図書館にて

 買い物を無事に終わらせて、明日は買えなかった本を借りるために図書館に行ってみようと話してから一週間が経った。


 翌日に早めに起きて、さあ行こうと意気込んでいたら、すみれの足の筋肉痛が判明して延期になったため、一週間の間が空いてようやくの図書館デビュー。


 先週と同じ外行き用の洋服を着て、先週買ったキャスケット帽を頭に被って、すみれの準備は万端だ。天気がいいことと、ちょっとした屋上スペースがあることを調べたらしく、お弁当まで用意している気合いの入りようである。



 すみれからの無言の急かしにやられて急いで準備を済ませる。玄関に向かうと、待っていたすみれはしっかりとドアノブを掴んで、無造作に開けて出た。先週の、何とかギリギリ自分で出たのとは違って、当たり前のように、普通に家から出られるようになったのだ。もっと時間がかかるものだと思っていたので、拍子抜けしつつも少し嬉しい。



 前回とは打って変わって、お行儀よく助手席に座っているすみれを乗せて、特に何事も起こることなく図書館に着く。


 公園が隣接されていることもあってそこそこ車が止まってはいたものの、肝心の図書館はガラガラ。まあ、休日の昼前の図書館なんて、どこもそんなものだろう。一昔前までは勉強の場としても使われていたらしいが、消しカスや席の占領、ペンの音などが我慢できない大人が大量発生したとかで、今は自習スペースがべつに設けられているとか。


 そんな事情はさておき、すみれの読みたがっていた本だ。数冊あるうちの、ほとんどは一般書架にあったものの、一冊だけは職員しか出入りできない場所にあると言う。


 以前の買い物の時と同じようにすみれを連れて本棚を回り、職員の人に頼んで取ってきてもらったものを適当な席に運ぶ。なるべく人通りが少なくて、何冊かあるからそれを置ける机がある場所。


 壁際の、南側の窓前に良さそうな場所があったので、そこの端に席をとる。普段家から出ていないもやし育成なすみれに日光を当てることにもなり、一石二鳥である。



 僕自身は特に目的もなくやってきたため、早起きした分のんびりしていようと考えていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。肩を叩かれる感覚で目を覚ます。


 本の続きか、別の物を読みたくなったのかと回らない頭で考え、それにしても叩くのは少しすみれらしくないなと、それとも揺すったくらいじゃ起きなかったのかと考えながら隣に座っているすみれを見て、困惑しつつ怯えているすみれの表情と、叩かれた位置が反対側だったことに気付く。



「あれ?こっちこっち、こっちですよー」



 頭の後ろ側から、聞こえてくる声。図書館だからだろう、少し控えめになっている、聞きなれた声。昔からの知り合いで、仕事上の後輩でもある、溝櫛みぞくし瑠璃華るりかのものだ。



「こんにちは、先輩。なんでこんなところで昼寝なんてしてるんですか?」




 振り向いて、挨拶される。はたから見たら僕の状態は、図書館に来ているのに本も読まずに昼寝をしているだけの奇人である。相手も、本も何も持たずにいるのでそこまで差は無いかもしれないが、まあ明らかに不審なのは僕の方だ。


 ちゃんと理由を話さなければ怪しまれるし、すみれの付き添いであることを伝えても、それはそれで怪しまれる。


 親戚の子供とはぐらかそうにも、家族とはほとんど縁が切れていることを知られているし、知人の子供と言おうにも、僕が休日に子供を預かるような深い関係の知人なんていないことも知られている。


 となると、必然的に素直に説明するしか無くなる訳だが、死にたがっている子供を一日500円で略取しているなんて言ってしまおうものなら、旧知の仲とはいえ通報不可避だろう。死なせないようにしていると説明すれば致命傷ギリギリで済むかもしれないが、それをすみれの前で説明することも出来ない。



「うーん、なんか隠し事の匂いがしますねぇ……先輩、ちょっと外の食事処で話を聞かせてもらいましょうか」


 もちろん先輩の奢りで。ゴチになります!と、小声なのに元気一杯な溝櫛。その様子に、なにか思うところがあったのだろう、すみれが僕の服を掴む。



「おや?先輩、その子とお知り合いですか?」


 面倒なやつに見つかってしまったと、内心思う。隠し切ることも出来ないだろうし、全てを言うことも出来ない。



「ぉ、お兄さん、おべんとう、作ってきてます」



 どの辺まで話そうかと考えていると、後ろからすみれの言葉が飛んできた。それによって、すみれがなにか関係していると察したらしい溝櫛が、視線をそちらにやる。



 掴まれている服越しに、ビクリと震えた反応。力が少し強くなって、引っ張られる。


 そちらに回って、すみれをのぞき込む溝櫛。それに怯えて、僕の背中にくっつくすみれ。ふむふむいいながらさらにのぞき込む溝櫛。もっと脅えるすみれ。




 そんなことを何度かして、すっかり怯えきったすみれが完全に顔を隠したところでようやく、溝口は満足そうにそれをやめて、こちらを見ながらにんまりと笑う。




「先輩、今日この後説明するのと、明後日会社で聞かれるのだったら、どっちがいいですか?」



 選択肢など、ないようなものだ。一人に知られただけでこんなに困っているのに、人前で話せるわけがない。


 図書館の中でする話でもないからと、せめて場所を変えるように頼んで、すみれを連れて屋上へ行く。


 屋上は誰でも入れるようになっていて、近年流行りの屋上緑化がされていた。ベンチなどもあって、それなりに綺麗に手入れされているにもかかわらず誰もいないのは、すぐそこにそれなりの大きさの公園があるからだろうか。


 少し物悲しさを感じないでもないが、今からする話の内容を考えると、人がいないに越したことはない。なんなら、人が多かったら一度僕の自宅まで帰っていたくらいだ。




「ふむ……少し腑に落ちないところがいくつかありますが、まあいいでしょう。近頃先輩が調子よさそうにしているのとも相違ありませんし、嘘は言っていないようですね」



 すみれに確認をとった上で、すみれの境遇を簡単に伝えて、流れでうちに連れ込んで、家事をやって貰っていることを教えると、言外にまだ隠していることがあるだろう?と圧を掛けられつつ、一応は納得した様子を見せてくれた。


「とはいえ、先輩が子供を連れ込んでいるのかぁ。変なことしてませんか?大丈夫ですか?えーっと、すみれちゃん。逃げたくなったら警察に行くとかも出来ますし、なんなら同性だからウチに来てもいいですよ?」


 溝櫛がすみれに向かって声をかけるが、すみれは首を勢いよく横に振りながら僕の服を掴むことで拒絶の意を伝える。


「ありゃりゃ、振られちゃいましたか。まあ先輩のことですから、大丈夫だろうとは思ってましたが、それにしてもよく懐かれてるもんですねぇ」


 やる事やってたら通報してましたよと、小さいつぶやきが横から聞こえる。



「とりあえず状況としてはこんな感じなんだけど、疑いとか疑問とかはもういいかな?すみれが本を読んでいる途中だったんだ」


「えー、先輩露骨に冷たいじゃないですか。ちょっとは私にも構ってやってくださいよ。すみれちゃんが本読んでいる間は暇っ、……でも難しそうですねぇ……」


 ガッチリ服を握ったまま離さない、離れないすみれの様子と、先程の話からおおよその推測ができたらしい溝櫛が、途中で自己解決する。



「うーんでも、こんなことを知った上でただ帰るのもなぁ……。そうだ先輩!さっきすみれちゃんがお弁当って言ってましたよね?ちょっとでいいんで私にも味見くれませんか?」


 それに、先輩だけこんなかわいい子と一緒にランチなんてズルいです!と溝櫛は主張。カチカチに固まっていたすみれの様子を見て断ろうと思っていたが、かわいいと言われたタイミングで少し弛緩したため、意見を聞いてみる。




「えっと、あんまりないから、ちょっとだけなら」


 あと、お兄さんの話を聞かせてもらいたいですと付け加えるすみれ。


 正直意外所ではなく驚愕しているが、すみれが自分からいいと言ったからいいのだろう。僕が自分の判断でストップを入れても、すみれの考えを蔑ろにするだけだし、溝櫛も絶対に納得しない。



 にんまりと、僕にとっては嬉しくない笑顔をうかべる溝櫛。こいつがこんな顔をしている時は、大抵僕にとって都合の悪いことを考えているときだ。




「もちろんですよ。それじゃあ、すみれちゃん謹製のお弁当を見せてくれますか?」



 すみれの作ってくれた弁当を食べながら、僕の恥ずかしかったり恥ずかしくなかったりする過去が第三者経由で暴露される時間が、始まった。






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 ようやくの新キャラです(╹◡╹)


 書く時間とメンタルが確保できずに遅れました(╹◡╹)

 明日は大丈夫のはず……(╹◡╹)

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