第12話 飲まずにはいられない
その後は散々でした。
アイザック課長のフォローが逐次入るようになり、フォーラムの案内もほとんどやってもらってしまいました。
「じゃ、今日は直帰かな?」
アイザック課長は会社へ戻ったようでしたが、わたしは夕方のオフィス街にポツンと1人残されます。
なんか、疲れましたね。
「飲みにいきますか……」
借金しかない身の上ですが、無性に酒が欲しい。
気取った大企業がギュウギュウとひしめく大通りの間を縫って、なんとかして今の自分にお似合いのボロ飲み屋を探し当てました。
「ビールください」
ドワーフのハゲたおっちゃんが、泡たっぷりのビールをダンッと用意してくれました。
あー、これこれ。
バッチバチの炭酸で火傷しそう。
炭酸ってすごい。
これも魔法技術が発展している首都ならでは、でしょうか。
と、隣席の女性が快活に注文を取りました。
「大将、同じやつ」
っていうか、社長でした。
「いやいやいやいや」
「おっと、新人。奇遇だね。シャチョーさんビックリだぞ」
「ワザとに決まってるんでしょ。監視でもしてるんですか? 訴えて借金取り返しますよ?」
社長は、これまたどういうわけか、背の高い大人のお姉さんの姿をしており、豪快にビールを飲み干しました。
偉大なるイスタリって酒に強いんですか。
「で、どうなのさ? 仕事始めて2日目よな。そろそろ落ち込んでてもいい頃だぞ」
うわ、何でもお見通しですか。
イスタリって気持ち悪いですね。
「順調ですよ。研修中に1台売ってみせます」
悔しさの反動からか、ちょっと大それたことを言ってしまいました。
いやまあ、実際のところわたしならそれくらいできる……かな?
今は調子が掴めていないだけでしょうし。
「具体的な目標を持つのは良いことだ。感心したぞ」
おっと、社長に褒められました。
これは昇給かな。
「ちなみに、なぜその目標にしたんだね?」
出た『なぜ』。
仕事ですか。
不満が顔に出てしまったかもしれませんが、構わず答えます。
「研修ってバカにされたままじゃ終わらせませんよ。惜しい人材を無くしたって悔しがる先輩社員方をバックに、開発部へ本配属させてもらうつもりです」
「そうか、君は開発志望だったか。何をしたいのかハッキリしているのは、良いことだぞ」
社長は次のビールを注文しました。
それ、4杯目。早すぎる。
「で、つまりってところを整理するぞ。君は自分の実力を誇示せんとするために、1本売ろうとしているのかい?」
そうかな?
うん、そうですね。
「詳細は省きますが、わたしは普通の仕事で収まるようなつまんねー人間じゃないんです。スターバーグのシンセサイザーはすごい。あれを開発した人たちもきっとすごい。わたしもそうありたい。今は通過点のはずなんです」
おっと、熱が入っちゃっいました。
社長相手に口が悪かったかもしれません。
「君が言いたいことが、だんだん分かってきたぞ」
社長はまたビールを空けました。
底なし。
「君は特別な何かになりたいんだ。例えばシンセサイザーを開発したスターバーグの社員のように。そしてその力を既に持っている」
「その通りです」
「君には力がある。だからこんなところで失敗するはずがない。この二日間の失態は、成果で挽回する。それで失敗をなかったことにする」
あれ?
自分で言ったことなのに、繰り返されると違和感がありますね。
「もう一度聞くぞ。合っているかね?」
これは……。
間違いを指摘されたのでしょうか?
うん、きっとそういう流れですね。
「間違ってますね」
「ほう。どこが?」
「失敗はなかったことにできない、です」
しかし、そうすると、なんでわたしの目標は『一台売る』ことなんでしょうか?
目標そのものが、けっこう勢い任せで言ったものだし、目標を変えろってことでしょうか?
「君、目標を変えようとしているかい?」
お見通しか。
いや、当たり前ですね。
社長の言わんとしてること、分っちゃいました。
「目標を変えた方がいいってことですよね?」
「そうは言っていない」
あれ?
考え方がおかしいから、社長の言うとおり目標を変えろってことじゃないのでしょうか?
「目標を立てるのは、場合によっては難しい。ただ、今回はもう、勢いで決めてしまっていいぞ。実際、君の発言は勢い任せだったろう?」
そりゃもう、思い返すと完全に勢いだけで言っていた。
「そして、目標設定の背景も全面的に間違っているとは思わないぞ。一本売れば、何か自分自身で得るものがある、そう直感があるのだろう?」
それを無理やり答えようとしたのが、さっきの『失敗を取り戻す考え』だったわけですが。
「何を得られるか、それを具体的に言い表すことは難しいだろう。ただ、何かを得たいと言う気持ちを持って、目標に向けて取り組むのはいいことだぞ」
なるほど。
嫌な仕事でも、やってみって何か学べってことでしょうか。
「というわけで、君は来月の研修成果発表会で、何を得たのか発表してもらうぞ。時間は十分。よろしく」
え?
発表?
え?
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