わない進学校に来てしまったんだろうか)
そんなネガティブな考えまで頭に浮かんで来てしまう。
「あれれ。冬崎君。何今にも死にそうな顔してるの?」
唐突に後ろからかけられた声にビクンとして振り向く。
同じクラスの春山うららが興味津々で覗き込んでいた。
「春山か。びっくりさせないで欲しいんだけど」
でも少しほっとしていた。
春山ならこんなことでからかうこともないだろう。
「別にいいじゃない。何で死にそうな顔してたの?」
無邪気にそう
「死にそうな顔って……。わからないところがあっただけだよ」
「ごめんね。本当に深刻そうな顔に見えたから」
ポンと頭を叩く様子は愛嬌があって皆から好かれるのもよくわかる。
「いいけどさ。でも僕と接点ないのに春山は物怖じしないよね」
言葉を交わしたのは両手で数え切れる程だ。
これがコミュ強ってやつか。
「それ言ったら冬崎君も普通に話してくれてると思うけど?」
それを言われるとそうなんだけど。
「それも春山の人徳なんだろうね」
彼女が無邪気だから思わず警戒心を解かれてしまうのだ。
「もう。私を過大評価し過ぎだよ!それで。何悩んでたの?」
「数学。復習してたんだけど、色々わからなくてね」
「冬崎君、すっごい真面目なんだねー。ちょっと尊敬しちゃう」
成績は常に学年一桁台をキープしている彼女に言われてもね。
「真面目って程でもないよ。授業についていけなくなるのが怖いだけ」
この県下一の進学校に行くのにも苦労した。
だから、授業で置いてけぼりになるのが怖い。
「それでも凄いと思うよ。それで、冬崎君はどこがわからないの?」
厄介な奴に目をつけられたなあと嘆息する。
彼女はどこかお節介なところがあるのだ。
「うーん。さすがに、こんなところで詰まってるのはね……」
笑ったりしないのは普段の様子を見ていてよくわかる。
それでも少し躊躇してしまう。
「いいから話してみてよ。私でもわかるかもしれないよ?」
「まあ、いいか。わかったよ」
そうまで言ってくれてるのを遠慮するのも何だし。
しぶしぶ悩んでいる所とメモした図を見せる。
「あーあー。なるほど。ここは悩むよねえ」
ふんふんとうなずく彼女。
顎に手を当てるのは春山の癖だろうか?
「さすが優等生。頭いいね」
授業で当てられて、春山が答えに窮したことを見たことがない。
それでいて教師が想定した模範回答の上を行く頭の回転の速さ。
だから「優等生」と言ったのだけど彼女は少しムっとしていた。
「ねえ。私が最初から勉強出来たと思ってる?」
あ。ひょっとして何か地雷踏んだ?
「いやいや。それでもやっぱり頭の出来が違うでしょ」
「そういう決めつけは良くないよ、冬崎君!」
「でも僕が悩んでるところ、すぐにわかったでしょ?」
「私だって勉強時間は取ってるよ」
教室で予習復習してるのなんて見たことがないんだけど。
「じゃあ、今回の範囲はいつ勉強してたの?」
家で多少は勉強はしてるんだろう。
でも、頭がいい奴は勉強時間も少なかったりするものだ。
「う。そんなのどうでもいいでしょ」
だというのに彼女は答えづらそうだった。
「どうでもよくない。春山もどうせ少し勉強すればわかる側でしょ?」
ちょっと僻み入ってるな。言い過ぎたか。
「そんなに頭良くないよ。真面目に勉強して成績維持してるんだけど」
「じゃあ。どのくらいやってるんだよ」
「笑わない?」
「別に笑う理由はないけど」
「1時間30分。毎日寝る前にやってる」
春山の答えは予想外だった。
僕も同じくらい勉強していたから。
「なんだ。春山も真面目じゃん」
地頭が違うんだと決めてかかっていた。
でも、彼女も裏で頑張ってたんだな。
「今、笑った」
「笑ってないって。微笑ましかっただけ」
「だから言うの嫌だったのに」
「同じくらい勉強してたから親近感湧いただけだって」
「ほんと?」
「ほんとだって」
こんな意地になる面もあるんだな。
彼女が人気な理由もどこか納得できた気がした。
「でも、他の人には言わないでね」
「別に言わないけどなんで?」
「頑張ってます、なんて見せつけるのは嫌だもん」
「努力アピールがやだってのはわかるけど」
意外と小心者なんだな。
なんて失礼な感想はぐっとこらえた。
「でしょ?」
「努力して結果出してるんだから誇っていいと思うけどね」
「私はもう少しスマートにやりたいの」
「変なこだわりだね」
「変って……まあいいよ。せっかくだからLINE交換する?」
「うん?じゃあ、しようか」
僕と春山はそれからよく話すようになったのだった。
◇◇◇◇
それが去年の春。僕が彼女に惹かれるのに時間はかからなかった。
仲良くなった後、うららについてわかったこと。
うららはかなり色々な事を我慢している。
二人きりになった時は、友達から相談ごとが多過ぎると言う。
乗り気じゃない誘いにも顔だしておかないと、とも言っていた。
家の話になればお祖母さんが厳しいこともよく愚痴っていた。
彼女は早い内に両親を亡くしてお祖母さんに育てられたらしい。
小さい頃から「もう少し我慢しなさい。うらら」が口癖だとか。
就寝時間にも厳しくて午前0時を回って部屋の電気がついてると、
よくお小言を言われるのだとか。
でも、彼女が僕と二人きりになった時にだけ零すちょっとした愚痴。
彼女の特別になれた気がして誇らしくなったものだった。
彼女とは色々な行事を共にした。夏にはうららや友達と海に行った。
文化祭では、率先して実行委員を引き受けた彼女と一緒に頭を悩ませた。
二人っきりでファミレスで打ち上げもしたっけ。
そんな冬のある日。
仲のいい友達じゃなくてその先に進みたい。
デートに誘った僕に嬉しそうにうなずいてくれたのを覚えている。
(昨日は絶対いい感じだった)
別れる間際の「待ってるからね」という言葉。
昨日のライン。あと一押しで行けるという確信があった。
(早くうららが来ないかな)
でも、ホームルーム間際になっても来る様子がない。
ガラリと扉を開けて、担任の先生が入って来る。
ああ。やっぱり風邪でも引いたな。
(放課後はお見舞いにでも行こう)
でも、今日はなんだか担任の先生の雰囲気が違う。
重苦しくてどこか暗い。何かあったんだろうか。
「ホームルームの前に、皆さんには残念なお知らせをしなければいけません」
涙声で話す担任の先生ことゆきちゃん先生。
一体何があったのだろう。固唾を呑んで皆で見守る。
「私達のクラスの、春山うららさんですが……」
うらら?一体何があったのだというのだろう。
急速に嫌な予感が湧き上がってくる。
「今朝、午前5時頃にお亡くなりになりました」
ゆきちゃん先生が言っている言葉が信じられなかった。
オナクナリ、という言葉が頭の中でうまく変換できない。
「えっと先生。うららちゃんはなんで亡くなった、んですか?」
うららと仲の良かった女子生徒が、途切れ途切れに質問をする。
「
涙を堪えなから話すゆきちゃん先生。腸捻転。聞いたこともない病気だ。
「明日、春山さんの告別式がとりおこなわれます。場所は……」
葬式の場所と時間が伝えられるけどまるで実感がわかない。
昨日のデートでは凄く元気だったじゃないか。
二人ではしゃいで遊園地を回ったじゃないか。
言っても仕方がない言葉が頭を駆け巡る。
最後にゆきちゃん先生が言った、
「うららさんとは最後のお別れになります。皆、出てあげてくださいね」
そんな言葉が心に残った。もう既に彼女はこの世に居ない。
◇◇◇◇
「うららちゃん、最期まで我慢してたみたい」
「うん。自分からは救急車呼ばなかったんだって」
「お祖母ちゃんに聞かれても、「お腹が痛いだけ」って言ってたんだって」
「なんだか悲しいよね」
女子たちがひそひそ話をするのが聞こえてくる。
僕も昨日、お
列に並びながもどこか彼女の死を実感できないでいた。
今もこうしていると、
「あれ?皆、私の話なんかして、どうしたの?」
棺桶から起き上がって来そうと思ってしまうくらいに。
列が進んで僕が花を添える番になる。
棺桶の彼女は生前と変わらない整った容姿をしている。
でも、ぴくりとも笑わないし、全く生気がない。
(うららはもうこの世にいないんだ)
ようやく実感が湧いてくる。
彼女のことが好きだった。恋人になりたかった。
でも、今はそんなことはもうどうでも良かった。
ただ、あの優しいうららと二度と会えない事が寂しかった。
◇◇◇◇
彼女の葬式の翌日。人が亡くなっても時間は待ってくれない。
普通通りに学校はあって、彼女の席に花が生けてあったのだけが違った。
教室のど真ん中の一番前の席。
目立つ場所に花が置いてあるものだから、皆も時々ちらちらと見ている。
(生きていて欲しかったな)
昨夜はあまり寝ることも出来なかった。
もし、容態が急変する前に僕が気づくことが出来たら。
そんなことは無理なのはわかっているけど、どうしても考えてしまう。
ふと、うららの机に誰かが座って、退屈そうに足をぶらぶらとさせている。
(おいおい。さすがにそれはないだろ)
花が生けてある意味すらわからないのか?
反射的にその生徒に注意しようと立ち上がろうとすると、ふと目があった。
そこに居たのは、春山うらら、まさにその人だった。
「ええ?」
あまりに大きな声だったのだろうか。
周りが何事かと僕の方を見てくる。
(まずい)
寝不足のせいで幻覚まで見てしまったらしい。
うららが亡くなって彼女の幻覚を見るようになった、
なんて思われたらやばい。
「ごめんごめん。家に忘れ物を思い出して変な声が出ただけ」
我ながら苦しい言い訳だと思う。
ただ、真面目一辺倒で通っている僕のことだ。
なーんだと皆納得してくれたようだった。
深呼吸をして再度、幻覚がいたその場所を見据える。
彼女の幻覚が手を合わせて、ごめんと言っていた。
(僕、本当にまずくない?)
調べてみると、死んだ人の幻覚が見えるということは時にあるらしい。
でも、大抵が高齢者で認知症が原因のことが大半だとか。
それ以外だと統合失調症という病名もあった。精神病の一つらしい。
(病院に行った方がいいんだろうか)
死んだうららの幻覚が見えるなんて言ったら父さんも母さんも心配するだろう。
両親にそんな心配をかけたくはなかった。
でも、こうやって幻覚が見えて、しかも今は目すら合っている。
(いくら好きだったからって言っても)
幻覚ってこうまではっきりと見えるんだろうか。
物語の中の幽霊とかだと、半透明だったり浮いていたりが定番だけど。
幻覚さんはしっかりと地に足をつけていて、半透明だったりもしない。
「
声まで聞こえる。幻覚に幻聴も追加か。いよいよ重症だ。
でも、幻覚とはいえ何故だか無視するのは罪悪感がある。
【見えてる。9割以上幻覚だろうと思ってるけどね】
大きく文字を書き付けたノートを一瞬、彼女に見せる。
果たして幻覚さんは、一転してにぱっと嬉しそうな顔をしたかと思うと、
とことこと窓際の僕の席に寄って来て、
「ごめんね、善治君。私が死んじゃったせいで迷惑かけて」
申し訳なさそうに頭を下げて来たのだった。
ブラックジョークも大概にして欲しい。
いや、幻覚だからこのジョークも僕の考えたものか。
申し訳無さそうなこの姿も僕の想像するうららのままで。
やっぱり僕は重症だ。
◇◇◇◇
【それで、うららはその……本当に僕の幻覚じゃないの?】
今は一限目の授業中。
まさか幻覚改めうららの幽霊と話していると知られるわけにはいかない。
だから、ノートを使っての筆談。
「信じづらいだろうけど。今、考えている私がいるのは確か」
全く。こんな言い回しまで彼女らしい。
【我思う、ゆえに我あり?僕はデカルトはあんまり好きじゃないんだけど】
うららは実は結構哲学が好きだったりするのだ。
哲学は「小難しいこと考えている人」ってイメージだから滅多に言わないけどね。
とはかつて彼女と話したときの思い出だ。
「そういえば、善治君は抽象論を弄ぶのは好きじゃないって言ってたよね」
どこか懐かしそうに目を細めるうららの言葉は血が通っていて、
信じがたいことだけど、本当に「幽霊のようなもの」なんだろうか。
でも、信じていいんだろうか。
明日になったら彼女はやっぱり居なくてただの幻覚だったら。
それが怖い。
【本当に、本当に、うらら、なんだよね】
もし彼女が幻覚なら意味の無い問い。
でも、聞かずには居られなかった。
「信じてよ!て言えたらいいんだけど」
「うららなら言えないよね」
「そういうこと。私も同じ立場なら信じられるか自信がないから」
「そんなところまで本人ぽくなくていいのに」
「本人だよ。とにかく、信じるかどうかは善治君に任せるよ」
自分は我慢をしてもいいけど、誰かに我慢をさせたり強いたりしたくない。
それはきっと彼女の信念なのは確かで。
【もし幻覚だったら恨むからね。それとおかえり】
やっぱりそれは幻覚じゃないのだと。そう信じざるを得なかったのだった。
「恨まれても困るけど、でもありがとうね。それと、ただいま」
そんなこんなで。
幽霊(仮)として還ってきた僕と彼女の新しい日常が始まったのだった。
◇◇◇◇
数日を経て現在に至るというわけだ。
「ごめんね。本当は生きてる内に告白したかったのに、こんな形になっちゃって」
どこかしょげた様子なのは気の所為じゃないだろう。
彼女は僕以外の誰にも見えない。
物に触れられるのは不幸中の幸いだけど、やっぱり人間には見えない。
「僕も本当は次のデートで告白するつもりだったからね。そこはお互い様」
「ほんとだよ、もう。でも、遺書じゃなくてこうして言えたのは良かったかな」
「遺書?」
「ええと。私って実際に死んじゃったわけでしょ?生きてる内に一応ね」
「君の事だから、きっとお腹痛いのに無理して何か書いてたんでしょ」
お祖母ちゃんに心配をかけたくないから。
そんな理由で救急車を呼ぶのが遅れたらしいとは聞いている。
「遺書のことはともかく!本当はもう生きても居ない私が恋人作りたい、なんてあっちゃいけないのかもしれないとは思う。でも……もう後悔はしたくないから」
後悔か。我慢せず早く救急車を呼んでいればよかったということなのか。
僕からの告白待ちじゃなくて自分からすればよかったということなのか。
それはわからないけど、うららもこの数日色々悩んだんだろう。
「実はさ。僕も結構迷ったんだよ。こんな形でも再会できたなら、想いを伝えるべきなんじゃないかって。でも、仮に受け入れてくれても、いつまでうららがこうしていられるかわからない」
幽霊と呼んではいるけど、実の所どういう存在なのかは今もってわからない。
うらら曰く、同じように幽霊になった人とは時折遭遇するらしい。
そんな人達によると、幽霊になる人はこの世への執着が強いらしい。
時間が経つと執着も弱まって行って、気がつけば居なくなっていることも多い。
それを彼らは「成仏」と呼ぶのだとか。
反対に、この世に強い執着……未練に限らず、元々生きることへの強い執着心が強い人はずっと幽霊として長く留まって、それこそ100年以上生きることもあるのだとか。
「皆が言うように、執着が強ければ強いほど長く留まっていられるのなら、私もそこまで長くないかもしれないし、ね」
きっとそうだろうな、と思った。
「僕も、不便でも、普通の恋人らしいことが出来なくても、うららと付き合いたい。でもね。もし、うららが最期の望みに恋人気分を味わいたいっていうのだったら断固としてお断り」
そんな儀式に付き合うのは勘弁だ。
「善治君ってそういうところ意外に頑固だったんだね。初めて知ったよ」
もう彼女は生きてはいないのに、くすっと笑うとやっぱりかわいい。
「もし、幽霊の友達が言うように、執着があればこの世に留まれるのなら、
僕に迷惑をかけるからと我慢してしまいそうな彼女だから。
これだけは釘を差しておかないと。
「わかった。私も我慢しないでワガママいっぱい言ってみるから。でも、本当の私はいい子じゃなくて、すっごくわがままだから。後から後悔しても遅いからね?」
笑ってしまう。
そんなことを宣言する時点で、彼女はすごくいい子だから。
「それじゃ、付き合おうか。あ、そうそう。手始めに遊園地デートとかどう?」
「遊園地は生きてる時に最後に行ったと思うけど?」
「本当はあの時、観覧車で告白しようと思ってたんだ。だから、リベンジデート」
「変なところにこだわるんだから」
「僕もたいがい偏屈者だから」
「わかってる」
こうして、僕と彼女の困難極まりない男女交際が始まったのだった。
◇◇◇◇
「やっぱり生きてて良かったかも」
今、僕とうららがいるのは夕方の観覧車。
傍から見れば一人で寂しく観覧車に乗る男一人。
「もう死んでるよって突っ込めばいい?」
うららは窓から見える夕日をぼーっと眺めている。
彼女もやっぱりあの日に観覧車に乗りたかったのは同じらしい。
「あの時、そろそろ帰ろうかと言われた時は憤死するかと思ったよ」
とは彼女の弁だ。
「死んでても良いものは良いの」
あの時以来、うららは吹っ切れたらしい。
不便なことは遠慮なく言ってくる。
こうして自分が死んでることをネタにすることすらある。
「うららも色々吹っ切れたよね」
「吹っ切れた?そうかな?」
「生きてた時は色々我慢してた気がするから」
「そのせいでまだ高校生なのに死んじゃうしね。だから決めたの」
「もう我慢しないって?」
「うん。我慢してると善治君も気を遣っちゃうでしょ?」
本当ならもっと身の上を嘆いていてもいいのに。
「うららは本当に強いね」
「別に強くないよ。死ぬ間際も本当に泣きそうだったし」
「それであの遺書を書けるのが凄いよ。いや、本当に」
◆◆◆◆
うららと恋人になってからさらに数日後のこと。
僕は彼女のお祖母さんと向かい合っていた。
彼女の遺品を渡したいという連絡があったからだ。
「ほんとに、ありがとう。いつも、うららにいつも良くしてくれて」
お祖母さんにもうららは見えていないらしい。
「いえ。
一つはお祖母さんに向けての本心。
もう一つは後ろの彼女に向けてのこれからの決意表明。
「お祖母ちゃん、本当に親不孝でごめんね」
そうぽつりとこぼした言葉はきっと届かなかっただろう。
「きっと、あの子からの手紙だと思います」
そんな言葉と共に封筒に入った手紙を受け取り、彼女の家を後にしたのだった。
【親愛なる善治君へ】
彼女からの手紙はそう始まった。
【もし、あなたがこれを読んでいるのなら、私はもうこの世に居ないと思います】
うららは「遺書を読まれるのは恥ずかしいから」と席を外してくれている。
【きっとただの腹痛だから、心配しすぎだと思うのですけど】
手紙は続く。書いている時も本当に死ぬとは思っていなかったんだ。
【万が一の事を考えて、遺書を書いておくことにしました】
本来なら悲しみで涙するところなんだろうけど。
遺書書く暇あったら、なんて恨み言が湧いてくる。
【「さっさと救急車を呼べばいいのに」と思ってそうだから、先回りしておくよ】
【すっごくお腹が痛いんだけど。ただの腹痛かもしれないし、呼べないよ】
後悔先に立たず、とは言うけどこんな微妙な気持ちで遺書を読むことになるとは。
【今もすっごくお腹が痛いんだけど、えーと、何書こうかな】
やっぱり救急車呼べよ、と言いたくなる。
えーと、何書こうかな、とか書いてる場合じゃなくてさ。
【あ、そうそう。まずは今日のデートの事】
【本当は告白を期待していました。なのに善治君は良い雰囲気の中、そろそろ帰ろうかなんて言うものだから、はあ?と正直思っていました」
うぐ。確かにいい雰囲気と言えばそうだったかもしれないけど。
まだ勝負をかけるには早すぎると慎重だっただけなんだ。
【というか、そもそも、私の片想いだった……なんてオチじゃないですよね?】
うん。現時点で付き合ってるわけだしね。
【ともあれ、そんなことはおいといて、本題に入りたいと思います】
前置きで恨み言を書く辺り、せめて死ぬ前に言い残しておきたかったんだろうか。
いや、彼女がいるからこうして細かいツッコミが湧いて来てしまうのだ。
【変な前置きをするのは苦手なので、簡潔に言います】
【私は、あなたの事が大好きでした】
過去形なのは、遺書なのを意識しているのだろう。
後でこのことを言ったら悶えてそうだ。
【死んでから想いが伝わるなんてあまり嬉しくないんですけど】
【なんで好きになったのかは、色々あります。たとえば、裏では努力してても、表では見せないように振る舞っていたこととか。見栄っ張りなところが可愛いなと思ったのが始まりでした」
可愛いとかそんな風に思われてたのか。ちょっと恥ずかしいな。
【友達やお祖母ちゃんについての悩みを静かに聞いてくれたこと】
【お祖母ちゃんは厳しかったので、ほんとに助かりました】
お祖母ちゃん、か。彼女がいることを伝えられないのが少し心苦しい。
【でも、お祖母ちゃんが嫌いというわけじゃないですよ。念のため】
【あーもう。何書けばいいんでしょうね。他の人は遺書ってどう書くのでしょうか】
【他にも色々あるのですが、あなたの事が大好きでした。以上、終了!】
凄く痛かっただろうに。そんな中で僕を想って手紙を書く精神力には脱帽する。
【P.S. 私が死んだ時に誰かが泣いてくれたら嬉しいなと思います。でも、おおげさなのは趣味じゃありません】
便箋の下の方に追伸があった。
【正直、まだまだやりたい事もありました。恋人になった後の色々とかももちろん経験してみたかったです。もちろん、相手は善治君ですけど、叶うことはなさそうです。ちょっとだけ泣いて、時々思い出してくれれば言うことはありません。人生、終了する時はあっけないものだと思ます。私の両親のように】
そうして追伸は締めくくられていた。
◇◇◇◇
「遺書のことは言わないで。恥ずかしいから」
途端に顔を覆って俯いてしまう。
「本来なら読まれた方は生きてないもんね」
彼女にしてみれば渡すつもりのないラブレターが読まれたようなものだろう。
「遺書が黒歴史になるなんて思っても見なかったよ」
「神様がこの世にいるなら、とんだ愉快犯だと思うね」
少ない時間を生きる切ないラブストーリーじゃない。
奇跡が起こるご都合主義なハッピーエンドでもない。
不便で時に寂しいけど、楽しいときもある。
日常を生きていくほのぼのストーリー。
神様がいるならやっぱり気まぐれとしか思えない。
「愉快犯な神様のおかげでこうしていられるんだから感謝しないとね」
目を閉じて何かを祈る姿はどこか神聖なようにも感じられて。
「そうだね。神さまがいるなら感謝してもいいかな」
神様。どうか、うららとのこんな楽しい日常が長く続きますように。
隣にいる最愛の彼女を思ってそう願う僕だった。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
幽霊になった彼女とのお話でした。
病死した相手との逢瀬というテーマは、結構ありふれているわけですが、あえて日常を過ごしていくならどうなるんだろう。そんなことを考えながら書いたお話でした。
楽しんでいただけたら、応援コメントや★レビューもらえたら嬉しいです。
☆☆☆☆☆☆☆☆
病死した片想いの彼女から告白されたんだけど、幽霊との交際は前途多難だ 久野真一 @kuno1234
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