図書館にて(裏1)

 足が筋肉痛になったせいで、まともに動けなかった日曜日と月曜日を、ペンギンみたいになりながら過ごしました。せっかく連れていってくれると言われた図書館が延期になってしまい、やるせない思いを家事にぶつけていましたが、気を取り直していつも通りのケセラセラです。最近、流れに任せていい結果に繋がることがとても多かったため、特にお気に入りな言葉です。


 家事を済ませ、勉強をして、空き時間にお裁縫で雑巾なんかを縫ってみます。ゆくゆくはかわいい小物なんかも作れるようになりたいですけれど、最初は実用性のあるもので練習です。

 色々作れるようになったら、なにかお兄さんがつけれるようなものを作れたらなあ、なんて、少し妄想に浸ったりもしてしまいます。



『すみれは教えたことをすぐに理解出来てえらいね。こんなになんでも出来るようになっちゃったら、お母さんが家でやることなんてなくなっちゃうかも』



 お母さんが丁寧に教えてくれたから、家でやることの基本的な部分はほぼ完璧に身についています。縫い物も編み物も掃除洗濯料理まで、こうして一人で家事を任されていても問題なく回せる程度には、習熟しています。


 数年間のブランクがあるのに、指摘をされない最低限以上のパフォーマンスが発揮できるのは、わたしのセンスもあるのかもなと、ひっそりと自画自賛します。



『おっそい!!!もっと速くうごけ!!』



 けれど、丁寧に真似をしているだけのわたしは、どうしてもお母さんみたいに素早い家事が出来ませんでした。


 わたしが一枚洗濯物を畳む間に、お母さんは3枚畳みます。わたしが人参を一本いちょう切りにしている間に、お母さんはそれ以外の野菜を全部切り終えてしまいます。


 一番最初にそれをやった時と比べれば、わずかに早くはなっているでしょうが、お母さんの速度の前ではそんなもの、誤差のようなものです。


 ただ丁寧なだけの、遅い仕事をします。ある程度使えば捨てることがわかっている雑巾を、縫い目の幅や糸を引く強さなんかを気にしながら、一針一針、ゆっくりと縫います。



 そんなふうに時間を使って、一週間の時間をかけて10枚程度の雑巾を縫い上げました。


 時間だけは必要以上にかけたものの、一枚一枚が渾身の出来です。縫幅から返し縫い、縫い方の選択、果ては元になったタオルの大きさなど、おおよそこだわれる場所には全てこだわりました。当然、雑巾を作る速度としては落第点だとは思いますが、仕上がりにだけは自信があります。わたしはもしかすると、職人的な仕事に適性があるのかもしれません。



 練習中の風景を見られるのが恥ずかしいので、お兄さんが帰ってきてからは使ったものを片付けて、図書館の予習をしたりします。


 どんな場所なのか、何が出来そうなのか、色々調べます。わたしの知っている図書館の情報なんてものは、所詮図書館を扱った本に乗っている程度のものですので、正しい知識が入ってきている確証がありません。



 連れていってもらう図書館を調べたところ、屋上にフリースペースがあることや、そこが飲食自由であることがわかったので、お兄さんに確認してお昼を食べる言質を取りました。



 お昼ご飯、お弁当は、何にするのがいいでしょうか。おにぎりやサンドイッチなどが無難だとは思いますが、もう少し凝ったかわいいものを作りたい思いもあります。

 入れ物がタッパーしかないので、蓋を開けたら綺麗なお弁当!というふうにもできませんし、悩ましいところです。もっとちゃんとしたお弁当箱さえ買っておけばと後悔しますが、今からどうにかしようにも手遅れです。次のお買い物の機会にはしっかり用意しておきましょう。



 ついでに、お兄さんのお弁当もつくらせて貰えたらいいのになぁと思ったりもしますが、突然お兄さんがお弁当を持っていき始めたら、一緒に働いている人は驚くでしょうし、お兄さんもその言い訳をしなくてはいけなくなります。



 お弁当内容を考えながら、それに合わせて使う食材を変えて、それまでのメニューも変えていき、なんとか調整します。当日の朝に全部用意することも難しかったため、時間がかかりそうなものは前日の夜に作っておき、朝は少し早く起きるだけで済ませます。



 お買い物の時以上に気合を入れて、朝から準備をして、支度を済ませて玄関で待ちます。お兄さんがわたしのために用意してくれたものに身を包んで、お兄さんがわたしを心配して買ってくれた帽子を被ります。

 室内で帽子をかぶるのはあまりよくないとわかってはいますが、これがあるだけで安心感が全然違うので、ついつい被ってしまいます。




 そのままお兄さんを待つこと少し。わたしが待っているからでしょうか、いつもよりも急いで準備を済ませてくれたお兄さんが、玄関に来てくれました。急かしてしまった申し訳なさと、急いでくれた嬉しさで、心がムズムズします。


 それを誤魔化すため、お兄さんに悟られないために、何気ない顔をして玄関から出ます。すぐに後を追ってお兄さんが出てきて、家の鍵を閉めました。



 周囲に人がいないため、車まではお兄さんの隣を歩きます。どこに車があるのかわからなかった前回とは違い、今は場所がわかっているため、お兄さんに案内してもらう必要がありません。


 周りをキョロキョロするのではなく、お兄さんの方をチラチラ見て歩きます。たまにお兄さんがこちらを見て、目が合いそうになったら逸らします。


 車に乗ってからも同様に。取り留めのない話もしていますので、間が持たなくなったりもしていないでしょう。車に乗ってからは、お兄さんの視線が基本的に運転に使われているため、より安心してチラチラできました。




 少し揺られて、図書館に着いたら、先程までの横に並んでいたのは終わりで、わたしの位置はお兄さんの斜め後ろになります。お兄さんの邪魔にならないように、左側の服の裾を握ります。


 何人か駐車場にも人がいましたし、図書館に入ってからも見かけましたが、皆さんそれぞれ自分の事をやっていましたし、お買い物の時とは違って喋り声や必要以上の物音なんかもありません。


 足音や本をめくる音、機会を操作する音くらいしか聞こえるもののない環境は、初めてのものですし新鮮ですが、どこか落ち着くものでした。


 ここなら、一人で来たとしても何とか過ごせるかなと思いながら、お兄さんに教えて貰って読みたい本を探します。職員の方に取ってきてもらわなくてはならないもの以外は、区画整理されている通りに探しながら、本棚まで行って自分で見つけました。



 自分でできてえらいねと、ポンポンと頭を撫でるお兄さんの、優しさに溢れた視線がどこか恥ずかしくて、目を逸らしてしまいます。でも、少し嬉しくもあります。



 恥ずかしいから嫌なはずなのに、もっとして欲しいという矛盾した気持ちになりながら、お兄さんに案内してもらって席に着きました。少し冷え込む外とは違い、暖かな部屋の中から感じる、ポカポカとした日差しを感じれる場所です。


 図書館の横にある公園の様子が、僅かに見え、建物に出入りしている人がはっきり見えます。人が歩いているのを見ると少し身がすくんでしまいますが、ガラス越しだということもあり、すれ違ったりするのと比べると全然怖くありません。


 お兄さんは、そんなわたしの苦手の克服のためにもここを選んでくれたのかな、などと思いながら、お兄さんが運ぶのを手伝ってくれた本を机に置き、どれから読み始めるか悩みます。



 元々買おうと思っていた、少し古い小説にしましょうか。それとも、新しい料理を知るために、レシピ本を読んでみましょうか。雑談のネタを増やすために、雑学の本を読むのもいいですし、以前のドアインザフェイスは失敗してしまいましたが心理学の本を読んでもいいかもしれません。


 悩みに悩んで、悩みすぎて時間を無駄にしていることに気付いたので、一番手前にあった、小説を読んでみます。


 お兄さんが昔読んで面白かったと言っていた小説で、映画かもされている作品らしいです。海外の方が書かれているもので、小中学生でも読めるものだと言っていました。



 読み始めて、30分ほどだった頃でしょうか、隣でぼーっとしていて、眠そうにしていたお兄さんがこっくりこっくりと頭を降って、首をカクンと垂らして眠ってしまいました。休みの日の朝から起きてもらって、眠りが足りなかったのでしょうか。


 申し訳なさを感じるのとともに、お兄さんが寝ているところを見れてラッキーだと思ってしまいました。部屋のベッドで眠っている姿は、わたしの方がお兄さんよりも早く起きているため、よく見ることが出来ますが、それ以外の場所でとなると初めてのことです。


 嬉しく思ってしまった、悪い子な心のままに、いつもとは違うお兄さんの寝顔を写真にとって見たいと思いましたが、生憎なことに図書館での写真の撮影な禁止されています。


 仕方が無いので諦めて、お兄さんの寝顔を眺めるだけに留め、少ししたら小説の方に戻ります。年代問わず人気があると言うだけあって、かなり面白いです。




 そのまま一時間半ほどだった頃でしょうか、本を読む視界の端、図書館の建物への出入口の前で、突然足を止めた人がいたので、気になって顔を上げます。すらっとした女性が、不思議そうな顔をしながらこちらを見ていました。


 一瞬、わたしが見られているのかと思い、少し怖く思いましたが、それにしては少し視線が逸れているようにも思います。



 女性は、少しすると何も無かったように歩き始めました。あまりこちらがみていると不快な思いをさせてしまうかもしれないから、意図的にそらした視界の片隅で、建物に入っていく後ろ姿が見えます。



 なんだったのだろうと疑問に思いつつ、意識を小説の方に戻します。少々気にはなりますが、きっとわたしに関係する相手ではないだろうと、たかを括ります。わたしの知り合いなんて、お兄さんとお母さんの二人しかいないのです。関係のある可能性なんてほとんどありません。




 そう思っていたのに、少ししてから近付いて来た足音は、わたしの近くで止まりました。何故か気になったので振り返って見てみると、先程の女の人がお兄さんを挟んだ反対側にいます。



 女性が、お兄さんの方を叩きました。叩くと言っても乱暴なものではなく、起こそうとしての動作であることが見て取れます。



 先程見ていたのは、お兄さんだったのでしょう。知らない人を見かけて止まる人も、知らない人を見つけて、突然寝ているのを起こす人も、おそらくはいません。ということは、この人はお兄さんの知り合いの方、それも、休日に姿を見かけて声をかける程度には親交がある方、ということになります。



 ぞわりと、恐怖が走りました。お兄さんがこの方と知り合いなら、わたしの存在はバレたくないはずです。当然、知らないふりをするでしょう。


 そして、お兄さんが起きたら、この人と話しをすると思います。少なくとも、こんにちはと言って去っていくのであれば、わざわざ起こす必要もありません。


 そうなれば、お兄さんは自然と、少なくとも一時的にはここを離れることになると思います。その時、わたしは置いていかれます。


 置いていかれたら、わたしはもうどうしようもありません。だって、何とか1人でも過ごせるかと思ったこの図書館とはいえ、それはいつでもお兄さんに会えるとわかっているからです。


 一人で本を探すくらいであれば問題がなかったとしても、いつまでかもわからない中で、ひとりで待っていることなんてできるわけがありません。


 しかも、家で待っているのとは違って、ここに置いていかれてしまえば、もうお兄さんに会える保証がないんです。




 それがこわくて、こわくて。起きたお兄さんと楽しそうに話す女性の顔を見ながら、わたしは血の気が引くのを感じました。





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 朝と夕方の電車の中でいつも2000~4000文字稼いでいるので、休日は全然進みませんの……(╹◡╹)


 起きたら1000文字くらいでお昼すぎだった(╹◡╹)

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