第6話 進化する侵略者 3

「ところでリョウ、さっき携帯持っていたよな?」

「ああ」

「ちょっと出してくれ」

 俺は言われた通りに携帯をポケットから取り出した。途端にジェリーの体に穴が開いた。穴にはのこぎりのような歯が作られ、ジェリーは携帯を丸のみにした。

「お前!」

 俺はジェリーの体を引っ張ったりたたいたりした。ばりぼりと氷を砕くような音がする。

「お前それ、高いんだぞ!」

 一通り携帯をかみ砕くと、ジェリーは携帯を吐き出した。携帯だったものはくずとなって床に散らばった。

「君のこの道具から居場所をたどられることは考えるにたやすいだろう? 情報を集める手段を失うことは少々痛いが仕方のないことなんだよ。さ、外へ出よう」

 ジェリーは俺の頭を引っ張って動かそうとする。俺は携帯の残骸を見ながら歩き始めた。俺は本当にこいつと手を組んで大丈夫なのだろうか。


 ジェリーの自由に姿を変えられる能力は本物のようだ。廃工場の入り口に差し掛かると、ジェリーは丸い塊から姿を変えた。

「今から私は君の衣服に姿を変えるよ。今姿のままじゃ捕まえてくれと言っているようなもんだからね」

 ジェリーが俺の顔を覆うと、キャスベレーとマスク、イヤホンに変形した。

「それに、こっちのほうが会話するのに人目をはばからなくていい」

 イヤホンからジェリーの声がした。こいつの変形は非常に高性能だ。見た目だけでなく、材質まで完全に再現されている。ただ、これが生き物だと考えると少しいやな気分になる。

 俺は歩き出した。

「思えが会いたい人っていうのはどこにいるんだ?」

「どこっていうのは答えずらいな」

 通り過ぎる人は俺に見向きもしていない。マスクの形で遮音してくれているようだ。俺は、『ただの若い男性』として街に溶け込んだ。

「少なくとも、今は到底たどり着けないところかな。今はね」

 パトカーが2台進行方向から走ってきた。俺たちを探すためにパトロールされているようだ。

「さっきも言ったけど、近いうちに私は進化する。彼に出会うための道は、その進化の先にあるんだ」

「じゃあ、あの工場にずっといればよかったじゃないか」

「そうもいかない理由があるんだ。とにもかくにも、私たちはこの警戒区域から抜け出さなくてはならない。前の標識を見てくれ」

 いわれたとおりに俺は道路標識を見た。

『新糸川町 15km』

「もしかして15キロ歩くのか? 日が暮れるぞ」

「もちろんそんな無茶は言わないさ。私は人間寄生体。人間の体のことはよく知っている」

「じゃあどうやって……」

 こいつに体を預ければ空を飛ぶことができる。しかし、警戒区域から逃げ出すために目立っていては本末転倒だ。

「もしかして……、お前透明になれるのか?」

「馬鹿言わないでくれ。それができたら君に寄生なんてしていないさ。人間様の文明の力を使って脱出するんだ」

 俺の体が勝手に動く。俺の右手が勝手に空へ向いた。

「へい、タクシー」

 慌てて俺は左手で右手を下げた。

「お前何してるんだ! タクシーなんて使えるわけないだろ!」

「どうしてさ」

「お金がないんだよ!」

「そんなものは払わず逃げればいい」

「そんなことしたら目立つだろ!」

 こいつは案外頭がよくないのかもしれない。1日逃げ切ることにかけてみたが、誤りだっただろうか。

「目立っても問題ないんだよ。リョウ、ここから5㎞先になにがあるか知っているか?」

「何って、駅とオフィスくらいしか」

「そう、僕らは駅に向かうためにタクシーに乗るんだ。そこから新糸川町まで電車に乗って向かう」

 ジェリーは自慢げに言った。


 ジェリーの言う計画はこうだった。俺たちはタクシーに乗って駅まで向かう。お金を払わずに逃げ、相当騒ぎになるだろう。しかし、俺たちが乗り継ぐ先は5つの本線と1本の私鉄が通るターミナルだ。俺たちの逃走できる範囲を拡大させることによって、捜索を混乱させるという手だ。

「凶暴な寄生生物が世に放たれたとはいえ、交通機関は止められなかったようだね。私たちがつく時間には5分以内に15本の電車とバスが出ることになっているよ。これで私たちが逃げることのできる範囲は半径300㎞に拡大される。見つけ出すことはかなり難しくなるね」

 俺は言い返すことができなかった。

「わかったらタクシーに乗るよ」

「おお……」

俺は左手を挙げた。


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