第13話 水晶製造装置メーカー『メガデウス』商談報告書や


研修が始まって一週間。

六営業日。


客先には五回訪問していて、フォーラム案内は毎回、デモは二回行いました。


今は、先週に訪問したメガデウス社の商談報告書のレビューをしてもらっています。

レビュアはマークさん。


「……」

「……」


書いた報告書を読み上げ終わったところで、沈黙してしまいました。


人間族で、スーツをピシッと着こなし、笑うと舞台俳優のようにキザッキザの笑顔を作れるマークさんですが、その笑いを引き出すまでのコミュニケーションは少々難しい方です。

っていうか、それ絶対に作り笑いじゃないですか。


「えっと、どうでしょうか?」

「何を議論したいんだい?」


え、何をって?


「商談報告書を書いたので、見ていただきたいんですよ」

「見たよ」


うわ、話通じない人ですか。


「これで提出してしまって良いってことですか?」

「良いか悪いかでいったら、別に良いと思うよ」


マジか。いいんですか。

でも、今までは同行した上司に見てもらっていましたし。

今回は出来がいいのでしょうか?

それとも、今までのもこっそり提出してしまって良かったのでしょうか?


「ファビオちゃんがどうしたいか、だよ」

「どうしたい、ですか?」


商談報告書は事前に上司に見せるもの。

実際、シモーネさんにはそう言われました。

言ってましたよね?


言ってることバラバラですか。


マークさんは続けます。


「もう少し具体的に言うと、報告書を作る過程で分からないことが多々あるから相談させてくれ、なのか。報告書が自分なりにできたから、もっと良くするために議論させてくれ、なのか。それとも、もう提出します、なのか」


そんなの当たり前じゃないですか。

えっと。

あれ?

どれってことになるんでしょう?


「それによって、議論の仕方も変わってくる」


マークさんはムカつく笑顔で腕を組んでいます。

ほら出た作り笑い。


それって、どういう議論をしたいかハッキリさせないとレビューしてくれないってことですよね。

面倒くさ。


でも、まあ、

「もっと良くするやつです」


咄嗟に答えてしまいました。

怖いし。

これで大丈夫でしょうか?


「OK」


おっと、すんなり受け止めてくれました。


「では、フォーラムの勧誘について。『お客さんの興味ありそうなトピックスを予想できなかったのが、響かなかった原因』とあるけど、なぜそう思った?」


なぜ、というか。

それくらいしか思いつかないんですが。


「例えば、お客さんの様子がそうだった、とか?」


どうだったかな。

あまり覚えてないですね。


でも、

「確か、そうだったと思います」

「具体的に、どういう反応をしていた?」


いや、だから覚えてないんですって。


「ファビオちゃん。俺たちは技術者だ。判断は時に素早く、時に深く。常に論理的に。今の君の判断は、感覚に依るものに見える。レビューという場を使って、論理立てて証明しないと、深く検討できない」


あ、これ怒られてるやつですね。

素直に謝っておこう。


「すみません、お客さんの反応は覚えてません。『興味ありそうなトピックスが〜』の下りも、根拠なく決めつけていました」


もう謝るのも慣れました。

商談報告書のレビューの度にこんな感じです。


「じゃあ、なんでお客さんの反応を覚えてないんだろう?」


それをなぜって言われても。

忘れることに理由なんてないでしょうに。

それでも、強いて理由を言うとするなら、


「忘れっぽいからですかね」


ちょっと自棄になっているかもしれません。


「忘れっぽいのは、大なり小なりみんな同じだ。日常生活に支障をきたすレベルで忘れっぽいハーピィ族等もいるが、君の様子はそうではないだろう」


確かに、ハーピィほどではありません。

マークさんが続けます。


「忘れる原因をもっと単純に考えて行った方がいい」


単純に?

単純に考えると、忘れん坊が結論になるんですが。


「なぜ忘れたのか、それはまず、印象に残っていなかったから、で良いかい? それとも、印象的だったけど忘れたのかい?」


単純に、っていうのは、なるほど、要素や単語に分解するような、当たり前を疑うようなアホみたいな感覚のでしょうか。


「印象に残っていないからですね」


これは素直にそう思います。


「なぜ印象に残らなかったんだろう?」

「普通の反応だったからですね」

「普通の反応って、具体的にどんな?」


どんな?

いや、普通の反応は普通の反応ですが。


「あ、ごめんごめん。さっきと同じ質問になっちゃったね。なぜ、普通の反応だと思ったんだろう?」

「それは、印象に残っていないからです」

「なるほど……」


マークさんは今の問答を、黒板に書き出していきました。


「ループしているね。印象に残らないのは、普通の反応だと思ったから。普通の反応だと思ったのは、印象に残らなかったから」


確かに。ループしています。

でも、なんだろう?

変なループの仕方ですね。


マークさんが続けます。

「片方は因果関係の事実を表しているけど、もう片方は結果に対する推論にしかなっていない。考え方が異なっているんだ」


その通りですね。

分析が底に来ているいます。


「では、なぜこんな状況になっているんだろう?」


ん?

それは……真面目に仕事しろ、ってことでしょうか?


「……」

「……」


お互い黙り込んでしまいたした。

先に口を開いたのはマークさん。


「君は、質問の意図を理解できないときに黙り込んでしまう癖があるね」


マークさんこそ、ちゃんと聞かないと何も言ってくれない癖があるじゃないですか。


「とりあえず、頭の中でモヤモヤしているものをそこに書き出してみたらどうだい?」


マークさんからチョークを渡されました。


モヤモヤを書き出すと言われても、どうしたら良いか分かりませんね。


ふと、以前にシモーネさんが、問いと答えをそのまま書き出していたのを思い出しました。


あれをやってみれば良いのでしょうか?


この際だということで、今までマークさんと話していた内容を書きまくってみました。


お客さんの反応を忘れたのは、印象に残らなかったから。

印象に残らなかったのは、普通の反応だったから。

普通の反応だったのは、印象に残ら--あれ?


確かに。逆算のような、類推のような。

考え方に違いがあります。


なぜこんな状況になったのでしょう?


それは。


分かりました。

書き出してみるのも恥ずかしいくらい、明らかです。


お客さんの反応を覚えてない。

ここの奥に元凶が隠れていますね。


書き出してみて冷静にみてみる。そもそも、印象に残らないとか、普通の反応だとか、そんなものは覚えていない原因てあってはいけないのでしょう。


『普通の反応だなぁ』ではなく、どうすれば良い反応を引き出せるか、その場で考えないといけないのでしょう。


拙い言葉ながら、マークさんにそれを伝えてみました。


「なるほど。根本的にそれが分かっていなかったから、こういう状況になったんだね。良い商談報告書になりそうだ」

「さっそく書きます」


さっそくレビュースペースの席を片そうとします。

すると、


「待った待った。対策はどうするんだい?」


マークさんが通せんぼしてきました。

意外とコミカルな動きもするんですね。


にしても、対策? とは?


「対策って、これからはお客さんの顔をちゃんと見るってことですよね?」


「今までも見てなかったわけではないでしょ」


確かに。


「それに、お客さんの表情を見て臨機応変に対応なんて、さっそくできるものなのかい?」


確かに確かに。

いや、臨機応変な対応、できると思うんですが。

ここ最近の失敗のせいで、ちょっと自信をなくしてるんですよね。


マークさんがさらに詰めてくる。

「どこに課題を感じる?」

「相手の顔を見て、一々考えてる余裕があるかってところが、少し自信がないです」

「余裕がないってことは、何かをやっていて、そっちに集中している状態かい?」

「そうですね。暗記したフォーラム案内を読み上げるのが……」


あれ?

つまり、そこを練習すれば良いのでしょうか?


いや、練習はしています。

もう暗記はしました。

それでも何かが足りない気がします。

なんでしょう。


……おっと、ギブアップ。


「先輩方に協力してもらって、臨機応変に対応する練習とかしないと、ちょっと何が足りないか分からないですね……」


というわけで打つ手なし。

どうしたものか。


一方で、マークさんは変わらぬトーンで続ける。


「で、いつどうやってやる?」


え? 何を?


「練習を見てもらうんんでしょ」


あ、わたしの言った言葉の通りか。

練習すれば良いのか。

え? そんなことして良いんですか?

そんな、レビュー以外で先輩の時間を取るなんて?


わたしの混乱を他所に、マークさんが丁度のところを突いてくる。


「何か気にしているかい?」

「え、いや、そんな。先輩方にシミュレーションの相手みたいなお願いなんて、して良いのかなって」

「なぜ気になるんだい?」

「えっと。先輩方の時間も使うわけですし、普通そんなことするかなぁって」

「時間を使うことについては、レビューとどう違うんだい?」

「レビューは、報告書を作り終わったことの報告も兼ねてますし……」


あれ?


そういえばアイザック課長が『レビューとは、技術追求のための議論の場』と言ってましたっけ。


そう考えると、先輩とのシミュレーションも、商談の技術を磨くって意味では同じものでしょうか?


でも、こんな、シミュレーションみたいなことってやるものなのでしょうか?

でもでも、マークさんがあんな言い方するってことは、珍しいことじゃないってことでしょうか?


悩む悩む悩む悩む。


もう、ここは勢いです!


「明後日に建築資材メーカーの『ドリームシネマ』へ行くので、それまでに。明日は練習に集中します」

「明後日はシモーネさんだったよね。彼女に練習お願いしといてね」


どうやら正解だったみたいです。

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