第7話 初めての商談報告書


結局商談はいつの間にか終わっていました。

いったいどの会話が帰るタイミングのものに該当していたのかも分かりません。

あとデモもしませんでした。

わたしの練習は何だったことになるのか。


しかし、初めての商談同行としては上出来ではないでしょうか?

フォーラムはちゃんと案内したし。

他には……特にないけど。


「ん〜……ファビオちゃん〜」


馬車の中でシモーネさんがコックリコックリ船を漕ぎながら話しかけてきました。

お褒めの言葉でしょうか?

どうぞどうぞ。


「なんですか?」

「帰ったら〜……商談報告書を〜……書いてもらうよ〜」


先ほどまでのしっかりした顧客対応は幻だったのか、欠伸を何重にも織り混ぜながら、次の課題を言い渡されました。


「報告書って、どういうこと書くんでしょう?」


そもそも報告できることが……ないともあるとも言えませんね。

お客さんは結局のところ買うとも買わないとも言ってませんし。


そうだ!

『関係を作ることができた』が正解ですね。


なんだ、報告書とか言うから身構えちゃったけど、シモーネさん寝てるし大したことなさそうですね。






報告書、難しい。


机の端には他の先輩社員の報告書。

幹部社員に読み回された後は掲示板に貼られる仕組みになっており、そのいくつかを借りてきました。


参考になるけど、参考にならない。


やれ『キーマンと関係構築』だの。

やれ『商談化』だの。

やれ『今期の導入を目指すことに合意』だの。


言っていることは分かりますが、それを理解したからといって自分の商談報告書の材料にはなりそうありません。


信じられないかもしれないが、商談がポジティブに終わったのかネガティブに終わったのかも分からない状態です。

なにせ分からない話を延々と聞いていたら突然「それでは〜」と終わったので。

これを『商談化』と言えるのかも分かりません。

最初に思いついていた『関係を構築』の方が良いでしょうか?


分からないけど、『商談化』と言えないことはないか。

よし、とりあえず結論はそう書きましょう。


それから、お客さんは魔法使い不足で困ってるって言っていましたね。

それを解決するために、お客さんは前向きに検討している。

すぐに売れそう。


うん、そう書いておけばいいでしょう。


というわけで、悩むこと2時間、書くこと10分で商談報告書は完成しました。


いやいやいや、2時間って悩みすぎですかね。

でも、初めてなんでこんなものでしょう。





提出の前にシモーネさんに見てもらうことになりました。


さすがにノーチェックで会社に提出するほどの愚かな新人ではないので。


もうすぐ定時。

本社は地下1階と地上2階を曲がりしていて、ここは2階なので夕日が差しています。

シモーネさんのおかっぱ頭が雷石のような光沢を帯びていました。

頭が丸くて可愛らしい先輩ですね。


思えば濃度の濃い一日でした。

就活中のバイトとは比較できない、脳のどこかが明らかに疲れています。


この商談報告書を提出したら今日はお終いだでしょうね。


「ファビオちゃん〜」


報告書を読み終わったシモーネさんが眉間に皺を寄せながら笑っていました。


「これ、いつまでにやろうとしてる?」


聞かれたのは、報告書の内容とは関係なさそうなものでした。


「えっと……」


特に言われてないような。

こういうのは早い方がいいとは思っていますが。

あ、でも今は今日中に提出しようとしていますね。

「今日中です」


「なるほど〜。いいと思うよ。確かに日を跨がない方がいいね、こういうの」


ああ、褒められる流れなのでしょうか、これ?


「で、どうやって今日中に終わらせるつもりだった?」


どうもなにも、今日中にシモーネさんに見てもらったから、終わりじゃないですかね?

何を言っているんだ、この人は。


「だから、今提出して、ってとこです」


ちょっと苛立ちが混ざってしまいました。

先輩に対して良くありませんね、これは。

クールダウン、クールダウン〜。


「なるほど〜」


対して、シモーネさんは別段それを気にしている様子もなく、居眠りするように目を閉じて、言いたいことを整理しているようでした。


「それじゃあ……今もう定時近いけど、これをわたしに提出したら、おしまいと思ってたわけか〜」


その通りですね。

その通りか?

何かがモヤモヤと、胸の中で回りだしました。


「ファビオちゃんはさ〜、報告書の内容がこの状態で提出ができるって、どうやって判断したの?」


判断ってほどの大それたことはしていません。

いや、したことになるのか?

どう答えれば良いんでしょう?


「お〜い、ファビオちゃん〜」


おっと、考え込んでしまいました。

シモーネさんに呼ばれると同時に終業のチャイムが鳴りました。

いつの間にか定時ですね。


「難しく考えすぎてない? 質問を変えようか」


シモーネさんは腕を組んでしばしの間「う〜ん」とうなり、

「あ」

頭に電球をつけました。

比喩じゃなくて。

どっから出したんだ。魔法なしでどうやって光ってるんだ。


「ファビオちゃんは〜、この報告書ってどこに提出するか、わかってた?」


何を当たり前のことを聞いているんだろう?

わたしは少し心配になり、恐る恐る答えました。


「シモーネさんに渡せばいい、ですよね?」


「違うよ〜」


チカチカっと頭を靄が覆う。

え、違うの?


「私に提出した後、どうなると思ってた?」

「シモーネさんが読むかと」

「その後は?」

「採点をしてくれるのかと」

「お、採点? まあ、いいや。その後は?」

「えっと」


採点の後は思いつかないですね。

強いて言うなら……。


「それを元に次の課題が出るとか」


「あぁ〜、なるほど〜」


シモーネさんがニコニコしながら何度も頷いた。

怖い。急にどうしたんでしょう?


「ファビオちゃんは、商談報告書を学校の課題みたいなものだと思ってたのか〜」


学校は行ったことないですけど、家庭教師から出されるそれと似たものだとは思っています。

え? 違うの? 研修ですよね?


「ファビオちゃん、この研修は、研修とは言うけど、仕事そのものをしてもらうよ。必要とあれば一人で客先にも行ってもらうからね」


研修で、一人で客先訪問!?

そんなのめちゃくちゃですよ!


「最初の質問に戻るけど〜、報告書がどんな内容なら完了となるかの判断はしてなかった、ってことね〜」


そっちに戻るんですね。


「そっちはもういいや〜」


いいのか。


「というわけで〜、明日は本物の仕事として、報告書の再検討からやろうか〜」


良かった。

納期は間に合わいませんでしたが、今日は帰って良いみたいですね。


「こういう風に先延ばししてると〜、報告書が溜まっていって頭がパンクするから気をつけてね〜。一ヶ月以内に出さないと交通費は支給されないからね〜」


ただでさえ借金があるのに、馬車代まで払ってたまるもんですか。


「えっと、少し残業して行った方が良いでしょうか?」

「今日はダメ〜」

「なぜです?」

「ファビオちゃんの歓迎会だから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る