大きな幸せ
「俺の事は、嫌いか?」
そんな言葉を投げかけられて、ミューズは首を横に振って否定する。
「一緒にいたい…」
小さな声だが、確かに聞こえた。
安心したティタンはミューズに口づけをする。
「俺もだ。これからもずっと、ミューズと共に泣いたり笑ったり、幸せを分かち合いたい」
何度も唇を合わせ、想いを伝えていく。
「ずっと一緒だ、嫌だと言ってももう離さない俺以外の男のもとになんて行かせない」
「私も。他の女性に靡くなんて許しませんからね」
ミューズが拗ねたように頬を膨らませた。
「絶対にない。この命を捧げてもいい」
拗ねた顔も可愛らしく、つい笑みがもれてしまう。
ティタンの指が涙で赤くなったミューズの目元に触れる。
「もうこんな事で泣かせたりしないから。何ならシェスタに攻め入るか?」
そうすれば憂う事はなくなるのじゃないかとティタンは言った。
「それはダメよ!」
平然と言い放つティタンにミューズは驚いた。
「国より何よりミューズが大事だって事だ」
「そこまでじゃなくていいから」
真剣な様子を見て慌ててしまう。
「愛が重いです…」
ミューズは体の力を抜き、ティタンに体を預けた。
「足りないくらいだ、本当はもっと感じてもらいたい」
ティタンは婚約前はミューズを手放す事を考えていた。
が、今やそんな考えなど微塵もないし、あの頃の自分を殴りたいくらいあり得ない事だと思っている。
「皆がミューズを認めているのだから、今更逃げようとしても遅いぞ。特にマオはミューズを気に入っている、今君を逃したとあらば、俺がマオに殺されるぞ」
「大袈裟ですね」
ふふっとミューズは笑った。
ようやく笑顔が戻ってきた。
「サミュエルもきっと俺を呪うだろう。酷い火傷を跡形もなく治してくれたミューズを、崇拝している。ミューズが側にいなければ、俺は側近の誰かに殺されてしまう。それも含めて考えてくれないか?」
この短期間であんなに俺の従者を手懐けるなんてとんだ悪女だ、と茶目っ気たっぷりに言われてしまう。
「何もしてないんですけどね。サミュエルも、大丈夫かしら…?」
呪いを掛けた後、意識を失ってしまったサミュエルを心配する。
「数日で起きるさ。しかし、条件付きの呪いとは驚いた。サミュエルも考えたものだ」
酷い呪いとはいえ、解き方を教えてたし、彼なりに譲歩したのだろう。
「もし呪い返しがきたら、サミュエルもひどい目にあうのでしょうか?」
「さぁな。だがそんなヘマはやらなそうだし、ロキ殿がいるならば解けるんじゃないかな?」
もし呪いを返されてもサミュエルならば大丈夫だろう。
真実の愛が必要になったとしても、ロキと共に転移したシフが、きっと支えてくれるはずだ。
これからずっと。
「ユーリ様も真実の愛に気づくといいですね」
「…あぁ」
あのような苦しい執着ではなく、穏やかな愛情を知ってほしい。
自分ではない誰かと、それが叶うことを切に願う。
「…名を口にして、また悲しそうな顔をするんじゃない」
ユーリの名を自分で出しておきつつ、ミューズはまたしょんぼりしていた。
「ごめんなさい、だって…」
ティタンはため息をつき、ミューズをソファに横たえさせる。
「もう夫婦になんだ。不安に思うならば、思い知らせるぞ」
見下ろされ、手を絡ませられる。
ティタンの真剣な声と表情に、ミューズは身構えてしまう。
「な、何をですか?」
怖くも感じてしまうティタンの様子に、ミューズは表情を固くし、じっと見つめる。
「俺がどれだけミューズを愛してるかだ」
再び唇を重ねられるが、それ以上に進むこととなり、ミューズは顔を真っ赤にしたり、呼吸が出来なくなり、大変であった。
数刻後、新しい屋敷につくまでもずっとミューズは顔を赤くし、俯くばかりであった。
「ティタン様、何かしたですか?」
「さてな」
マオのジト目をティタンは白々しく躱すばかりだ。
アドガルムはシェスタ国王からの抗議は勿論受けたものの、そもそもユーリは招待も受けておらず、アドガルムへの入国許可すら出していなかった。
更には婚姻の否定、アドガルムは、強気な態度と怒りで徹底抗議した。
式場に入れたのはシェスタ国の王太子、グウィエンの招待状を盗み、名前を書き直すなどの細工をしたものを持ってきて、会場に侵入したようだ。
グウィエンはエリックの友人であり、どうしても都合がつかず、事前に断りを受けていたので式場にはいなかったし、招待状は廃棄したはずだったのに。
招待状を盗られた事や更に改竄された事、ユーリの暴走に気づかなかった事をグウィエンは個人的に詫びに来た。
「妹がすまなかった。とんだ迷惑をかけてしまい、どうか許してほしい」
王太子から受けた直接の謝罪の言葉や、サミュエルが掛けた呪いの事もあり、アドガルムの要求は幾ばくかの慰謝料と、ユーリのアドガルムへの入国の禁止、及び離宮への謹慎くらいで留めた。
アドガルムとしてもサミュエルとティタンへのシェスタ国への入国禁止とし、サミュエルに社会奉仕の軽度な処罰を命じた。
サミュエルには見張りと言う名のロキとシフをつけられ、罰らしい罰にはなっていなかったが。
今後ティタンとユーリが会うことはないだろう。
サミュエルは今はユーリを許すことは出来ないと前置きした上で、
「いつか、本当に反省してると分かればならば、呪いを解いてあげようとは思います。ミューズ様へのきちんとした謝罪があるならば」
と話していた。
サミュエルが寝込んでいる間は、シフはとても甲斐甲斐しく世話をしてくれていたらしい。
「娘婿になれば、もっと呪術についての話が出来るだろ?」
とロキは反対することもないどころか、応援しているようだ。
サミュエルの幸せも近い。
あれから月日は流れた。
「ミューズ、朝だ」
柔らかな日差しが感じられる。
朝の鍛錬を終えたティタンが、起こしてくれたようだ。
「おはようございます…」
ミューズが気怠い体を起こそうと動くと、ティタンが手を添え、支えてくれた。
「おはよう」
ミューズの頬にキスをし、笑顔を向ける。
ティタンは早朝の鍛錬後の湯浴みまでもし、着替えも終えて既に身支度を整えている。
すっとティタンが手を差し出すと、ミューズは照れながらもその手を握る。
連れられて椅子の方に移動すると、ティタンがミューズの髪を丁寧に梳かす。
「マオが来たらしてくれるのに」
「俺がしたいんだ」
ティタンはだいぶ慣れた手つきで優しく優しく梳いていた。
ミューズの髪の滑らかさを感じ、心が暖かくなる。
手慣れるほどにミューズに触れる時間は増えていた。
ミューズは時間が経てば経つほど、壊れ物を扱うように増々大事にされていくのを感じている。
そんなティタンについ聞いてみたくなってしまった。
「本当に、私で良かったのですか?」
「何を今更」
ブラシを動かす手を止めると、後ろからミューズを抱き締める。
「そんな疑いが出るとは、俺はまだ、ミューズを幸せに出来ていないという事だろうか?何か不安があるならば教えてほしい」
耳元で囁かれた。
「いいえ…ただ、幸せ過ぎて怖いのです」
後ろから回された腕に手を重ね、ミューズは呟く。
「それはまだ足りないって事だな」
「えっ?」
軽々とミューズの体を持ち上げ、縦抱きにする。
ティタンを見下ろす形となり、視界の高さにクラクラした。
「お、下ろしてください」
「下ろすさ、こっちにな」
折角起きたのにベッドに戻される。
金の髪が広がった。
「あの、ティタン様?」
「不安がなくなるくらい愛してるって伝えたいんだ」
ティタンに優しく押し倒され、見下ろされている。
「あの、起きないと…」
「まだ大丈夫だ」
いやいや、そろそろマオが来る時間のはず。
それなのにティタンは聞いてくれず、ミューズの手に指を絡め、自由を奪う。
「いえ、あの…」
「愛してる」
唇を重ねようとした時、部屋の外から走る足音と、騒がしい声がした。
「お母様!」
勢いよくドアが開き、女の子が入ってきた。
ふわふわの薄紫の髪を二つに結んだ小さな女の子だ。
ティタンを見て、プンスカと怒っている。
「お父様、またお母様をいじめてたの?」
「いじめた事などない、好きだって伝えていただけだ」
ティタンはミューズから離れて、娘と向き直る。
「セレーネ。部屋に入る時は、ノックをしろといつも言ってるだろうが。ルドも、もっとしっかり止めてくれ」
「申し訳ございません…」
小さなお嬢様に逆らうことが出来ず、開いたドアから少しだけ顔を出してルドは謝罪した。
「だって、今日はお城に遊びに行くんでしょ?アイオス様とフィオナ様に会いに。早く行こうよ」
セレーネはアドガルムの王城に行くのが待ちきれずに、ミューズの部屋へと来たようだ。
従兄弟達と早く遊びたいらしい。
「まだ早過ぎる。着替えもしていないだろ?」
寝巻きのまま来たセレーネにため息をついた。
「部屋で着替えてくるんだ」
「じゃあ抱っこして連れてって」
可愛らしく両手を突き出され、ティタンは仕方ないと言いつつも、ひょいっとセレーネを持ち上げる。
「高ーい、さすがお父様!」
嬉しそうにするセレーネに、ティタンもミューズも笑顔になる。
「ミューズすまない、また後でな」
娘を抱っこしたままミューズの頬にキスをする。
「ずるい、私も」
セレーネもミューズにキスをして、ニコニコだ。
二人が出るのと入れ違いでマオが入室する。
「とても賑やかだったのです」
そうは言いつつ、マオは笑顔を隠すことなく嬉しそうだ。
身支度を整えながら、マオは話しかける。
「僕は幸せです。ミューズ様に変わらず仕えることが出来、こうして皆とここにいられるのが何より楽しいのです」
ミューズの髪梳いて、整え、飾り付けをしていく。
「そうね、私も幸せよ」
家族も増え、屋敷は賑やかになった。
ティタンからの愛情は飽くことなく寧ろ深くなっている。
ミューズは自分の体を見下ろした。
呪いを掛けられ、小さくなってしまった日々が遠い昔のように感じられる。
小さくなり、ドレスも纏っていないミューズを拐かすどころか、親身になって一生懸命治そうとしてくれた。
流れていた悪評の撤回を画策し、貴重な術師の力をミューズの為に使ってくれた。
婚約者となって、その立場を大いに利用し、ミューズの立場も身体も守ってくれた。
傷つける全てを跳ね除けるため、何度でもティタン達は力を貸してくれた。
相手が王族でも揺るぐことなくミューズを選んでくれた。
あの時の皆への感謝を忘れることは出来無い。
今の大事な日常を大事にしていこうと改めて思うばかりだ。
この時期のアドガルム城の庭園は色とりどりのお花が咲いているだろう。
身支度が終わった頃、二人は戻ってきた。
きちんと着替えたセレーネと、満面の笑みを浮かべるティタンに愛おしさが込み上げる。
二人を抱き締め、幸せを噛みしめた。
「大好きよ」
ミューズは花が綻ぶような笑顔を見せていた。
新たに宿った命とこれからの幸福に想いを馳せた。
手のひらサイズの令嬢はお花の中におりました しろねこ。 @sironeko0704
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