第11話 進化する侵略者 8

人生で二度目の空中飛行を体験して気づいたことは、足が浮いているというのは非常にもどかしい。感覚を例えると、遊園地によくあるタワー型の自由落下するアトラクションに似ている。風で体が揺れるたびに、軽率に死を実感できる。

 ジェリーが僕を叱責して数分がたった。俺はこいつの集中力が切れないように黙っていた。俺からじゃジェリーの顔が見えない。いや、そもそもこういつの顔ってどこなんだ?

「なあ、そろそろどうにかならないのか? ずっと空を飛んでたって仕方がないんじゃないのか」

 俺は痺れを切らして話しかけた。この逃走は言わば2対1億の鬼ごっこだ。モタモタしていると追ってや待ち伏せも増えてくる。実際さっきまで地上ではギリギリで巻くことのできる状況だった。このままでは通用する手段まで通用しなくなる。

「うーん……」

「なに、ジェリーにしては歯切れ悪いじゃん」

「大きな賭けに外れたわけだからね、そう簡単に起死回生の案は浮かばないよ」

 ついてないため息が聞こえそうなほど、落胆した声で話した。

「リョウ、四面楚歌って言葉の語源知ってるかい?」

「さあ、でも絶望的な状況ってことはわかるよ」

「あの言葉はね、項羽(こうう)って将軍が城の四方を敵に囲まれたことが由来なんだ」

「へえ」

「そのとき項羽はどうすればいいかわかんないって歌を作るくらい解決策が浮かばなかったんだ。絶望的な状況は焦りと不安で人を狂わす。私は人じゃないけど」

 だとしたら、もしかしたら俺たちの状況は項羽よりも悪いのかもしれない。俺たちは城なんて居場所がない。なんなら地上は敵陣のもである。全面楚歌と言ってもいいすぎじゃない。

「じゃあ、その項羽さんはやられたの?」

「いや、気合いで敵陣を突破したらしい」

「ええ」

 この状況の打開策のヒントが隠されているのだと思ったら、気合いで解決した話だった。やっぱりメンタルが一番重要という話だろうか。

 思えば、こいつが雑談に近い話をしたのは初めてかもしれない。今までは逃走に関することや状況の説明しか聞いたことがないから、こいつも雑談をするのかと意外に思った。

 ロボットに近い思考をしている人工生命体。そのイメージが少しだけ崩れた。

「じゃあさ」

 だとしたら、ジェリーも完璧ではないのかもしれない。

「俺たちも正面から突っ込んでみる?」

 こいつの手助けができるかもしれない。

 馬鹿なこと言うんじゃない。ジェリーはそう言うと思った。しかし、返事は意外なものだった。

「……人間の気持ちになって考えてみたんだ。追っての移動手段は多分車が多い。ただでさえ走るより速く逃げ回る標的を、まさか足で追いかけたりはしないだろう。もしかしたら、もし人間がとんでもなく愚かしい生き物だったら、急に逆走したら深刻な交通麻痺が起こるんじゃないかな」

 ジェリーの仮説は筋が取っているようにも、机上の空論にも感じ取れる。きっとジェリーだってこんな捨て身の案は考えたくもないだろう。それでも、ジェリーはまっすぐな声で俺に言った。

「私は項羽にあったことがない。だから、なんで四面楚歌から抜け出せたのかわからない。でも、理由の一つには、項羽が絶望的な状況でも敵から目を背けないほどの大物だったことも関係するんじゃないかな」

 ジェリーははっきり俺に言った。

「今から追っ手を引きつけてから急旋回する。その後のプランはあとで考える。リョウ、二人で大物になろう」

 俺は笑った。

「お前は人じゃねーよ」

 ジェリーは初めて笑った。


 それから俺たちは滑空しながら地面に近づいた。豆粒だった追っ手が比較的くっきり見えるようになってきた。地上が近づくと、銃口を向けられたあの時を思い出す。

「リョウ、怪しまれるから後ろは見ないでくれよ。いい感じにみんな着いてきてくれてる」

「それは都合がいいな」

「状況がいいうちに取り掛かろう。五秒後に切り返す」

 了解。俺は脳内で五秒間数えた。5、4、3……。

 0秒と同時に衝撃が体に響いた。思わず目を閉じた。

 目を開けると俺たちは追っ手と対面していた。計画通り、急旋回を始めたらしい。それだけじゃない。俺の目の前に思いもしないものがあった。

「ジェリーなんで手なんか伸ばして……」

 俺の目の前にジェリーの触手が伸びていた。まるで俺の手のような触手が拳を作っていた。

 ジェリーは拳を戻して無言でまた急旋回した。拳から何かが落ちた。

「おい、回りすぎだ! 一回転したぞ!」

「リョウ、逃げよう。後ろは言っちゃいけない」

「……は?」

 また大きな衝撃が響いた。今度はジェリーの手の中が見えた。それは、あまりにも大きいが、おそらく銃弾。

「スナイパー?」

 おれはジェリーに尋ねた。ジェリーは「ああ」と言った。

「銃なんて、お前にかかれば手掴みできるものだろ。それに隠れはながら逃げれば」

「そう言う問題じゃないんだ、この銃弾は撃ち込まれていない。薬きょうが消耗されていないんだ。それに、二つの銃弾は『ちょうど君の脳天』を狙って撃ち込まれている」

「は? そんなことできるわけ」

「そう、できるわけない」

 ジェリーは落ち着きをなくした。


「スナイパーの正体は、僕と同じ人工生命体、『ゼル』だ」

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