第2話 わたしは せかいいち かわいい!

 1


 わたしは世界一かわいいですっ。

 わたしのかわいさを言葉で言い表そうとするのはとっても難しいこと。わたしのほっぺたがふにふにとか、おめめがくりくりとか、そういうのはわたしを知って分かることだよね? でも、わたしは、そんなことを知らない人も知ってるかわいさなのです。


 だけど最近ちょっと悩みがあって、じつはわたし、こどもっぽく見られてる気がするのです。一緒におうちに住んでるおねえちゃんが、いつも赤ちゃんをあやすような口調で話しかけてくるのです。

「赤ちゃん言葉やめて! わたしはりっぱなレディなのよ!」

 そう言っても聞いてくれないの。まったく、わたしがいくらかわいいからって、それで子ども扱いをしていいってことじゃないって思わない? すぐにおっきくなって、ぎゃふんって言わせてやるわ!


 そういえばこの間おねえちゃんが、なんだかすっごいいい匂いの枝をくれたの。あれなんだったんだろ……。もうね、すっごいすごかったんだよ。その匂いをかぐともうなんにも考えられなくなって「ふわふわぁ」って気分になったのです。世界がぐわんぐわんしてとろとろになっちゃって、すっごい気持ちよかったのです。


 えーっとあとは、あ、おねえちゃんの話をします! わたしはとってもかわいいんですけど、罪つくりなレディでね、おねえちゃんはわたしにもうメロメロなのです!

 こないだも、お昼寝をしてるといつの間にかそばにいてわたしの手をふにふに触ってきたの。きもちよーくぐぅぐぅしてたから、あんまり相手したくなかったんだけど、わたしの手がとっても触り心地いいみたいで、ずっとふにふにしてたの。

 おやすみ中のレディの手をふにふに触るってすごい失礼じゃない?? やさしく触ってくれたからちょっと気持ちよかったけどさ。そこはよくても一言ことわってから触ってもらいたいよね? 

 まったくもう。おねえちゃんがそんなふうなのは、わたしがかわいすぎるからーってことだからだと思うのです。しかたないなぁ、かわいすぎるわたし、本当に罪つくりだなぁ。


 ふわぁあ。今日もお昼寝したり弟とあそんだりしたらもうこんな時間かぁ。

 そろそろ、あ、おねえちゃん帰ってきた!

「おねえちゃんー--! ごはんー! ごーはーんー--!!!」


 2


「ゆかりさん、最近飼い始めた猫ちゃん達、ご様子どうですー?」

 猫好きの後輩がうきうきした様子で話しかけてきた。いつも休憩時間に猫動画を見たり猫系ブロガーを巡回するのが楽しいのだそう。諸事情で猫を飼う事になったときもいろいろと教えてもらった。

「うちにもようやく慣れてきたみたいで緊張もだいぶ和らいでるみたい。昨日ものんびり日向ぼっこしてお昼寝したり弟にゃんこと遊んだりしてて寛いでるわ」

「ふふ。いいですねいいですね。幸せそうなにゃんこ見てると幸せな気分になりますよね」

「うんうん。あ、そうそう。こないだ教えてもらったまたたびの枝、あげたらとても楽しんでもらえたわ。気分がよかったのかとろんなってごろごろしちゃって。ありがとう」

「いえいえ! 猫ちゃん達が喜んでくれて私もうれしいです!」


 最近猫を飼い始めて生活サイクルが変わってきたような気がする。

 仕事で無理な残業をしなくなって、帰り道に無駄な寄り道もしなくなった。

 あの子のかわいい寝顔や柔らかい肉球の触感が、仕事のストレスを払拭してくれるようなこともある。後輩には言えないが、私と猫達だけのときは偶に赤ちゃん言葉も出てしまって、我ながら夢中になってしまっている。

 時折何か言いたげに「にゃーにゃー」いうのも、こちらの言葉に何か返そうとしていると思うと愛らしくてたまらない。猫の言葉が分かるようになりたいわ。


 仕事を終え、帰宅し玄関を開ける。

 玄関前に置かれた侵入禁止の柵の向こうで猫達が「にゃーにゃー」と鳴いている。

 あれはきっと『おかえり』と『ごはんちょうだい』かしら。なんだか猫の気持ちが少しずつだが分かってきたような気がする。ふふ、この子自分がかわいいってきっとわかってるんでしょうね。

 猫達を見る。ふにふにのほっぺやくりくりの目ももちろんかわいいのだけれども。

 そんな説明なんていらないほどに、世界一かわいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る