第21話 ストライク・オブ・ザ・ニンジャ
トライ・ウィング・フォースは、開けた丘の上にストライク・オブ・ザ・ニンジャを誘導していました。
先程までは目で捉えることが難しかった黒い巨体が、明確に観察できるほど正体を露わにしています。
ストライク・オブ・ザ・ニンジャが逃げないように、四方八方と空をアクアレクイエムの部隊が囲んでいます。
さらには『GRAVITY FORCE』も演奏されています。
ストライク・オブ・ザ・ニンジャの全容を見るのは初めてですが、やはりドラゴンの例に漏れず大きな翼を持っていました。
それを封じ込めるための魔法が、『GRAVITY FORCE』。
敵に強力な重力負荷を加える魔法です。
奴にも有効なようです。
本来であれば、かなり扱いが難しい魔法のはず。
個体を対象とし、さらにその相手の超筋肉。
相当な練度がないと封じ込めません。
さすがアクアレクイエムの部隊ですね。
さらに、アクアレクイエムの後方バンド隊が別の演奏を始めます。
これは『Crimson Thunder』でしょうか。
紅の雷を天から落とす魔法です。
程なくして、紅の雲が上空に集まってきます。
こんなに早く厚い雲が作れるなんて、さすが精鋭。
「待った」
サビに突入する寸前、止めが入りました。
王です。
王がエメラルドソードを持って、ストライク・オブ・ザ・ニンジャを睨みつけています。
王はSXフォーラムのときと異なり、軍服にジャラジャラと装飾を施した、動きやすいんだからにくいんだか分からん珍妙な格好をしていました。
おっと失礼。
戦の場でも王の栄光を示すことを忘れない支配者たるに相応しい豪華絢爛かつ機能性の高いお召し物、ですね。
王は続けます。
「SXを使い、エメラルドソードでトドメを指す。腕に自信のあるものは奏でろ」
王の衝撃的な命令に、魔法使いたちが動揺し、ストライク・オブ・ザ・ニンジャにかかる重力が乱れました。
ストライク・オブ・ザ・ニンジャの強靭な尾が魔法使いたちの目の前に振り下ろされます。
慌てて魔法使いたちが演奏に集中します。
あれ?
動く余裕があるの、わたしたちだけじゃないですか?
アイザック課長の顔をチラッと確認します。
「チャンスだよ、ファビオちゃん」
課長、ずいぶんと綺麗な歯をしてらっしゃいますね。
ムカつきます。
まあ、しょうがないですかね。
やりましょう。
まずは、ドラムの再現からです。
あの日--SXフォーラムのときと同じように、ドラムだけ演奏して、そのループを自動再生させます。
あの日は他の伴奏を重ねていきましたが、今日は真っ先にエメラルドソードのメインメロディを弾きます。
魔法ソリューション展ではトライ・ウィング・フォースの人達が『emerald sword』を演奏していましたが、あの人たちは今、重力魔法の輪に入ってストライク・オブ・ザ・ニンジャの注意を引いています。
つまり、身内の協力は得られないのです。
他所のの--お客さん側の魔法使いの協力が必要です。
だから、早くから分かりやすいフレーズを演奏するのです。
演奏に楽器を重ねます。比較的再現しやすいブラスやストリングス、そしてクワイヤで、コード進行に厚みをつけていきます。
王が望む『emerald sword』は、バンドとオーケストラと聖歌隊の大編成によるものです。
とてもじゃないですが、今揃えられるものではない。
しかし!
完全は無理でも、簡単に!
大編成を一箱に!
それがシンセサイザー!
それがSXという製品!
という、この思想が少しでも伝わったなら……。
願いを込めて、演奏します。
そろそろ音数がSXの水晶限界に達するとき、隣にいるアイザック課長が、持参のSXで演奏を始めました。
『emerald sword』に合わせた歪んだアレンジが施してありますが、よく聴くと違う曲です。
『Larger Than Live』だ。
そしてその効果は……アンプです。
単純に、音を大きくします。
様々な魔法に応用できますが、今のように各魔法に合わせたアレンジが必要で、非常に高い技術が必要になるものです。
しかし、アイザック課長の技術はそれだけではありませんでした。
「『emerald sword』にはこっちか?」
曲をすっかり変えました。全く違う系統の魔法なのに、自然に。
これは、『Symphony of Enchanted Lands』です。
源流は『emerald sword』と同じ魔法で、魔法を響かせる機能を持ちます。
単純に音を大きくする『Larger Than Live』よりも抽象的で、実運用する人は初めて見ました。
アイザック課長をはじめとするホビット族では意外と一般的なのでしょうか。
しかも、『Larger Than Live』と都度切り替えながら魔法を演奏し続けています。
ともかく、です。
でかい音楽、響く魔法、それを支える確かな技術と使用楽器。
それを目の当たりにした現場の魔法使い達の反応は明らかに劇的でした。
まず『GRAVITY FORCE』が力強くなりました。
演奏が洗練されています。
指揮をとっている魔法使い--アクアレクイエムの騎士団長が、ストライク・オブ・ザ・ニンジャや魔法使い達を観察して、的確に各隊の魔法バランスを最適なものになるよう意思疎通を取っています。
先ほどまでと比べて各節での判断が早く、それによって全体の演奏が大胆になっています。
指揮の転換に即応する魔法使い達の技術もアッパレです。
各々がストライク・オブ・ザ・ニンジャの行動を観察しつつ、周りの音を聴きつつ、指揮に集中しています。
訓練の成果をイレギュラーな本番で活かせる精鋭部隊のワザマエです。
各隊が創意工夫し、魔法の純度が上がり、ストライク・オブ・ザ・ニンジャが強く地面に張り付けられました。
そこからさらに盛りあがります。
各隊から一人二人、『emerald sword』の演奏に混ざり始めました。
主にバンド系楽器が参加してくれています。
誰がやるか、どうやるかの判断をアイコンタクトだけで実現しています。
そして演奏が混ざっても、持ち場を維持できる集中力も相当なものです。
ストライク・オブ・ザ・ニンジャを拘束するには微妙な魔法のバランス調整が必要なため、『emerald sword』に参加していた魔法使いはしばしば『GRAVITY FORCE』の演奏に戻ります。
それを補填する形で、別の班の魔法使いが『emerald sword』の演奏に入ります。
これだけの魔法使い部隊へと訓練するのは、相当大変だったでしょうに。
王のエメラルドソードが光り輝いています。
専属の生バンドがいなくても、弦楽隊や聖歌隊がいなくても、そして代役が楽器一台だけでも、ここまでやれるんだぞ、と。
明滅しながら主張しています。
「ふむ、よかろう」
王がエメラルドソードを天高く掲げました。
それを合図に、部隊が『GRAVITY FORCE』に一ヶ所の穴を空けます。
ストライク・オブ・ザ・ニンジャはそちらへ逃げます。
その先には--王が立ちます。
そして、振り下ろされました。
エメラルドソードの煌めきは、例え偽物の楽団によるものだとしても、生態系を脅やかす黒い影を消し去るには十分すぎるくらい眩しいものでした。
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