第3話 閑話休題

 余暇余剰。

「たまにはこういうのもいいでしょう? 大した人生じゃないんだもの。こういう日があったっていいじゃない。今日はキミが出る幕ではなかった。悪い意味ではなくてね? キミの出番ではなかった。そんな日」

 その女性はただそうである事実という風に言う。

 このテーブルと椅子を除いて何もない真っ白な世界に、僕とその女性の二人だけ。ミステリー、異世界、ホラー・グロテスク、恋愛。僕たちが生きる世界には、僕たちがいない世界の物語が溢れている。


「キミの大好きなテレビゲームだって、プレイする人を『楽しませよう』として作られてはいるけれど、その全部が満足に面白いと呼べるものではない、ということもあるわよね。私とキミのこの遊びも、たまには落ちのないただの会話劇、ということもあるわ」

 テーブルの上にはいつの間にか紅茶が置かれていて、無音の空白の世界に湯気を立ち上げている。答える言葉を持ち合わせない僕は、その紅茶に口をつけ、思案する。

「落ちがない、とはいっても、何も話題がないのは楽しいものではないわよね。そうね、そうしたら、キミの好きな物語というのを教えてもらえないかしら。ずっとキミと言葉を交わしてきたけれど、意外とそういう事って話したりしていないわよね?」

「僕の好きな物語ね……。案外自分でも自分の好きをいまいち掴みきれてないような気はしてるんだよね。嫌いなものはいろいろあるんだよ。ただ煩いだけとか、エンタメ扱いされる無意味な残虐性とか」

「映画で言う“パニック・アクション”みたいなものかしら」

「いや、それはそれで、見るところはあるとは思ってる。極限状態下においての人間の葛藤や選択。そこから発生する能力や環境の対立。そんな人の揺れ動きを土台からひっくり返す理不尽。究極的な選択を迫られるクライマックス。そういうのは、それで面白みがあると思うのね」

「それじゃあ、そんなキミが嫌いだっていう、“無意味な”残虐性ってどういうこと?」

「うーん、自分で言ってはみたけど、こういうのがって具体例を挙げられるわけではないんだよね。ああでも、最後まで見終わった後、読み終わった後になってあそこのあのシーンって結局何だったの? ってなるのはつまらなくて、それがただただ残虐性を強調するだけのシーン、とかだったりするとなんかくだらないモノのように感じちゃうかもしれない」

「要約するなら、前提として“無意味”なものがそもそも嫌で、それが“残虐性の強調”のためだけ、っていうのが嫌、という感じかしら。それはただ、単に製作者の真意に気付けなかっただけ、っていうこともあるんじゃない?」

「はは、まあそれは否定できないな。そういうのがあるから、一概に嫌いなものって言い方もできないかなとも思う。僕の理解力が足りなくて嫌い扱いしてるとかバカっぽくって。逆にさ、そっちは好きな物語とかどういうのなの?」

「そうね……。強いて言うなら、終わり方はハッピーエンドではあってほしいかしら。いろいろあったけれど、どんないびつな形ではあったとしても、当人がハッピーって思える結末を迎えてほしい、そう思う」

「それはー、まあどうなんだろうね。個人の趣向として留めるならありといえば、ありなのかな」

「それ、ハッピーエンドが好きすぎて、ハッピーエンドじゃない物語にアンチになるのは良くない、ってそういう話?」

「そうそう」

「まぁそういう人の気持ちも分からなくないけれどね。結末を知らずに読み始めるのが普通だと思うし。不幸になることが予め決められたキャラクターを、そうと知らずに好きになってしまう事だってあるし。そういう人が、好きになったキャラクターが少しでも幸せになってほしいがために物語を捻じ曲げようとしてしまう。そういう理屈、分かる気がするわ」

「とはいえ、好きになるキャラが毎回不幸になるっていう人もいるから面白いけどね」

「あれ面白いわよね」


「つらつらと話してみたけれど、どう、次の話のアイデアはなにか浮かんだ?」

「次は僕の番だったよな。聞いた話を参考に、せっかくなら初めからハッピーエンドって決められた話を考えるのも楽しいような気がする」

「でもどうせキミのことだろう。なにかしら一ひねりは入れてきそうだわ」

「はは、それはそれで楽しいだろう? 『ハッピーエンド』の定義をしっかりと定めたうえで裏切って意外性を作る。物語を作るなら意外性の構築はないがしろにはできないと僕は思うね」

「まったくもってキミは性根が悪い」

「物語を作ろうなんて人が性根が悪くないなんて、あるわけないだろ?」


 手元の紅茶はもう冷めてしまった。

 一息ついて、僕は語りだす。


「それじゃあ始めようか。『物語の始まり。序章――――』」

 僕の番だ。聞き手読み手を楽しませる、前代未聞、荒唐無稽のエンターテイメントを演じよう。目指すだけなら誰にだって勝手だからね。



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