Good sleep HOTEL
新棚のい/HCCMONO
第1話
駅の改札を抜ける。脇目も振らず東口に向かう。東口のペデストリアンデッキから駅前の景色を眺める。デッキ北側にはビジネスホテルがいくつも見える。薄っぺらく縦長なそれらの建物はドミノのようだ。アパホテル、東横イン、ルートインなどなど……。見慣れた、代わり映えしない面子の中に目的のホテルはあった。グッドスリープホテル……通称ぐっすりホテル。その名の通り、良い眠りを売りにした新興ビジネスホテルだ。
眠りに特化したビジネスホテルというのはレムなどが既に存在するが、グッドスリープホテルは既存のホテルと比べても突出して眠らせることに全力らしい。経済新聞の記事にそう書いてあった。
入館すると控えめながら香りを感じる。ラベンダーだろうか。眠りといえばラベンダーだから予想はつく。チェックインをするべくフロントを探す。しかし見当たらない。
「いらっしゃいませ〜。ご宿泊のお客様ですか〜」
間延びした声が右から聞こえた。そちらに目をやると、マスコット的な容姿の羊が二足歩行で近づいてくる。ぬいぐるみにしては大きいが、着ぐるみにしてはやや小柄だ。中途半端なそいつはタブレット端末を差し出した。
「名前と予約番号を入力してください〜」
言われるままに入力する。悪筆なので手書きを求められないのは楽だ。
「ありがとうございます〜。お客様のお部屋は1126番です〜。奥のエレベーターでお上がりください〜」
羊は部屋番号の記された紙をモバイルプリンターで印刷して手渡した。
「あの、鍵は……」
「当ホテルは最新鋭のシステムなので〜、キーレスなのですよ〜」
羊は詮索するなという雰囲気を暗に示した。企業秘密なのだろうか。どうでもいいので素直にエレベーターホールに向かう。羊はエレベーターホールまで見送りについて来た。
「それでは~、おやすみなさい~」
ドアが閉まってエレベーターが上がる。ボタンを押していないのに11のボタンにランプが点灯している。11階にいる誰かが呼んだのだろうか。音もなく11階に着く。エレベーター付近には誰もいなかった。
廊下を進む。ホテルだから当たり前だがドアが一定の間隔で並ぶ。しかしドアには取っ手がない。自動ドアだろうか。泊まる部屋のドアの前に辿り着いた。一瞬間を置いてドアが奥に開いた。部屋の中に入るとドアは勝手に閉まった。続いてカチャリと小さな音がした。聞き覚えのあるオートロックの音だ。
さして広くもない部屋の大部分を占めるのはベッドだ。最低でもダブルサイズはある。ベッドの上にはフロントの羊を若干小さくした抱き枕が鎮座している。首に掛けた看板に「抱き枕です。お好きに抱いてお眠り下さい」と書いてあるので抱き枕なのだろう。加湿器からはフロントより強めに香りが流れてくる。スピーカーから流れるBGMは緩やかな速度のインストゥルメンタル。部屋を見渡してもテレビは無い。サイドテーブルに備えつけのティーバッグはノンカフェインの紅茶らしい。その隣には茶色の小瓶が置かれていた。中にはカプセルが1つだけ入っている。小瓶に貼られたラベルには眠り薬とだけ記されている。怪しい。だが、これこそがグッドスリープホテルの最大の特徴だと経済新聞の記事に書かれていた。眠り薬の正体は偽薬だ。つまり眠らせるための演出に過ぎない。種が分かっては意味が無い気もするが、分かっていても快眠間違いなし、らしい。だが、こちらは万年不眠症だ。果たして今晩眠れるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます