第5話 進化する侵略者 2
俺は頭が真っ白になった。よくわからない生物に体を乗っ取られてもなお自分が助かる道があると考えていた。
「どうした。顔色が悪いな」
『解剖』の文字が頭に浮かぶ。このまま頭に乗っかっている生物に操られても、誰かがこれを引きはがしてくれたとしても、結局俺が助かる道がないのだ。
「どうやらずいぶん落ち込んでるようだね。私まで伝わってくるよ」
「うるさい。悪魔」
「悪魔じゃない。ジェリーだ」
さっきから頭のそれは緊張感のない受け答えばかりする。こいつと話しても無駄なんだ。そう感じてしまうと、ため息を出さずにいられなかった。
「リョウ。提案がある。私と取引しよう」
そいつが唐突に言った。
「僕は人間に寄生しないと生きていけない。君の体を貸してほしいんだ」
頭のそれが伸びて俺の顔に近づいた。
「ずっとなんていわない。3日、いや1日だ。明日のこの時間まででいい。そうしたら君の前からきれいさっぱりいなくなるよ」
不思議な気持ちだ。近づいてきたそれはどこか人の面影を感じる。
「でも……。お前に協力したって俺は実験台として脳みそを開かれるんだ」
「解剖のことかい? それだって私が阻止してやる。私はこう見えてけっこう、いや、かなり優秀なんだ。君の顔を変えることも『佐藤リョウ』そのものの情報も変えることができる」
俺は少しの間黙った。
「協力してくれるのだったら今にでもここを出たい。場所を変えないとすぐに捕まってしまう」
決断するにはあまりにも時間が少ない。でも、何かしなければ。何か話さなければ。
「教えてくれ」
俺は重い口を開いた。
「お前は敵か味方か?」
とっさにそんなこと聞いてしまった。このままここにいてもいずれ捕らわれる身だ。この寄生生物と協力する理由が必要だった。
「ずいぶん大雑把な問いだね」とそれが言った。
「残念ながら君の言う敵か味方かでは僕は表現できない。でも僕が逃げ出した理由だったら話すことができる。私はある人に会いたいんだ」
『10年以上前。僕はとある人に育てられていた。その人は無償の愛とこの世界を旅するための舟をくれた。』
「今はただ彼に会いたいんだ」
こいつに顔はない。だけどまっすぐな目でこちらを見ている気がした。
「わかった。少しだけ、体に住まわしてやる」
俺は言った。
「ありがとう。恩に着るよ」
こいつ、人間みたいな感謝するんだな。
「すぐにここから出たいところだけど、君に確認しておきたいことがある。」
ジェリーがそういうと触手のように体を伸ばし、チョークを拾ってきた。
「私のことについてだ。君もいくつか変化を感じているかもしれないけど、私が知っている情報を共有するよ」
そういうとジェリーは地面に文字を書いた。
1.私は寄生体の体の動脈と静脈、偏桃体などの脳の一部と結合する。
2.私が私の意志で力を使うことはない。
3.私は進化する。
「やっぱりお前物騒な生き物だな」
俺は言った。こいつはやはり俺の体を住処にしているのだな。
「物騒な生き物とは失礼な。君の体と結合するのも生きるためなんだよ。私は君の血で栄養を取り、君の脳の信号をもとに能力の使いどころを決める」
「その能力って何なんだ?」
「ここに来るまでに飛んで逃げただろう? そんな風に、私は体を変形していろいろなことができる。研究員の体でビルを駆けたのもそれの応用さ。足にかぎ爪を付けた」
「へえ。それを使って逃げ回ってきたってことか」
「まあそういうことさ。その私の能力のことだが、大事な点がある」
ジェリーはチョークで3番を指した。
「私の能力は進化する。一定時間ごとに能力が増えていくんだ」
「どんなふうに進化するんだ?」
「それはわからない」
「なんだそれ」
「どんな能力かはわからないが、進化することで私の目的に近づくことができる。隠れながら私の進化を待つことがこれからの目標だ」
「なるほど、じゃあその進化が来るのが1日後ってことか」
「そうさ、進化は寄生体が変わるとリセットされる。そのために一定時間君の体にいる必要があるのさ」
ジェリーが言った。
「リョウ。協力してくれて感謝するよ。ありがとう」
ジェリーが言った。こいつはたまに人間くさいことをいう。俺は立ち上がるとパンツについた埃をはたいた。
「別にお前を信頼したわけじゃない。ただ自分の信じた方に動くだけだ。約束を果たしたら自由にさせてくれよ」
俺が言った。ジェリーも僅かに頷いた。
読んでくれてありがとうございました。頑張って10/8までに更新します
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