第5話 研修


スターバーグ株式会社の本社オフィスは、メーカーなだけあって、首都近郊の山の中--ドワーフの洞窟を改装したものでひた。


「あ! あなたが新人のファビオちゃん?」


入社したわたしの最初のミッションは研修とのこと。

営業研修と開発研修。

2つを受けて、適性のある部署へ配属される。

まずは営業研修です。


ちなみにわたしは開発部へ行きたい。


とは言えず、あくまで新人らしく元気にあいさつしないとですね。

「初めまして! よろしくお願いします! ファビオです!」

「初めまして〜。うち、3年目のシモーネ! よろしくね〜」


ゆるくて、モチモチした女性社員でした。

小人や社長(幼女形態)ほどではないですが、小柄でどこにでもモチモチコロコロと転がっていきそうなお散歩系女子、というのが第一印象。おかっぱ頭が丸みを加速させてきます。

種族はわたしと同じ人間。

気を使ってのことなのでしょうか、新人のトレーナーには同種族の先輩が割り当てられるらしいです。


「じゃ、早速!」

「商談ですか?」

「と行きたいところだけど、アポは午後から。それまでの間に、これに目を通しておいて」


渡されたのは複数の書類。

「sxシリーズの、初回訪問用のデモンストレーション手順書。それからsxフォーラムのパンフレット。それからそれから午後に訪問する会社の、会社案内だよ〜」


ドサササササササッ!!

おお、あてがわれたデスクが一瞬で埋まった……。


「午後はうちと一緒に商談に同行! そこでsxの初見デモとフォーラムの案内をしてもらうよ〜! じゃ〜、なんでも質問してね! よろしく〜」


情報量が多い!

何から手を付ければいいのかも分からんですよ。

とりあえず、sx--弊社が開発したシンセサイザーの機種名--のデモが先決か。

そもそも触ったことないし。


sxはオフィスの一角に数台置いてあるようです。

えーっと、モデルが複数存在するsxシリーズだが、初見デモに使える機種は……資料にはどれでも良いと書いてありますね。

ということは、エントリーモデルを選んでおけば良いのでしょうか? それとも第一印象が命だという意味でもっとすごいやつを選ぶのでしょうか?

資料を見てもその辺は書いてないですね。


……聞くか。


自席を見やると、シモーネさんは席に居ません。

聞きやすい人がさっそく行方不明。

少し見回してみると、別の先輩と打ち合わせ中のようです。


何でも質問、って言ってくれたのに。


おっと、何を甘えたことを言っているですか、わたしは。


気を取り直して、自席近くの別の先輩社員さんに聞くのです。


一人、資料を作成している先輩がいますね。

さっそく質問を--する前に、席に戻って、事前にもらった座席表を確認。

なるほど、マークさんと言うらしい。


ふーっと、一呼吸置いて、マークさんの元に向かいます。


「マークさん、すいません。質問したいんですが、今大丈夫ですか?」

そう言えば、正確には先輩に質問する時のマナーや言葉遣いが決まっているらしいですが、それを調べる発想が出てきたのは声をかけてからでした。


「おう。どした」


一応、マークさん的には失礼に当たらない声掛けができたらしい。

ギザギザの笑顔で、快く新人たるわたしに時間を割いてくれるようです。


「デモの練習をしたいんですが……」

「……」

「どの機材を使っていいか分からくて」

「……」

「教えてもらえませんか?」

「おっけ」


いやいやいやいや。

当たり前だけど、最後まで質問しきらないと動いてくれないんですね。

っていやいやいやいや。

そんなの当たり前じゃないですか。

察してちゃんですか、わたしは。

何を甘えているんだ、わたしは。


マークさんと一緒に、再び機材置き場へ。

「初見デモだけ?」

「そう聞いてます」

「ま、新人だし、そっか」

そう聞かれて案内されたのは、2番目にシンプルな機材でした。


「1番軽いやつは、軽量化を進めた新技術。3番目以下は、多種オプション付きのハイグレードモデル。初見なら、このスタンダードモデルを使う」

「小さいの、よく見ると2種類ありますね」

「機能を絞ったエントリーモデルと、スタンダードモデル--標準機相当の機能を持った上位機種」

「標準機相当があるなら、そっちを使ってデモをした方が良かったりとか……」

「気持ちは分かるが、まだ開発段階。不具合も多いし、まだ発表も正式には出してない。ま、近いうちだな」


礼を言って、さっそくデモ資料に従ってSXを起動してみます。

デモ開始時には起動を終えている必要があるらしいです。

……おや、起動しない。

それっぽいボタンを押したのですが。

デモ資料を置いておき、取り扱い説明書を開きます。


「そうか、起動に魔力が必要なのか」


やってみると、ランプが点灯し、鍵盤の隙間からも魔力の光が漏れ出始めました。

が、何やらキュイインとエネルギーが貯まるような音がし始める。

出所を探すと、ファンが高速で回転した後、バチッという音ともに動力が切れました。

魔力と一切反応しない。


「壊した? そんなバカな?」


あちこちスイッチを押しながら説明書をめくっていく。


「なるほど、起動時の魔力供給は一瞬で良いんですね」


先程は供給過多で暴走していたようです。

今度は起動できました。

どうも、起動とは装置内の水晶体を活性化させることを言うらしいですね。


「これで練習できますねぇ〜」


そう呑気に言いながら鍵盤を叩いてみましだ、音が鳴りません。

説明書には魔力を込めながら叩きましょうと書いてある。

要はピアノと同じですね。

その通りにしているんですが、無音。


「なんですか、さっきから、いったい」


それから音が鳴るまで四苦八苦。

初期設定まで四苦八苦。

デモの動作確認も四苦八苦。


何一つ思った通りに動かず、いよいよデモの練習を始める頃には2時間経過。


「デモの練習もやりたいけど、フォーラムの案内とやらもやるんですよね」


デモは流れを覚えたーーというより知った程度ですが、それさえ分かっていればぶっつけ本番でも何とかなりそうです。

それよりも、パンフレットを渡すだけとはいえ、フォーラムの案内はお客さんとの会話です。

しっかりやらないと。


「そもそもフォーラムって何するんでしょう?」


パンフレットを読んでみるとーーなるほど、懇意にしているお客さん3社がsxの導入事例を講演するのと、この前社長がやっていた基調講演、それからセミナーをやるらしいです。


なんだそんだけか。

以上でーす、で終わりじゃないですか。

ま、研修社員に最初からトークを任せるわけがないですよね。


「ファビオちゃん〜。そろそろ準備〜」


びっくりした。

シモーネさんがいつの間にか背後に立っていました。

っていうかもうそんな時間か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る