第9話 商談報告書リベンジ
というわけで、出勤2日目。
今日やることは商談報告書の作成と、アーキテクト・エネミーの訪問です。
ただし、アーキテクト・エネミーとの商談は夕方。
事業所も都心にあるため、スターバーグ本社の出発は15時前で済むらしいです。
ということは、午前中の早めに報告書を仕上げて、デモの練習が心許ないから練習。
うん、今日は余裕がありそうですね。
まずは昨日ボツをもらった報告書。
さっさと書き直しちゃいましょう。
あれ?
具体的にどこをどう書き直すんでしたっけ?
分からないなりに直してみても、細かい表現が多少変わる程度。
かといって、昨日の口ぶりを思い出す限り、もっと大掛かりな直しになるはず。
ふと、シモーネさんのデスクを見てます。不在。
オフィスを軽く見回すと、レビューコーナーでホビットのおじさん社員と話しているの発見しました。
忙しそうだし、もう少し自分で考えてみましょうか。
それからも報告書との地味な格闘は続きます。
続いて続いて……大して変わらない。
「ファビオちゃん〜報告書はど〜お〜?」
背中から突然話しかけられたと思ったら、シモーネさんでした。
「あ、えっと……レビューお願いします」
勢いでお願いしてしまいました。
またレビュースペースにやってきました。
レビュースペースは、簡易的なテーブルを中心にぐるりと黒板を囲んだ作りになっており、同じスペースが10箇所ほどあります。
ちなみに黒板はかなり上等なもののようで、ほとんど平ら。
チョークで描いたものを、専用の布巾で拭けば綺麗に消える代物です。
何も描かれていない黒板を背景に、シモーネさんがニコニコとゆる〜い笑顔をピクリとも崩さずにこちらの様子を伺っています。
「ほら、どうぞ」
「えっと……」
怖いぃ。
何これ。
恐る恐る報告書を差しだしました。
シモーネさんがふむふむ〜と一通り読み終え、
「昨日と何が変わったの?」
無慈悲な一撃を突いてきました。
緊張の汗を拭って、変更箇所の説明を試みます。
「えっと、昨日は『商談は順調』って書いていたんですが、昨日のお話を伺って、違うのかなって思って、『商談は難航』って流れにしました」
「なるほど〜。ま、難航とか言ってないんだけどね〜」
え。
昨日、根本的に違うとか言ってませんでしたっけ?
「ファビオちゃん〜、昨日のメモはある?」
相変わらずニコニコと、一切ペースを乱さないシモーネさん。
あ。
っていうか、
「昨日の話はメモってないです」
紙って貴重ですし。
「なんで?」
なんで、と聞かれても。
「覚えられない内容じゃなかったですし」
「確かに。言われたことをぜんぶメモるのは大変だよね〜」
そう。それです。
商談中も同じ感覚でした。
「じゃあ〜、メモは手段の一つとして、どうやって昨日わたしが言っていることを捉えようとした?」
捉える?
とは?
シモーネさんが何を言っているか理解できません。
なんだろう?
相手の言っていることの裏の意図を汲み取る、とか?
迷っていると、シモーネさんがニコニコしたまま、また問いかけてきた。
「なんで答えられないの?」
ぞわっ、と。
静止した笑顔にノイズの幻覚が見えるほど震え上がりました。
「えっと、なんでと言われても……」
何か答えなきゃと思うのですが、繕う言葉の端から虚空へ消えていきます。
冷たい時間だけが過ぎて、事務所の雑踏が相対的に上がっていく。
怒られるのって、こんなに嫌なものだったっけ。
「質問のしかたを変えようか〜。何が引っかかって、言葉がでないの?」
あ、怒られてるんじゃないのか、これ。
とたんに気分が軽くなりました。
落ち着いて考えてみる。
引っかかり。
何がと言われても。
『言っていることを捉える』の意味がそもそも分からないからので。
「引っかかる、と言われましても……」
引っかかりを出そうにも出せそうにありません。
すると、またシモーネさんが問いかけてきます。
「例えば、なんの工夫もしてなかった、とか?」
「あ、それです……」
「それはなんで?」
またか。
この人、理由を聞いてばっかりですね。
内心腹が立ってきました。
おっと、怒られてないからって調子に乗り過ぎでしょうか?
シモーネさんが続けます。
「工夫なんて必要ない〜って思ったの? それとも工夫が要るかも〜ってことをそもそも思わなかったの?」
どう違うんですか、それは。
答えられずに沈黙していると、またシモーネさん。
「ちょっと描いてみようか〜」
ほい〜っとチョークを渡してきました。
「これをどうするんです?」
「とりあえず〜わたしが聞いたことぜんぶ描いてみて〜」
シモーネさんに言われるがまま、箇条書きで質問を書いていきました。
・『商談は順調』から『商談は難航』と変えた。
・なぜ変えたか→昨日そう言われた。と思ったため。
・なぜそう言われたと思ったか。
・どうやって言われたことを捉えようとしていたか。
・なぜ工夫をしていないか。
・工夫が必要ないと判断したのか、工夫が必要かどうか疑問に思わなかったか。
書いてみただけですが、何となく仕事が進んだ感覚になります。
なるほど、けっこう書くのって良いかもしれません。
いったん、少し眺めてみてから、落ち着いて答えます。
「工夫が必要かどうか、疑問に思わなかったです」
シモーネさんは、ニマニマと、何となく少し違った様子の笑い方で、
「それはなんでだろうね?」
また聞いてきました。
また分からないですね。
試しに、追加で『なぜ?』と黒板に書いてみます。
考え込む前に、シモーネさんがまた聞いてきました。
「もしくは、ファビオちゃんはどういう状態だったんだろうね?」
状態って言われても。
「言ってることを、その捉える? っていうか、単純に聞くっていうことを、なんというか、舐めていた感じがします」
捉えるっていうのがそもそもよく分からないのですが。
理解する、とかでしょうか?
よく聞く、とか?
それも含めて、言っていることを単純に聞くっていうのは難しいってことなのかもしれません。
「それ」
シモーネさんが親指を立てました。
「それを商談報告書に書こうか」
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