思惑

エリックの言葉は嘘の中に真実を混ぜている。


どこまで本気で、どこまで策略か。


ディエスは、本日のパーティを恙無く進められるようにと仕事に追われてしまっていたため、迂闊にも後手に回ってしまった。


娘の婚約相手となるティタンを、ディエスは詳しくは知らない。


養父であるシグルドは剣の腕は褒めていたが、人となりを知らないので、何とも言えないのだ。


娘に直接心の内を聞けたら良かったのだが。


「ティタン殿は、娘を傷つけたりはしていないだろうか?」

大事な娘を連れて行かれたのだ。

今どのようになっているのか、気になって仕方ない。


「ない。弟はそのような人物ではない」

エリックは間髪入れず断言する。


傷が何を指すのかはわざわざ聞かなかった。




「一旦はお受けします。あとはミューズ次第とします」

悩みつつも、おそらく断ったところで娘は帰ってこれない。

ならば、従う体で様子を見るしかないのだ。


「では責任を持ってミューズ嬢を預かり、呪いを解くと約束しましょう」


エリックは提案する。

もともと婚約の打診はしていたが、お互い仕事が忙しく、婚約の書類の提出が遅れてしまった。

建国パーティにて、ミューズは体調を崩してしまい、アドガルムにて静養中、というシナリオを組んだ。


強引ではあるが、アドガルムの王族に意見するものは出ないだろう。


「あとはこちらを」


エリックの従者が紙を差し出す。

そこには三人の令嬢の名前が書かれている。

「先程ティタン様の従者より、この者たちがミューズ様を陥れるために呪いの薬を使用したと、情報が来ました。お任せ頂ければ、こちらで相応の処分を検討しますが」


処分という言葉に物騒な含みを感じる。


「法で裁くのだろ?」

「……」

ニコラは応えない。


「名前に見覚えはありますか?そして許すつもりがあるかないか…お聞きしたい」


エリックがディエスに聞く。


「名前に見覚えは勿論ある。この国の貴族だからな、許すか許さないかは、」


自分の裁量でどう決まるのか、ディエスは少しだけ躊躇った。


対峙してわかるが、この王太子一行からは底冷えするような怜悧さがある。


仇なす者にはただ淡々と粛清を行いそうだ。


「少しこちらでも調べてからにしよう。ミューズに話も聞きたい」

ディエスはこの話を保留とさせてもらった。


自分でミューズに確かめねばならないと思ったからだ。

呪いという話すら、嘘という可能性もある。


「…わかりました。こちらでも調査をしますので、何か掴めば情報をお送りしましょう。では、そろそろ俺達もアドガルムへと戻りますので。またお会いしましょう」


エリック以外が礼をし、立ち去ろうとする。


「あの、ディエス様」

エリックの婚約者であるレナンが口を開く。

「なんですかな?レナン様」

レナンがアドガルムの公爵令嬢であるとは聞いている。


「わたくしがミューズ様の身の安全を保証しますので、安心してお待ち下さい」

気遣うレナンの声、心なしか場の空気が和らいだ。


「エリック様はその、言葉はきついかと思いますが、優しい人です。特に身内には。だから、ティタン様の婚約者様ともなれば、きっと呪いを解くために力を尽くし…」

「レナン」

レナンの言葉を遮るように、エリックは言葉を紡ぐ。


「君が責務を負おうとしなくていい。これは俺とディエス殿の話だからな」


一見口を出したレナンを咎める言葉。


だが、それがレナンを守る言葉だとはわかる。


「ディエス殿、ここでの話はあくまで俺とあなたの話だ。ミューズ嬢の安全の保証は俺がする。万が一何かあったら俺が責任も持つからな」

レナンの肩を抱き、庇うように下がらせた。


話す言葉からもエリックがレナンを矢面に立たせないよう、自身を強調してるのがわかる。


「かしこまりました」

思ってるのとは違い、エリックは不器用な男なのだろう。


今のディエスに出来るのは娘が無事に帰宅出来るよう、アドガルムを刺激しない事だ。

下手な動きは出来ないなと自戒する。




ディエスと別れ、エリックは馬車に向かう途中で立ち止まる。


「ニコラ。王家の諜報隊とともに今夜中にさっきの令嬢達の調査をしろ。証拠を掴め」

「わかりました」


ニコラが合図すると、あちこちから黒い人影が現れる。


「オスカー、僕がいない間はエリック様達を任せますよ」

「任せて頂戴。アタシの命に変えても護るわよ」

オスカーがウィンク一つすると、ニコラは嫌そうな顔をしながらも闇に消えていった。


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