第6話 菓子メーカー『コルピクラウニ』
sxを何とか馬車に運び込み、いざ出発の顧客訪問。
ところで、
「なんで馬車の中でsxをスタンバイしなくちゃいけないんですか?」
「最近はマシだけど〜、移動中ってけっこう狙われやすいから。ほら、sxってけっこう高価でしょ〜」
確かに、このエントリーモデルが150万ですからね。
山賊にでも会おうものなら面倒です。
常に備えよ、とはこういうこと。
しかし、150万を運ぶって緊張しますね。
「こんなに高くて、お客さんは買ってくれるんですか?」
更に桁違いの弦楽器も世の中存在するけど、客層も出荷数も全然違います。
sxは主にどこにどうやって売り込むものなのでしょう?
「一般家庭にはまだ無理だね〜。価格もビジネスモデルも開発中。今は企業やフリーの魔法使いがほとんど」
「今から行くところも、そうなんですか?」
「ん?」
シモーネさんがわたしの顔をすーっと覗き見てきました。
シモーネさん、顔が丸いなぁ。もちもち。
「ファビオちゃん、もしかして会社情報、見てない?」
「馬車で見ようと思ってました」
「ふーん、ま、いいけど」
シモーネさんは無表情のような、笑っているような、怒っているような、なんとも言えない表情で自分の資料に集中を戻していきました。
さて、わたしも早く会社案内に目を通そう。
なになに……。
「株式会社コルピクラウニ。菓子メーカー。創立は××××年。従業員2492人。資本金××××yen」
概要を見ても何か得られるとは思えませんね。
社長メッセージか、理念、歴史を見ておいた方が良いでしょうか?
全部読もうとすると、思ったよりも時間がないですね。
理念だけ見ておけば、どんな会社か分かるかも?
「えっと、なになに?
『私たちはみなさまから愛され、信頼される、よりよい製品を提供し、人々の豊かなくらしに貢献します。』
ですか」
分からないけど、お菓子を配るのが大好き、ってことでしょうか?
何だか、こんなの見て意味があるのかよく分からんですね。
なんか疲れました。
視線を窓の外、シモーネさん、窓の外……と交互に観察。
馬車は都の中心部から遠ざかっていき、畑もチラホラと見かけるようになってきました。
こんな郊外に従業員3000人規模の大企業があるなんて不思議です。
窓の視界では、そんな大きな建物は見当たらないし。
むしろもう、森の中に入っていきますね。
城壁の中なので、そんなに大きいものではないだろうけど、ますます大企業の影は隠れるばかり。
結局、着いたのは小屋みたいなところでした。
どうやら、株式会社コルピクラウニは国中に拠点があり、首都の郊外にあるのは製品開発と商品化に特化した場所とのこと。
だからこじんまりとしているとのことです。
「というわけで、よろしくお願いします」
コルピクラウニのカウッピネンさんと名刺を交換しました。
初めての名刺交換で、ちょっとテンションが上がります。
小屋といっても、流石は大企業。
奥では社員が数十名ほどが机に向かっていたり、ミーティングをしてます。
種族は人間が多いが、妖精も飛び交っていますね。ただし、妖精は仕事をしているようには見えませんが。
そんな風景を見ながら、来客用のそこそこ上等なソファーに通されました。
カウネッピンさんが着席を促すのを確認してから、わたしとシモーネさんは座りました。
カウネッピンさんは、ひげもじゃのおじさんです。
背丈は細長いので、人間族。しかし髭は位の高いドワーフのそれですね。
ハーフでしょうか?
「シモーネさん、遠いところまでご足労ありがとうございます」
「いえいえ、こちらもなかなかご挨拶に伺えず」
「えーっと、ファビオさんですか。緊張されてますかね?」
話を振られました。
っていうか、わたしって緊張してる?
ここは新人らしく、元気で融通の効く姿勢を演じて、好感度を上げて売上に繋げてやりましょうか。
「はい! だいじょです! よろしくお願いします!」
「はっはっは! よろしく!」
うまくいったのでしょうか?
よくわからない。あと、噛んだ。
「さて」
シモーネさんが切り出しました。
「改めまして、私どもはシンセサイザーの開発元です。営業ではありません」
え?
そうなの?
「私どもはシンセサイザーの開発の一環として、現場での課題を解決すべく活動をしております」
「先日のお手紙でもおっしゃっておりましたね。課題解決のために、色々我々の話を聞きたい、と」
カウネッピンさんも認識が共有されているようですね。
付いていけてないの、わたしだけじゃん。
わたしの存在なんて忘れたかのように、カウネッピンさんとシモーネさんは話を続けます。
カウネッピンさんは業務中の従業員たちを一瞥し、腕を組みました。
「何から話したら良いものか……」
対して、シモーネさんはノートを取り出しました。
「やはり、良く聞くのは魔法使いの人材不足ですが、その辺りはいかがですか?」
「まったく足りていませんね。離職者が多くて、生産も開発もあえてリードタイムを落としてます。魔法使いが、やりたいことに対してぜんぜん足りない」
「なるほどです。魔法使いは御社の正社員ですか?」
「半々ですね。というか業務によります」
「足りないのは?」
「どっちもですね」
その後もヒヤリングが続きます。
どうやら、どの業界でも魔法使い不足は深刻らしく、大企業コルピクラウニでもその煽りを受けているらしいです。
盛り上がっていたが、カウネッピンさんがトーンを落とした。
「スターバーグさんの楽器、面白いなとは思うんです。しかし弊社はピアノ奏者が少ないので、正直言って持て余しそうなんですよね」
対して、シモーネさんは優しく冷静に回答する。
「ピアニストがいるに越したことはないですが、ピアニストがいない、もしくは少数のユーザも効果を出していますよ」
「本当ですか?」
「ええ。効果を出すために重要なのは運用です。ピアノの腕は、その後の段階ですね。後の話ですが、そちらはそちらでハマ・マスター社と提携してサポートができます」
「ああ、ハマ・マスターさんならうちも魔法のコンサルを受けています。安心ですね」
「コンサル、ですか……」
シモーネさんの鼻がピクリと動きました。
コンサル、という言葉に何か臭いものを嗅ぎ取ったのでしょうか?
シモーネさんは一考した後、話を続けます。
「ピアノの技術向上は後に置いておくとして、やはり重要なのは運用です。運用を決めるためには現場の課題を捉える必要があります。これからそれをいっしょに考えていきたいのですが、イメージを膨らませるために、一度導入事例の話をさせてください」
シモーネさんが、急に視線をわたしに向けたました。
顔が丸いなぁ。どうしたんだろ、逆に。
「ほら、フォーラム」
あ、なるほど? 今のってフォーラムの案内の流れだったんですね。
「えっと……」
どうするんだっけ?
カウネッピンさんがガン見しています。
思わず手元のパンフレットに視線を逃す。
そうだ、パンフレットです。
大丈夫、言うべきことはすべてここに書いてあります。
「それでは、わたしから説明させていただきたいと思います」
言い終わった直後に、一人称を『わたくし』にするのを忘れていたことを思い出した。
スタートから失敗しました。
でも、もう知りません。
後は勢いだ。
「今回のSXフォーラムではアーキテクトエネミーさん、ヘビーザウルスさん、パワーウォーウルフさんに講演していただきます」
カウネッピンさんは真剣に聞いてくれているようでした。
「内容はどれもSXの導入事例です。それぞれのユーザさんが元々何に困っていて、なぜSXを導入したか、どうやって適用していったか、を話してくださいます」
良し。
我ながら、パンフレットの内容を分かりやすく要約し、丁寧でかつ勢いのある紹介ができたと思います。
しばしの沈黙の後、カウネッピンさんが、
「以上ですかね?」
無表情になっていました。
それとシモーネさんも。
あれ? わたしなにかやっちゃいました?
シモーネさんが沈黙を破ってくれました。
「アーキテクトエネミーさんはご存知ですよね?」
「ええ、さすがに」
わたしだけ知らない。
「アーキテクトエネミーさんも魔法使い不足に悩んでらっしゃったんです。特にドワーフが足りない、と」
「ふむふむ。どこも似たようなもんなんですな。ドワーフは主にどの部門に?」
「製造部門ですね」
「うちと同じですね。シンセサイザーを製造部門に適応したんですか?」
「おっしゃる通りです」
「想像つかないですね。製品開発や研究開発での適応がイメージだったんですが」
「実は、コルピクラウニさんの研究開発部門は既に1台導入済みです」
「なんと」
「おっしゃる通りで、特に研究開発では即決してくださるユーザさんが多いです。彼らはそもそも楽器を収集する傾向がありますからね」
「うちも似たようなものです」
「開発の助けになったという話も多いは多いのですが、ユーザの業務全体で見てみるとクリティカルとは言えない、というのが研究開発への適応です。やはり製造含めて、業務全体での課題を捉えるべきです」
途中から話に付いていけなくなっていました。
わたし、ちゃんと仕事、して……る……ですよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます