第8話 進化する侵略者 5

「慌てすぎだよ。まだ八方塞がりなわけじゃない」

 ジェリーが言った。ミラー越しにタクシー運転手と目が合う。俺は焦りを抑えるため、ゆっくり目を閉じた。

「どうしてばれた? まさか、誰かにつけられていたとか」

「いや、どうやら運転手が感づいたらしいね。薄目で外を見てごらん」

 俺はジェリーに言われた通り薄く目を開けた。タクシーの外は何の変哲もない道路の景色が広がっている。

「……何も見えないけど」

「そこがおかしいんだよ。気づかないのか!」

ジェリーが声を荒げた。

「車も人通りも減って、ついには誰もいなくなった。明らかに交通に規制がかけられている。それにたいしてこのタクシードライバー、すっからかんな道路で全くスピードを上げない」

 俺はもう一度外を見た。確かに通りの規模は大きいはずなのに誰一人いない。なぜ交通規制がかけられたか。その理由は明白だった。

「頃合いを見て私たちを捕まえに来るはずだ。それまでに何とかここからでなければ……」

「タクシーから脱出するタイミングはいつにする?」

「次信号に止まった時だね。逃げ出した後の行動は、申し訳ないがめどが立っていない。とにかく逃げ続けることになるよ」

 どうやら、せっかく考えたジェリーの計画はすべて使えなくなったらしい。

 タクシーはがらんとした道をゆっくり走る。

 俺たちは逃げ出すタイミングを黙って待った。


 数十秒経ってジェリーが話しかけてきた。

「前の信号が黄色になった。リョウ、車が止まったと同時に逃げるよ。合図をしたら左側から出てくれ」

「左側? どうして?」

「左に進んだ先に線路がある。もしかしたら、タイミングがあえば電車が通るかもしれない。それに乗り移れることに賭けるんだ。それしか手段がない」

 俺は小さく頷いた。緊張が体を駆け巡る。耳から聞こえる音に集中すると、タクシーが減速していくのがわかる。俺たちは追っ手を巻くことができるのだろうか。逃げ切る自信が持てないせいで、いつまでも覚悟を決めきれない。

 タクシーが完全に止まった。同時にジェリーが叫んだ。

「走れ! リョウ!」

「あっ、お客さん!」

 タクシーの運転手の声が聞こえた頃にはすでに車から外に出ていた。目の前にコンクリートの森が広がる。俺の来たことのない場所だった。

 俺はすぐさま駆け出す。浮いているような感覚でうまく走れない。

 変装のためのイヤホンとマスクの形が崩れていく。やがてあの丸い球が頭に出来上がった。

「リョウ、右手に見える一番高い建物が見えるかい」

「ああ、見える!」

 右手には一際大きな建物が見えた。どこかで見たことがある。たしか、昔見たテレビ局があんな形だった。

「まずはあそこまでを目指してくれ。そこまでたどり着いたら、一気に線路まで近づく!」

「飛ぶのか?」

 ジェリーに連れ去られるように無理やり逃げ出したのを思い出した。こいつが形を変えて飛んだ時は追っ手を巻くことができた。それを使えば、逃げることが可能だろうか。

「いや、あれは案外遅くて逃げるには難しい。対策されてたら簡単に捕まるよ。それよりも、もっと高速で移動する」

「どうやって?」

「今は説明する暇がない! それよりも、聞こえるかい? 前方から車の音がたくさん聞こえる。多分先回りされてる!」

 ジェリーの予想は的中した。進行方向から何台もの大型車が出てきた。武装した人間が何人も車から出てきて、あっという間に人の壁ができた。いくつもの銃口がこちらに向いた。俺は一度撃たれかけたことを思い出して、思わず足がすくんだ。

「やはり麻酔銃じゃなくてライフルになってる。リョウ、走り続けるんだ。反対側もまもなく塞がれて退路がなくなる。人と車のバリケードを越えるよ」

「越えるってどうやって? このまま突っ込んでも蜂の巣だ!」

「リョウ、私を信じるんだ」

 ジェリーの体から細長い触手のようなものが何本も生えてきた。俺の体にも薄く広がったジェリーの体が張り巡らされる。

「撃たれた銃弾は全て弾いてみせる。君はあの車を飛び越えるんだ。今君の足に私の体を移してる。飛び越えれる間合いに入ったら君の足をバネみたいにして飛ばしてあげるよ」

 武装した人たちは一斉に射撃を始める。殺意の混じった音が響く。

 ジェリーの触手は目にも止まらぬ速さで銃弾を撃ち落とす。そこら中に銃弾が広がった。

 俺はここを越えなければならない。すくんで固まった足をなんとか鼓舞して動かす。体に張り巡らされたジェリーの体が走るのを手助けしてくれる。俺はみるみる加速していく。

 武装した人たち突進する中、あげた右足が目まぐるしく変形する。

「今だ! 飛び越えるんだ!」

右足は螺旋構造になった。ここで飛び越える。俺は全力で踏み込んだ。


 

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