第24話 王への提案
王と、領主アルベルトを迎えて、商談が始まりました。
アイザック課長の開口一番、
「--即ち、使い捨てエメラルド・ソードの量産です」
とんでもないことを提案しやがりました。
「エメラルド・ソード一本だけの運用には限界があります。今は休戦中ですが、異世界人が攻めてきたとき、今と同じ戦略では不利でしょう」
確かに、専門家からすれば、軍の同行は掴みやすいはず。
あらま、大ピンチじゃないですか。
「そこで、大出力のエメラルド・ソードの量産です」
なるほど!
となるわけがありません。
最初に反論したのは、領主のアルベルトさん。
馬の尻尾のように立派に伸びた髭を優しく撫でながら、しかしハッキリと冷や汗を垂らしながら諭してきました。
「恐れ多くも、その提案は論外と言わざるを得ません。王の象徴たるエメラルド・ソードの贋作など、冒涜に他なりません」
アイザック課長は、領主アルベルトに対して反論します。
「それこそ王を冒涜する行為だと、私は捉えています。偉大なる王の力がエメラルド・ソードに依存したものだと、領主アルベルトの論理はそういう側面を持つのです」
「それはつまり、アイザック殿は王の権威を試すと言うのです? エメラルド・ソードの神性を貶めることで、果たして王の権威が揺らぐかどうか、確かめるというのですか?」
「試すでも確かめるでもありません、王なら成し遂げると信じ、確信しているのです。王を信じずして、民とは言えますまい」
「アイザック殿は口八丁に富んでいるとみえる。結局のところ御社の利益のために王の権威を間借りしたいだけであろう」
「弊社はメーカーです。利益ではなく創造性を追求する技術集団です。そしてこれは国力の創造。利害ではなく信念が一致しているのです」
「具体的にどういう信念が、王のどういう意向と一致しているというのだ?」
「弊社のモノづくり、王の国づくり。これ以上の親和性はないでしょう」
「国を作ったのは神であるぞ」
「0を1にしたのは神ですが、1は完成ではありません。創造の創は絆創膏の創。傷をつけて、改善して、追求し続けるのです」
「愚かにも、神の真似事とは」
城壁に向かってゴム玉を投げているかのように、ことごとく拒否されています。
ちょっとわたし、暇になってきちゃいました。
と、肩にかけていたカバンがモゾモゾと動き出しました。
開けてみると、社長が赤ちゃんのまま目を開けて、こちらを見ていました。
クリっとしていて可愛らしいですね。
なんとなく、言わんとしていることが分かってしまいました。
はよ仕事しろ、ってことですよね。
いや、でもね。
アイザック課長と領主アルベルトの間に割って入るの、無理ですよ。
熱とかすごいですもん。
王も顔をしかめてますよ。
アレはドン引きしてる顔です。
わたしには分かります。
ほらほら威厳だか貫禄だか何だか知りませんが、煽るようにリズムマシンのビートが聞こえてきますよ。
あれ?
このリズムマシン、王じゃなくて外から聞こえてきますね。
ふとテントの出口に視線をやると……なんか近づいてくるようです。
あ、なんか入ってきます。
「ヒャッハーーーッ!! 革命の時間だぜーーーッ!!」
不審者が来ると思っていたので、起動済みのsxでその辺にあった剣に『The Edge Of The Sword』の魔法をかけて、その辺の兵士に渡したところ、兵士さんが痛快なまでに不審者を切り倒しました。
さすが精鋭。
「かかったね! アホウどもが!」
と、テントの奥を見ると、女性が一人、カバンを抱えて立っていました。
社長の収まったカバンです。
いつの間に盗られたのでしょう?
いや、それよりも、です。
今日もフワフワのショートヘア、だったものはタワシみたいなトゲトゲ頭に変わっていますが、間違いありません。
この恨みは一生物ですから。
あなたは--
「ボーグレンさん! ボーグレンさんじゃないですか!」
わたしの就労相談に乗ってくれていた、そして魔法ソリューション展でわたしに500万yenの借金を押し付けてきたボーグレンさんじゃないですか!
「いつのまに社長を誘拐したんですか!?」
「そんなの『Ghost Opera』に決まってるじゃない」
だとすると仲間がいますね。
アイザック課長も小さく頷きました。
わたしは、社長を取り返すチャンスを伺うため、ボーグレンさんと会話を試みます。
「社長を人質にして、王の首を狙うつもりですか?」
「微妙」
「はい? なんて?」
ボーグレンさんは社長の入ったカバンをクルクルとぞんざいに扱いながら答えてくれます。
「あたしゃ王の首なんて興味ないんだよね。狙うは社長の首。」
「興味がないワリにはとても頑張ってらっしゃいますね」
「頑張ったのは仲間達ですね。彼らは王の首が大好きみたいなんよ」
やつぱり仲間がいるんですね。
ボーグレンさんは楽しそうに鞄を揺らしながら続けます。
「世話になったからね。こうして人質にして、アイツらが集合する時間稼ぎをしてやってるのよ」
テントの外に人が集まってきました。
仲間とやらでしょうか。
それよりも、この人はあとで人質を殺す気ですよ。
弊社のピンチです。
ボーグレンさんが果物ナイフで社長の首あたりをツンツンと突きます。
「さあ、社長の命が惜しければ、楽器から離れなさい」
sxから離れざるを得なくなりました。
これでは魔法で助けることはできません。
万事休すです。
でも大丈夫。
こんなこともあろうかと、手に隠し持っていました、オプションパーツを使う時がきたのです。
両手を挙げろとか言わなかったのが落ち度ですよ、ボーグレンさん。
と、ボーグレンさん。
「あ、それと両手挙げてね」
ナイフをクイクイ。挙げろ挙げろと脅してきました。
打つ手なし。
助けて課長!
あ、領主アルベルトと一緒に丸腰になってますね。
そりゃ、お偉いさんの目の前で武器となる楽器は持てませんか。
わたしも兵士に監視されてましたし。
程なくして、テロ集団さんも入室してきました。
皆さんお揃いの覆面を被ってますね。
仲良しさんかな。
ボーグレンさんは気軽に挨拶します。
「ドーモドーモ。テロの皆さん。王様といえどもイスタリを人質に取ったら借りてきた猫みたいに大人しかったですよ。繊細だと思うんで、ご丁寧によろしくお願いいたしますね」
課長が『何なのこの人』とでも言いたげに目線を送ってきました。
この人ね、展示会をめちゃめちゃにした、弊社の敵ですよ。
目線で伝えておきました。
ボーグレンさんは、満を侍してと言わんばかりに興奮しながら、いよいよナイフに力を込めました。
「トライ・ウィング・フォースのボーカルを勝手に変えた恨み、死を以って償えバカヤローッ!!」
「あ、それ判断したの僕だ」
アイザック課長の強烈な横槍で、ボーグレンさんはナイフを止めてくれました。
「なんだって? え? もっかい言ってみ?」
「トライ・ウィング・フォースの元ボーカルのクリレオンのことだろ?」
「様を付けろよ、おチビ」
「彼は仕事と育児の両立に悩んでいてね。トライ・ウィング・フォースは国中を飛び回るから、適していなかった。その点、新バンドのノース・クロニクルは地域密着型バンドだから、ひとまずそこに異動しよっか、って」
わたしにはアイザック課長の話がホントかウソかわかりませんが、ボーグレンさんを動揺させるには充分なトピックだったようです。
ボーグレンさんの心臓の鼓動がここまでドンドン聞こえてきそうですよ。
ボーグレンさんは明らかに動揺しつつも、それを押さえ込むように肩で息をして、言い返します。
「アンタの話が本当なら、アンタも殺す。でも、本当かの保証はない。アタシの凶行を止めるための時間稼ぎで吐いたデマカセとも言い切れない」
一方で、アイザック課長は立場も身長も不利なクセに冷静そのものでした。
「確かに、今この場でそれを保証はできないな。これは困った。もう少し背景を詳しく話して聞かせたら、わかってくれるかい?」
ボーグレンさんは、社長と課長の顔を交互に何度も見比べて、
「この悪人どもが。分かったよ。両方とも殺してやる」
改めて社長にナイフを向けました。
「クリレオン様を失ったファンの恨みは、アンタらブラック企業の陰謀になんか誤魔化されやしないィィイイイイアッ!!」
ボーグレンさんのナイフが社長に振り下ろされる瞬間、わたしの準備が整いました。
アイザック課長が喋り始めるのと同時に、sx用のフットキーボードを受け取っていたのです。
わたしの腰から下はゴツイsxに隠れていたので、両手がバンザイ状態でもバレることなく演奏ができたのです。
音量は気づかれないように最小限。
足で操作できる程度の単純なメロディ。
それでいて十分な完成度を持つ魔法といえば、この場において一つしかありません。
わたしの演奏した『emerald sword』は、大変拙いその場凌ぎの魔法でした。
しかし、王の手から離れた程度では、魔法が拙い程度では、王のエメラルドソードは民を裏切りません。
地面に置かれていたエメラルドソードがパッと光って、光線がボーグレンの腕に直撃。
ナイフを弾き落としました。
王、ナイスショット。
唖然としているボーグレンさんの首元には、隙を見て回り込んでいた領主アルベルトさんの短刀。
この人もアッパレですね。
ボーグレンさんは両手を挙げて、提案します。
「まずは話し合いませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます