第19話 SXフォーラム裏・三者面談
社長がソファでふんぞりかえります。
「で、その魔女ってのが私なわけだぞ」
わたしは思わず、
「あ、じゃあ結構なお歳なんですね」
気になったところをそのまま言ってしまいました。
その瞬間、わたしの視界はカクンと後転し、気がつくと壁まで吹っ飛ばされていました。
絵画がすぐ横に落ちてきました。
危な。
魔法ですか。演奏なしの。
「女性の年齢をからかうなんて、お茶目だぞ」
社長が人差し指をクルクル回しながら、足を組んで座っていました。
王は姿勢を崩さず、無症状のまま、
「そうだ、失礼だぞ。吾輩の母上がお世話になった程の経験豊かな方だ。立場を弁えろ」
そう言うと、社長の魔法で落ちてきたタライを脳天で受け止めました。
この親父クソ王、女を何人も食い殺しておきながらコメディ枠なんですか。
こんなややこしいクソ親父は無視です、無視。
「社長ってば最初からわたしの正体を知ってて会社に誘き出したんですか」
まずはこれを聞きたいです。
「そうだぞ」
「なんでこんなマネを?」
「それは……」
世界に11人しかいないイスタリやってたんだから、きっとロクなことを考えちゃいません。
「……実は、ファビオちゃんのことをすっかり忘れていたんだぞ」
ん? 忘れ?
「魔法ソリューション展で見かけたときは、ちょっと見ない間に随分大きくなっててビックリしたぞ」
あれ? 子供達の--わたし達の行方を唯一知ってるんじゃ?
「忘れてたの思い出して、思わず幼女の姿になっちゃったくらいだぞ」
社長って、緊張したらビックリしたりすると、子供みたいな見た目になるわでしたっけ。
どうりて。
「で、ちょうどそこの坊ちゃん王と会う約束をしていたから、ついでにファビオちゃんも合わせてみたわけだぞ」
泣く子も黙る王のことを坊ちゃん呼びしやがりました。
それはまあ、いいとして。
「じゃ、顔も合わせたし、わたしは帰りますよ」
クソ親父王も何も喋りませんし、わたしの出番は終わりでいいですよね?
「待て待て待て。まだSXのデモをやってないぞ」
は?
と、部屋のすみっこにSXのハイグレード版が設置されていることに気づきました。
「いやいやいや、授業参観じゃないんですから、やりませんよ」
どうせやるなら、研修の成果発表会……いやそれすら親父クソ王には見せたくありません。
わたしは扉の取手に手をかけようとしました。
すると、手すりが蛇に変化して、手首に絡みついてきました。
こわわわわわわっ!
慌てて振り解きました。
そして社長が蛇みたいに舌を出して笑っていやがっていました。
趣味が悪いですね。
「会社は学校じゃないんだ。仕事に授業参観なんてない」
「じゃあこの状況はなんなんですか?」
「国がSXを300台購入するかの大事な商談だぞ」
めちゃめちゃ大事じゃねえですか。
そんな大事な商談のデモを新人研修に任せないですくださいよ。
頭痛を5秒ほど我慢します。
3……2……1……。
仕事なら仕方ないですか。クッソ。
「それではーー」
と、デモを始めようとして、声を引っ込めます。
デモの目的はなんでしょう?
フォーラムでの講演と講演の休み時間中、デモオペレータがエフェクト作成デモや自動演奏デモ、生音オプションのデモ等をやっていたはず。
基本デモはやっていなかったと思いますが、それは講演内容と被るから。それと、ほとんどの来場者が見たことあるから。
王が何を見たいのか分かりませんね。
正確に言うと、王が考えている課題が何で、それに対して何が響くのか分からない。
この場合、やるべきは……。
「社長、今回は何のデモを行えばいいですか?」
素直に聞くのが一番です。
いや、社長に聞くものでもないかもしれません。
「王も何かございましたら」
さしてわ先に口を開いたのは王の方でした。
「大臣の中に、裏切り者がいる」
裏切り者?
王の座を奪おうってやつか?
わんさかいそう。
「かねてより、裏切り者を炙り出す魔法の開発を急いでいたが、未だに実用化には至っていない」
なるほど、わたしを田舎へ追いやる原因を作った野郎といい、昔からそんなんばっかだったのですね。
さっさと拷問でも何でもした方が早くないでしょうか?
「お前が考えている通り、拷問により裏切り者は直ちに暴かれるであろう。しかし、それは根本的な解決にはならない。そもそもイタチごっこになっている時点で、王の家紋に泥が塗られているのだ」
なるほどです。
要するに、裏切り者を産まないシステムを作ろうとしているのでしょう。
王政って大変なんですね。
しかし、気になるところがあります。
「そのシステム開発に、SXを300台導入されるんですか?」
いくら国とはいえ、1つの魔法システムの開発にSX300台なんて使いこなせないと思うのですが?
果たして、その答えは?
王が閉じた歯を大きく見せながら笑います。
「魔法システムの開発に対してSXの有効性が認められれば、さらに300台を武器として導入する」
おいいいい!
そっちが本音でしょぉぉおおお!!
だから社長も「300台」って言ったんですね。
社長、舌出してるんじゃないですよ。かわいいかよ。
ただ、分かりました。
「で、あれば--」
ここで弾くのはただ一つ。
まずはストリングスによるコード。
王の眉が動きました。
この時点で特茶的ですものね。
コードの録音と自動演奏機能を使い、楽器を足して、コードを分厚くしていきます
主にストリングスと擬似的なディストーションギター、それからベース。
bpm設定によりバスドラムを高速に打ち、スネアとハットとシンバル。
あえておかずのファンファーレ。
そして最後に--これもあえて--メインメロディをクワイヤで弾きます。
王の持つ聖剣の力を強める魔法『emerald sword』の完成です。
音色生成の回路を複数、それも16トラック分持つマスターグレードモデルだからこそできる、最強の魔法です。
「なるほど」
王が歩み寄ってきました。
「試弾されますか?」
メロディの演奏だけやめて、席を空けます。
「ふむ」
王が鍵盤を弾きます。
迷いがなく、打力の強い、エッジの効いたメインメロディ。
ゆったりと広い空間が確保された応接室に、『emerald sword』が強く響き渡り、引き締まります。
すると、王の背中が--背負っていたエメラルドソードが緑色に輝き出しました。
うっわ、わたしの演奏じゃ光んなかったのに。
本音を押さえて、王をお客さんだと思って会話します。
「見事です。そのように、エメラルドソードの様々な魔力を引き出すことができましょう。訓練を積めば戦場に楽団や合唱団を連れて行かなくとも済むため、戦術の幅も広がりましょう」
「このような小さな光でか?」
「より効果を出す運用を目指して、弊社がサポートします。例えばSXの多重運用や、バンド隊のみ編成する、今までの楽団との戦術を組み合わせるなど。単純なエメラルドソードの攻撃力UPだけでなく、軍の運用そのものに関しても提案活動をしてまいります」
「兵法のノウハウがあるのか?」
知らねえです!
勢いで言ったことですし!
いや、社長--イスタリがいるんですから。
強気に出ていいはず!
「あります。社長のルカなら経験豊富です。その他社員一同については、多種多様な業界で仕事について議論させていただいてきた経験から、ノウハウを吸収する技術を追求してきました」
「言い訳に聞こえるな。経験はないということであろう?」
「これは公開情報なので話しますが、水の都アクアレクイエムの領主とも取引させていただいており、警備に活用している事例があります」
こんなに頭を回転させながら喋ったのは初めてです。
脳天から湯気でもでそうなくらい。
「アクアレクイエムは領主が自ら指揮を取っているのか。詳しく話が聞きたい」
事例集を見ただけの情報ですが、確かアクアレクイエムの領主はSXにかなり肯定的です。
良い調子!
「場を用意せよ」
え?
セッティングするんですか!?
相手は領主。
手紙を出すとき王のサインが必要でしょうか?
しかし、それにしたって一度直接謁見しなきゃでしょう。
ああ、アクアレクイエムって結構遠いですよね。
コントラバス便でしょうか?
いや、後の手段を考えてる場合じゃありません。
まずは目の前の王を納得させないと。
「すぐに会談の場を手配します」
まずは言う。
言っちゃいました。
VIPルームから立ち去って手配しに行くべきでしょうか?
手配の具体的な手段を聞くところからですが。
迷いながら二、三歩進んだところで、社長から助け舟が出てきました。
「アクアレクイエムの領主--アルベルトなら今日のフォーラムに来ているぞ。公演の後で商談の予定も入っていたはずだ。確か担当はアイザックだったか」
ナイス社長!
さてはこうなることが分かっててわたしを呼びましたね。
だったら最初からアイザック課長を呼んでくださいよ!
わたしは一礼し、部屋を出て、早足で課長を探しに行ったのでした。
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