第29話 研修が終わり、本配属へ
昨日の夜は、開発部の送迎会が23時まで続いたため、寝不足です。
帰宅は深夜の12時過ぎ。
寝たのは1時。
それからいつも通り5時に起きて髪を2時間かけてセットして。
10分で身支度して。
ほら、寝不足です。
社長室へ入り、真っ先に言われたのは、
「ははは、緊張して眠れなかったのが丸分かりだぞ」
緊張?
あーそっか、営業部に入るよう言われるかもしれないですもんね。
いやーでも、明らかに開発研修の方が面白いと感じられましたし、適正は開発部なのでは?
無反応な私を見て、社長はニヤニヤと笑いながら、
「それでは発表するぞ。ドゥルルルルルル……」
口でドラムロールの真似を始めました。
慌てて、知らない女の子--見た目は小さいですがおそらく先輩がSXを使ってドラムロールの音を流しました。
茶番が雑なんですよ、この人たち。
--ダダダン。
社長のドラムロールが止みました。
遅れて、先輩ちゃんのドラムロールが止みました。
そして、社長が辞令表を掲げました。
「じゃーん、営業部だぞ!」
ん?
なんて?
「こちらのロッタちゃんが、新しいトレーナーだぞ。それじゃ、行ってらっしゃい」
ロッタさんはやはり先輩さんのようです。
体は小さいですが、靴を履いているので人間族のようですね。
金髪に金のピアスに赤いローブと、ずいぶん派手な趣味のようです。
「アタシは、アンタのこと認めないからね!」
あらま、いきなり嫌われちゃいました。パワハラの前兆でしょうか?
返事に困っていると、社長室のドアが勢いよく開きました。
続いて、雪崩れ込んできたのはシモーネさん、マークさん、アイザック課長。
営業研修でお世話になった方々です。
「ファビオちゃん〜営業部へようこそ〜!」
「歓迎するよ」
「今夜は歓迎会だよ、美味しいものいっぱい食べてどうぞ!」
奢りですか! わーい、課長ありがとうごさまいますー!
じゃないんですよ。
ちょっと言わせてもらいますよ。
「社長、私は開発部が希望だったんですけど!」
社長は頭をポリポリ掻いて、首を傾げながらかわいく謝ってきました。
「ごめんち」
そんなんで誤魔化せると思わないでくださいよ!
と、文句を言おうとしたところで社長が続けました。
「ファビオちゃんはさ、もう少し世界を見てみた方がいいぞ」
「いや、私は……社長の知る通り産まれが特殊ですし、田舎から首都まで旅してきましたし、首都でも仕事を探して転々としていましたし。十分に外の世界を知っていますよ」
「それは、素直に見れていなかったはずだぞ」
「素直?」
「ファビオちゃん、内心では周りを見下しながら旅してきたはずだぞ」
え?
そうでしょうか?
謙虚な心で、上の中くらいだと思うのですが。
だって、田舎に居ながら教育はちゃんと受けていたわけですし。
都会の魔法使いと知識や技術が同じでも、ハングリー精神が違うんですよ。
「ファビオちゃん……。今君は、田舎者の教育弱者とも、都会の温室育ちとも違う、特別な人間だ、と思ったはずだぞ」
「はッ!」
危うく同じセリフを発して術中にハマるところでした。
社長は辞令表を私に手渡しながら、言いました。
「真の特別になりたければ、他人と比べないことだぞ。他人の良いところを素直に学び、他人の失敗を謙虚に学び、自分ごととして技術を追求するエンジニアになるんだぞ」
「そのために、あえて外の世界に触れやすい営業部、ってことですか」
この研修中、自分の無力さを痛感してどんどん自信をなくしていき、空っぽになったところから少し光が見えてきた、そんな気持ちになっていました。
それをもっと強く。
ということでしょう。
「分かりました。かくいう私は研修で、学ぶ心を得た身です。謹んで、営業として頑張らせていただきます」
外の世界を知った上で、そのうえで開発に所属ってのもあるでしょうし。
まだまだ研修の気持ちで頑張りますよ。
うまく丸め込まれた感もありますが、今日から心機一転です!
それじゃ、さっそく--
と、ロッタさんが金髪のツインテールを逆立てていました。
「わたしを無視すんな! アンタなんか認めないわよ!」
そうでした。
この人をなんとかしないと。
「なぜですか?」
シモーネさんやアイザック課長に散々問われた『なぜ』が自然と出てきました。
研修の成果です。
「アタシは、シモーネ姉様と転勤する予定だったのよ!」
「え!? 姉妹なんですか!?」
シモーネさんから補足が入ります。
「他人だよー」
あ、じゃあロッタさんがヤバい人なだけですね。
ロッタさんは腰をくねくねさせながら、シモーネさんに這い寄っていきました。
金髪ツインテールが蛇の尻尾みたい。
「やだあ、シモーネお姉さま〜。二人で新婚長期出張旅行行くって、私の夢の中で約束したじゃないですか〜」
うんわあ、腰をシモーネさんに押し付けてます。
無駄にエロくて気持ち悪いですね。
シモーネさんはロッタさんをグイグイっと私の方によこしてきました。
そして、
「ロッタちゃん、わたしね〜結婚するんだ〜。そこのマークさんと」
え?
あのミスターぶっきらぼうのマークさんと?
結婚?
ゆるふわ権現のシモーネさんが?
付き合ってたんですか?
私も驚きましたが、致命傷を負ったのはロッタさんでした。
「あばばばばび」
泡を吹いて倒れています。
そこへシモーネさんが追い討ちです。
「私とマークさん、明日から新婚旅行だから、ロッタちゃんはファビオちゃんの指導よろしくね〜」
そして、シモーネさんはマークさんと手を繋いで部屋を出て行きました。
アイザック課長はとっくに逃走済み。
社長はお腹を抱えて笑っています。
ロッタさんが、
「おぎゃー、おぎゃー」
と、葬式で泣く赤子のように、言葉にできない嘆きを垂れ流していました。
こうして、私は研修を終えて、本配属へ移ることになりました。
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