第2話
眠りやすい食事を摂った。常用している睡眠サプリも飲んだ。備えつけの眠り薬も飲んだ。偽薬の効能なんて信じていないが飲んだ。掛け布団を剥がしてベッドに横たわる。羊の抱き枕は邪魔だったのでサイドテーブルに退けた。床に転がしておいても良かったが、顔のある物体をぞんざいに扱う気にはなれなかった。
照明が暗くなっていく。ベッドに横になっただけなのに。枕元の照明スイッチには触っていないのに。低反発のマットレスが自らの身体にフィットして沈んでいく。その変化は確かに心地よい。けれど眠たくはならない。むしろ興奮気味でさえある。本当に眠れるのだろうか。そもそもこんなホテルを頼るより、いい加減に心療内科へ行くべきではないか。しかし……、
あたたかい何かに包まれている気がする。普通に考えれば身体を包んでいるのは布団だろう。けれどそれからは鼓動を感じる。自分の心臓とは違う速度の鼓動。胎内ってこんな感じなんだろうか。……待て、布団は生き物ではないのだから脈打つ訳がない。跳ね起きて見おろすと、ふわふわの綿のようなものを尻に敷いている。既視感を覚えた。ああ、これはムートンパッドだ。ちょうど16年前に死んだ婆ちゃんが敷布団の上に乗せていたムートンパッドがこんな感じの感触だった気がする。……ということは、羊の上に寝ていたという話か。まさか、
確かめようと敷物をむんずと掴みかけたところで眩しさを感じた。目を細く開けると、羊の抱き枕と目が合う。その手前に置かれた時計の針は7時を指している。朝だ。間違いなく朝だ。普段ならだるくて仕方ない時間。けれど今日は自然に目が覚めた。これほど清々しい朝を迎えたのは何年振りだろうか。
身支度を済ませて部屋を出る。エレベーターがちょうど到着したので1階のボタンを押す。自分以外は誰も乗ってこない。ドアが閉まりエレベーターが音もなく降りていく。1階でドアが開く。同時に眠たげな羊の顔が迫る。昨日出迎えに現れた羊だ。
「おはようございます〜。お目覚めはいかがですか〜」
気圧されながらも答える。
「あ、ああ、スッキリしました」
「それはそれは、よかったです〜」
「あの、チェックアウトは……」
「今済みましたよ〜」
仕組みは分からないが、どうやらチェックアウトできたらしい。
「それでは、またのお越しをお待ちしております〜。こちら、当ホテルのパンフレットです〜。よろしければどうぞ〜」
羊が手渡してきたのは、白くふかふかした紙で作られた文庫サイズのパンフレット。表紙にはホテルのロゴが銀色で箔押しされている。パンフレットだけを見れば駅ビルの上層階にあるシティホテルのようにも思える。
「それでは~、いってらっしゃいませ〜」
羊はホテルの外まで見送りに来て、しばらく前足を振っていた。
さて、これからどうしようか。頭の中も身体もスッキリとしている。久しぶりに動物園でも行くか。目指すは触れ合いコーナーの羊だ。
【快眠間違いなし】ショートステイプラン【素泊まり】
Good sleep HOTEL 新棚のい/HCCMONO @HCCMONO
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