馬車の中
「兄に詳細を伝えましたよ」
マオは通信石をしまう。
今は馬車の中。
ミューズに聞いた令嬢達の名前を、まだリンドールのパーティ会場にいるニコラに伝えたのだ。
「少しでも解呪の手掛かりが見つかればいいのだが…」
ティタンは思案するように顎をさする。
アドガルムにいる術師サミュエルは解呪の術を使えるが、手掛かりが多い程手間も時間もかからない。
まだ令嬢達が会場にいれば証拠を持っているかもしれないと考え、ニコラに伝えてみたのだ。
「あの、何から何まですみません」
マオの手の中、ミューズはお礼を言うしか出来ない。
「気にしなくていい。それにしても災難だったな、そのユミルという者に惑わされてしまって」
ユミルとミューズの話はティタンも聞いたことはある。
二人は親しい間柄で、婚約者となるのではという噂話。
気になっている令嬢のそんな話を聞いた時、ティタンは密かに落ち込んだのだが、今言う話ではないだろうと、言葉を飲み込んだ。
「ユミル様は浮き名の多い方ですから。言い寄られることも多く、困っておりました。しかし、私も婚約者がいなかったので、良い口実が思いつかず、強く断ることも出来なかったのです」
ユミルは伯爵家の者だし、身分的にも問題はない。
「私の優柔不断が招いた部分もあるため、ユミル様だけを責めるわけにはいきませんわ」
しおしおと落ち込んでいる。
「ミューズは優しいな」
もっと怒ってもいいと思うのだが。
「ミューズ様は婚約者となる男性はいないのですか?誰か気になる方とか」
マオの言葉にミューズは頬を染める。
「それは、その、気になる方はいらっしゃいますが…その方には想い人がいると聞きまして」
段々と言葉が小さくなる。
「そうか」
平静を装いつつ、葛藤を得ていた。
少なからず好感を持っていたミューズに片思い相手がいる。
やはり自分には恋愛は向いてないなと落胆してしまった。
「そうでしたか…ティタン様も婚約者がいないので、良ければと思ったのですが」
「本当ですか?」
マオの言葉にミューズは驚いていた。
その声の中に、喜びが混じっているのにマオは気づく。
マオは薄々気づいていた。
ミューズもティタンに好意をもっている。
思いもがけぬマオの言葉に喜ぶも、長年抱いていた疑問を口にする。
「でも、ティタン様はシェスタの王女様との婚約話があると聞きましたが…」
「違う!それは数年前に、既に無くなっている話だ」
ティタンは必死に否定をした。
シェスタの王女、ユーリはティタンに好意を寄せている。
が、断りはとうの昔に出していた。
「ユーリ王女とは確かに婚約の話は出ていた。それは事実だが、俺は断っている…彼女は強くて、身分の高い男性なら誰でもいいからな」
近隣国のシェスタは騎士と巫女の国と言われている。
暑い国で、周辺には好戦的な魔物が多く、男女関係なく討伐に出ることがある。
回復魔法を持つ女性が多く、そしてそのパートナーとなる男性には強さが求められた。
その国の王女となれば、高位の回復魔法が使える程、強い魔力を持っているものだ
身分としてはティタンと並んでも申し分ないし、国と国との結び付きを強くするため、好条件であるが、如何せんティタンが拒んでいた。
「ユーリ王女は…こう言ったら失礼だが、我儘なんだ」
国自体が好戦的な風潮で気が強いものが多くいる。
美人で地位もあり、魔力も強い。
そして王女として誰からも非難されることもなく、甘やかされて育てられてきた。
マナーも教養もあるが、基本我慢を嫌う。
ティタンはそんな彼女の我儘を受け入れられる程の愛情と、度量を持つことが出来なかった。
「数年外交でシェスタに行きユーリ王女と話をしたが、どうしても性格が合わない。父と兄に頭を下げ、断って貰った」
幸い国王と王太子はすんなりと受け入れてくれた。
ティタンが無理ならば外交にヒビが入っても構わないと。
「もちろんユーリ王女には理由を正直に伝えはしなかったが、次の女性は父と兄に認められた人じゃなければいけない。そして…」
自分が愛することが出来る人。
「ともかくユーリ王女との婚約はない、信じてくれ」
あらぬ誤解は解いておきたい。
ティタンは必死だった。
「そうだったのですね、私はてっきりユーリ王女がティタン様の婚約者だと思っていました」
ミューズはホッとした。
ずっとティタンとユーリは両思いだと思っていたからだ。
しかし、国王と王太子に認められる女性とは、なかなかハードルが高いだろう。
「済まない、こんな話を聞かせてしまって…面白い話でもなかっただろ」
誤解を解くためとはいえ、興味のない男のこんな話を聞かされてミューズには苦痛だったのではないかと思った。
ティタンが話を終えたのを見て、ミューズのホッとした様子から、そう感じたのだ。
「お話を聞かせて頂き、ありがとうございます、ティタン様も大変でしたよね。ぜひ良い人が見つかるようお祈り申し上げますわ」
ホッとしたのも束の間だ。
ミューズはティタンのこれからを応援しようと考えを改める。
どう考えても、隣国の公爵令嬢に過ぎない自分が、ユーリ王女以上とは思えない。
(私に入り込める程の魅力があるとは思えないわ…)
呪いもかけられてしまい、迷惑も掛けっぱなしだ。
こんな有様ではティタンの支えになれるとは思えない、彼に相応しい人が見つかるよう願うばかりだ。
「ありがとう」
ティタンは想いを伝えることはなく、感謝の言葉を述べる。
「…じれったい」
ぼそりと呟くマオ。
馬車内に充満する両片思いの空気に、マオは息苦しさを感じていた。
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