第4話 入社
気がつくと、ずいぶんと雑多な小部屋にいました。
腰が痛いと思ったら、折りたたみ椅子を並べただけの簡易ベッドで寝かされていました。
椅子と椅子の間から腰が落ちそう。
「あ、気がついたのね?」
場にそぐわない幼女の声の方は向くと、スターバーグの社長が、ぶかぶかのスーツにダボダボの袖という姿で踏ん反り返っていました。
髪は後ろでまとめてありますね。ビジネスっぽい。
「なんで幼女社長が?」
「ぷんすか!」
わたしの問いに答えるでなくお怒りモードになった社長は、あかんあかんと首をブンブン振り、深呼吸を始めました。
深呼吸を繰り返す毎に、体型が大人のそれへと変わっていきます。
あー、緊張が解けていくと大きくなるんでしたっけ。
不思議な光景ですが、デリケートな事情があるだろうと、わたしは優しく待ってやるのでした。
大人になった社長は言います。
「戦地で強制労働と、弊社で馬車馬のように働くの、どっちが良い?」
「何の話ですか!?」
つっこんだわたしの目の前に、社長が一枚の紙をペラっと差し出す。
「払ってもらうぞ、250万yen」
請求書だ。
いやいやいやいや、何な話です!?
順を追って説明願いたい。
わたしはそういう気持ちを--いったん押し込んで、忍者エルフのごとく逃走を図りました。
経験で分かる。
これは話が通じないやつです。
両開きの戸を突き破っつたら、できるだけ人の多い方へ逃げる。
それだけを考えながら一気に地を蹴った瞬間、
「おい。社長の話はまだ終わっていないぞ」
足首を大男につままれ、吊るされました。
微塵も気配を感じなかったあたり、戦闘のプロか。
「喋るオークなんて、珍しいですね」
「オーク?」
大男の顔は見えませんが、困惑しているようです。
「そいつは人間だよ。謝った方がいい」
「謝ってほしいのはこっちですよ。モッシュに呑まれて全身バキバキな可哀想なわたしに対して、そんな覚えのないカネをむしり取ろうなんて、悪徳商法のオンパレードですよ。まずはそのゴツイ手を離してくださいよ」
身体を捻りながらどうにかして大男の握力から逃れようとしますが、びくともしません。
「分かった。離してやろう」
大男は何歩か歩き、窓を開けて、そこからわたしをぶら下げます。
わあ、ここは3階だったのか。
「支えているのは左手だ。利き腕ではないぞ」
「嘘つき! アルゴスみたいな万力じゃねぇですか!」
ちなみに、アルゴスとは身体中に眼を持つ巨人のこと。見たことはない。
「そうか。あ、うっかり」
拍子抜けもいいところな脱力感あふれる声とともに、ふと身体が自由になりました。
というか落ちていく。
頭から落ちる。あ、死ぬ。
激闘の寸前、身体がふわりと浮き、鼻先にちゃんと地面の砂がついただけにとどまりました。
無理やり引っ張られたでなく、運動量そのものが消滅したような、親切な魔法でした。
そのままゆらゆらと3階の窓へと運ばれていきます。
そのまま先程の事務室へと入ると、社長と大男は並んで待っていました。
社長は杖をぞんざいに振っていました。
いやいやいやいや。
「社長さん、もしかして演奏も歌もなしで魔法を使っています?」
「おっと、見せ物じゃないんだぞ」
認めやがりました。
ってことは、
「どっちですか?」
歌も演奏もなしで魔法が使えるのは、神霊の末裔たる5人のイスタルか、スキルとかいう意味不明な力を持った異世界人だけです。
「ははは。異世界人が企業の代表取締役になれる程、この国は異文化に寛容ではないぞ」
「確かに」
ということは、社長はイスタル。
とんでもない人と対面してしまいました。
「で、こちらの大男の名前は『アルティメット桃太郎』だ。なんでも、ニッホンという国でヒーローをやっていたそうだぞ」
「思いっくそ異世界人じゃないですか!」
じゃあその怪力もスキルとかいうインチキ魔法? それとも預言者が言及していた『転生者』とやら特有の『チート』とかいうやつ?
「彼は魔法は一切使えないぞ。だからうちで雇った」
だからと言って敵を雇う会社なんてマトモじゃない。
関わりたくない。
あれ?
「なんでわたしはこんなイカつい人達から250万yenもカツアゲされてるんですか?」
「やれやれ。やっと本題に入ったぞ」
社長は簡易黒板に、チョークもなしにスルルと式を記述していく。
「弊社にとってイベントは生命線なんだぞ。目標は名刺1000枚の獲得だが今はその途中経過にある。今回の見込みは500枚前後だ」
いつの間にかアルティメット桃太郎がわたしの横に座って座学を聴講しています。
圧が強い。
社長は、わたしとアルティメット桃太郎の理解が追いついているかを確認しながら、話を続ける。
「さて、あの講演は名刺収集の要とも言える。常設ブースの方も同じくらい重要なので、講演の力は250枚分とする。1日に2回講演。合計3日。1講演あたり40枚強。そのうち商談に繋がるのは半分の20枚。今期導入は5台程度だろう。プロフェッショナルモデルからエントリーモデルまで揃っているので、一概に値段は言えないが、5台ならおおよそ500万yen」
高ッ!?
平均して一台100万yen!
いや、確かにクラシック系の魔法使いはもっとイカつい楽器をわちゃわちゃ持ってたりもするけど。
「弊社は500万yenを得る機会を、君と連れの女に邪魔されたわけだ」
おっとそう来たか。
「いやいや、あれはボーグレンさんが勝手にやっただけですよ。むしろわたしは止めようとしていた側です」
「彼女は共犯だと言っていたぞ。賠償金は折半するとのことだ」
ふざけるなぁぁぁぁッ!!
ケチりやがってぇぇぇぇッ!!
「ま、不満があるなら例の女と2人で話をつけた方がいいぞ。さて--」
社長は黒板をサラリと杖の一振りで綺麗にし、わたしの目の前までツカツカとやってきた。
「君に250万yenは払えるのか? まずはそこを知りたいぞ」
「そんなん無理に決まってんじゃないすか!」
こちとら休職中ぞ!?
「ふはは。予想通りだぞ。なら提案がある」
社長はわたしの肩をバシバシ叩きながら、ネックストラップを取り出した。
「君、うちで働くがいいぞ」
ネックストラップ--社員証には俺の顔写真と名前が印字してあった。
「ハメる気まんまんじゃないすか……」
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