初めてのお買い物1
キリがいいのでちょっと短いけど分割です(╹◡╹)
書き始め2話くらいかと思ってたけど3話くらい使うかもしれない……(╹◡╹)
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「お兄さん、実はちょっと相談したいことがあるんです」
そんなふうにすみれが切り出したのが、ドーナツから10日ほど経った日のこと。ようやく多少の肉が付いてきて、かなり痩せているというくらいになった頃。
少しモジモジして、言いにくそうに、けど言いたそうにしている姿は、最初に見た時とは比べ物にならないほど少女らしいものになっていた。
「実はその、外でのお買い物というものに興味を持ってしまいまして。今週の土曜日か日曜日のどちらかで、少しお時間いただけないでしょうか?」
買い物にかかる費用は、全部これまで自分が貯めてきた分から使うから、付き添いだけお願いしたいとのこと。
最初にすみれがお金を使うとしたら、食べたいものだったり欲しい小物などだと思っていた。それも、良くてネット通販で、おそらく僕がお使いを頼まれるとも思っていた。
そんな中での、初めてのお金を使いたいことが、お買い物。しかも、目的があって何かを買いに行くのではなく、買い物自体が目的と来たものだ。
すみれがこれまで家の外に出たことは、僕が拾った日の一回だけ。ほぼ完全に未知なそれに対して、きっとこわがっているだろうと思っていた僕からすれば、一瞬何を言っているのか理解が追いつかなくなるほどの驚きだ。
「そのっ!……ダメだったら全然いいんです。完全にわたしのわがままですし、嫌で当然だと思います。やっぱり迷惑ですよね……」
「いや、ごめんね。全然ダメじゃないんだ。ただ、あまりにも予想外だったから理解が追いつかなくてね」
僕が処理落ちしている、その間を忌避感によるものだと捉えたらしいすみれに、それは勘違いであると、ダメじゃないし、行くことが出来ると伝える。
すみれが初めて、僕に何かをして欲しいと願ってくれたのだ。マイナスなものではなく、なにかのついでにできることでもない、純粋なお願い事。自分のためにしてほしいという、大きなわがまま。
これはきっと、すみれの心が生きることに前向きになってきた証で、人並み程度の欲求が備わってきたことの表れだ。もしそうじゃなかったとしても、すみれをこの家に留める期間が伸びることになる。
どちらにせよ、すみれに幸せになって欲しい僕としては喜ばしいことだし、最近家事をやって貰っているおかげで仕事の質まで良くなってきている身としても、長くこの生活が続くことはいいことだ。
「買い物だね、いいと思うよ。今はネットとかでも色々買えるけど、やっぱり自分で目で見て、手で触れたものの方がハズレは少ないからね」
すみれの申し訳なさそうな言い出しとは反対に、僕は諸手を挙げてその提案を受け入れる。
「ほ、本当ですかっ?できれば色々なものを見てみたいから、たくさんのものがある場所がいいんですけど、おすすめのところってあったりしますか?」
色々なものが売っていると言えば、大型ショッピングモールなどがすぐに挙がる。けれど、普段全く歩かないどころか外出経験が一度だけのすみれだ。そんなところに行って、無事に帰ってこられるとは思えないし、なんなら着けるかどうかすら怪しい。
とはいえ、確実に行けるところとして、スーパーを伝えるのもまた微妙だ。百均などが入っていれば、色々と実用的なものなんかは見れるかもしれないが、所詮スーパーで扱っているものは日用品である。
それでは、すみれの初めてのお買い物にふさわしくないだろう。さすがの僕でもそれくらいの判別はつくので、それはしっかりと候補から外す。
となると、候補に挙がる条件は、ショッピングモールを名乗れるほど大きくなくて、けれども専門店などがそこそこありスーパーとは言えないようなもの、ということになる。
本当にその近辺に住んでいる人しか寄り付かなさそうな、微妙な条件だが、幸い僕の住んでいる近くにはそんな施設があった。
それのせいで、近くに大規模な施設ができない、ある種の厄介者ですらあったその施設だが、こと今回に限って言えば助かったと言えるだろう。
その場所を伝えて、行き先を話した上で、この日の話は終わりになった。僕からすると、場所を教えたので、当日回る箇所だったりの細かい希望は可能な限り自分で考えて欲しいと、少しだけ思ったりする。
一応、ここ2ヶ月ほど使っていなかった車の状態だけは確認しておいた方がいいだろうか。かかるお金のことを考えても、考えなかったとしても、僕が交通を担うのがいちばん安くて確実で、安全なのだ。
だって、すみれがまともに駅まで歩けるとは思えない。そこに関しては期待していないどころか、そもそもダメだと確信すらしているのだ。引きこもりを突然歩かせたら死んでしまうし、すみれの過去の生活は、今まともに家の中をうごけてるだけですごいと褒めれるほどのものである。
電車を使うにも、そもそも改札の説明からしなくてはならないだろうし、人が沢山いるところに詰め込まれたら、どんな反応をするかもわからない。エスケープゾーンとしても、車の車内はあった方がいいだろう。
そんなことを考えて、色々用意して、やってきた土曜日。これまですみれが貯めてきた分の約1.5万円を渡して、家から出る準備をする。時間は朝の10時、朝ごはんをしっかりと食べて、すみれの体調が大丈夫か聞く。
「大丈夫です。……ちょっと怖いけど、頑張ります!」
少なくとも、気合いは十分。いつも室内で着ているラフな格好ではなく、ちょっとちゃんとした服を着て、初めての靴を履く。
「おかしいところとか、ないでしょうか?」
やる気に溢れた、けれど少し不安そうなすみれの格好に、おかしいところはない。今どきとかトレンドとかは分からないけれど、街中で見た事があるような格好だし、多少肉が付いたおかげで、一緒に歩いていて虐待だと通報されることもないだろう。お金を介したいかがわしい関係かと勘ぐられることはあるかもしれないが、年齢差が存在する以上対象は仕方がないことである。
おかしくないしちゃんとかわいらしくなってると褒めつつ、自分で外に出れるか確認する。気分は引きこもりの社会復帰トレーニングだ。すみれの場合は、復帰以前に一度も触れたことがないのでより深刻かもしれないが、似たようなものである。
ドアを開かれて手を引かれるのではなく、自分で開いて踏み出したいという希望によって、僕はすみれが開けるまでは靴すら履かずに下駄箱前で待機だ。そこまで広くない玄関口では、二人同時に靴を履くとは叶わない。
ゆっくり深呼吸して、ドアノブに手をかける。手が震えていて、でもしっかりと握って、回した。
そのまま時間をかけて回し切り、そこそこ体重をかけて、ようやく開く。
少し冷たい秋の風が流れ込んだ。
すみれの足が、家の外に着く。おろしたての靴が、初めて土を踏む。
この3週間、ずっと見てきた少女の、成長の瞬間だ。きっと、このまま生きる希望を見つけて、なんだかんだで自力で道を切り開いていけるのだろう。
僕はそのまま一助にしかなれないけれど、どうかこのまま頑張って欲しい。
そんなふうに、不思議な感傷と、あの時の少女をここまで立ち直らせたのだと達成感を感じると共に。
外に出れたと喜び、僕に笑顔を向けるすみれのその姿と可能性に、嫉妬のような、寂寥感のような、薄暗い感情を抱いてしまったことを、自覚した。
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