初めてのお買い物2

 明るい外は初めてだと、叫んだりはしないもののテンションが高くなって仕方がないすみれを、何とかなだめて車に乗せる。写真で見た外の景色と同じだと、もっと色々見たいと語るすみれを助手席に座らせ、出発。


 窓越しに見える街並みの一つ一つに興味を持ち、水族館に来た幼子のようにガラスに両手をつけながら、あちらへこちらへとひっきりなしに視線を走らせる。



 その様子をたまにサイドミラーで見ながら、制限速度よりも少しだけ遅い速度で進む。そもそも車通りが多くない道ということもあり、出かけ始めるにしては微妙な時間ということもあり、後続車もいないのでクラクションを鳴らされる心配もない。


 たまにいる歩行者にだけ気をつけながらしばらく進み、国道に入るタイミングで一気にアクセルを踏み込む。


 わーときゃーの間のような歓声をあげる助手席が、なんとも楽しそうにしているのを見て一安心しつつ、先程までとは違って車が走っている道なので周りの速度に合わせる。何がとは言わないが、+15くらい。



「車って、人って、こんなにいっぱいいるんですね」


 車が増えてきたあたりから、少しテンションの高さが成りを潜め出したすみれが、ポツリと漏らした。


 これまで僕を含めて、2人の人としか関わったことがなかった少女には、その事実はどのようなものなのだろう。いや、知識としては知っていたはずの常識を、初めて見て実感した時の感情は、どんなものなのだろう。


 それは恐怖かもしれないし、怒りかもしれないし、悲しみかもしれないし、何も無いかもしれない。この約1ヶ月一緒に過ごした感覚から、たぶん怒りではないだろうと思うが、その実は本人にしか分からないし、本人にすらわからないかもしれない。



 ただ間違いないのは、高かったテンションが落ち着くだけの何かは感じたのだ。



「そうだね。これから行くところにはもっとたくさんの人がいるし、都会の方とかに行けばどうしてぶつからないのかが不思議なくらいたくさんの人が歩いているね」


 恐怖や不安なら、紛らわせることを言った方がいいのだろうが、今のすみれの中に何があるのかわからないから、まだ上があることを言うしかできない。


 これで怖気付くなら人が多いところでの買い物はまだ早いだろうし、自分でドアを開けて外に出られただけで十分すぎるほどの進歩だったからだ。



 そんな、少し試すような意図も込みで返事をして、すみれの返事を待つ。


 帰るなら、このまま帰ってもいいが、少し自然の多い方をドライブしてみてもいいかもしれない。もちろんすみれが望めばの話だが、程々に景色のいい場所にも心当たりがある。


「おにいさん、あの、今から行く場所で、困ったら、助けてくれますか?」



 そんな僕の想像を裏切って、すみれから出たのは前向きな言葉だった。正直帰りたがる可能性が高いと思っていたため、意外な言葉ではあったが、その内容自体は僕が最初からそうしようと思っていたことなので、何も問題は無い。


 すみれが人酔いして吐くかもしれないと、黒い袋も用意しているし、靴擦れを起こして歩けなくなることも想定している。迷子になりかねないから片時だって目を離す気は無いし、疲れきって歩けなくなったすみれを背負うことまで覚悟している。


 なんなら、すみれを家に置いている時点で、警察の厄介になることも想像はしているし、最悪の場合そのせいで首になることまで考えている。すみれとの約束を果たした時に、自分が自殺幇助でしょっぴかれる可能性もわかっていて、そのくらいの迷惑を被る覚悟があって、こうしているのだ。



 そうでもなければ、こんな明らかに事情がある少女なんて、自分で保護したりせず警察に連絡している。




「もちろん。どんな小さいことでも、すぐに何とかするから、安心して頼ってね」



 それなのにこんなに可愛らしい不安が出てくるのは、僕の覚悟を、背負っている危険を知らないということだ。


 よかった、と思った。


 だって、こんな覚悟は、会ったばかりの相手のために向けるには、あまりにも重すぎるから。すみれのこれからの幸せのために、余計な重圧はいらない。


 だから、これはすみれが知らなくてもいいこと。僕だけが知っていて、僕だけが背負っていればいいのだ。期待に応えるために幸せになろうとしても、どうせとりこぼしてしまうのだから。



 ポス、と、すみれはヘッドレストに頭を落とした。欲しい答えを言えたのかは分からないけど、フロントガラスにうっすらと映る表情は穏やかなので、悪い取られ方はしていないだろう。






 その後、少し静かな時間が過ぎた。車の中で、リラックスした様子のすみれと、横に人を乗せているからいつもに増して運転に気をつけている僕。

 ポツポツと、あまり中身のないような、ふんわりした会話をしつつ、車の流れに合わせて運転をしていくと、目的の商業施設に着く。



 この近辺で休日に訪れるような場所がここくらいしかないこともあって、あまり多くない車の半分くらいは同じ入口から入っていく。


 施設の上階層に設置されている駐車場に向かうための、スロープを登る時に、すみれが小さい声でわぁーと言ったこと以外には特に特筆することも無く、屋上の出入口から少し離れたところに車を止める。


 左右に泊まっている車が居ないから、すみれが勢いよくドアを開けたとしても安心だ。


 そんな想定が上手く働いたのか、それともそばに車が居ないことがわかっていてはっちゃけたのかはわからないが、すみれが勢いよくドアを開けたのを見て、この場所に止めて良かったと内心安堵する。


 その行動自体には、車への負担とかも多少はあるからちゃんと伝えなくてはならないが、楽しみでしょうがないというすみれの様子を見ると、今は言わなくてもいいかなという気持ちになってしまった。


 先程話した時の不安が見られないのは、それだけ僕のことを信じてくれているということだろうか。


 そうであればいいなと思いつつ、車に鍵をかけて、エコバックなどを入れている肩掛けのバッグをかけて、すみれを誘導する。





 まだ、誰もいない。そもそも人が少ない場所の、その中でも人が多くない駐車場を選んでいるのだから、当たり前と言ってもいいかもしれないが、誰もいない。



 少し肌寒い空気と、それだけならばポカポカした日光の下で、エレベーターホールまで歩く。少し距離があるのは、自分で選んだからしょうがない。


 誰もいないエレベーターホールでエレベーターを呼ぶ時と、そのエレベーターに数字の着いたボタンがあることに、謎の興奮を見せたすみれはともかくとして、3階の専門店エリアに着く。



 エレベーターがそのエリアについて、一瞬だけ嬉しそうにしながら、そこに人が待っているのを見て、一気に強ばるすみれ。


 エレベーターの仕様がわからなかったのか、驚きやらで固まってしまったのかはわからないが、ドアが開いても動き出さないすみれを促して、3階のフロアに降り立つ。



 少し呼吸が荒くなって、無意識に何かに縋りたかったのだろうか、僕の服の裾を握っているすみれを、誰もいないベンチに座らせる。



 この子は、本人の頑張りとかを除けば、所詮はネグレクトされて、これまで二人の人としか話してこなかった子供だ。いきなりたくさんの人がいる場所に晒されて、ストレスを感じないわけが無い。


 むしろ僕としては、人が多いせいでゲロを吐くことも想定していたため、多少異常があることくらいは織り込み済みだ。



 すみれの精神的な負担なんかを考えるのであれば、程々で辞めるべきだし、その辞めるべきタイミングは既に通り越していることもわかっている。



 でも、少し青ざめた顔をしながらも、僕のことをしっかりと見据えて、まだ頑張りたいと主張するすみれの姿は、尊いものだ。



 少し経つのを待って、落ち着くのを待って、すみれに続けたいかを聞く。ここから先は、進むにつれて人とすれ違うことが多くなるし、店員に話しかけられる機会もあるだろうと話す。



 それが辛そうであれば、諦めた方がいいかもしれない。今このタイミングで無茶をしても、負荷が溜まりすぎて成長にすら繋がらないかもしれない。



 それをそのまま伝えても、すみれは諦めなかった。少しだけ勇気をくださいと言い、僕の服の端を掴んで、すぐに立ち上がる。




 その心の強さを、精神性を間近で見て、僕の心はさらに掻き立てられた。知らない恐怖に立ち向かうその姿が、眩しくて仕方がなかった。






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燐くんのバックボーンは一応考えてます。理由なく人生かけれるほどのナチュラルボーンクレイジーじゃないです(╹◡╹)

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