太陽はとうに沈んだ。

僕たちは雨しのぎも兼ねて駅のホームに座っていた。

「自由なところ」というと僕はコンクリートの無いところなんかが思い浮かばれるのだけれど、彼女はそうではないらしい。駅のホームが彼女の自由な場所なのである。

僕らは、とても家に帰るような気にはならなかった。

「こんな雨も良いわね」

二人ともバケツを被ったように濡れている。が雨を否定する気にはならなかった。

彼女は小刻みに震えている気がした。

「寒くない?」

「全然平気。そんなことより星が見たいわ。あと月も」

月すらも雲に隠れてぼんやりと発光している状態で星なんか一つ残らず雲に隠されていた。

水もそれに気づいたようだ。

「やっぱり雨なんてクソね。ゴミだわ」

「そうかな。こんな月も綺麗じゃない?」

「私ね」

二人はぼんやりと月を眺めている。

「両親ともいないの」

「えっ」

「まあ正確に言うといないも同然の状態なの。ホストをして適齢期が過ぎるとそこのオーナーをしてたお父さんは死んでお母さんもほぼ帰ってこない。一か月に一度に生存確認しに来るぐらいね」

「なんで?」

とは聞けなかった。

「でも自分が不幸だなんて考えたこともないわ。一人っていいものよ。大勢で馬鹿騒ぎするよりよっぽど」

「馬鹿だね」

「私が?」

「そう」

「なんで?」

「一人以外の状況になったこともないのに、一人の方が良いなんて分かりっこない」

「なったことあるわ、二人。お姉ちゃんが居たの。世間一般の言う優しいお姉ちゃんってわけではなかったけれど、それなりにいい関係だったわ。でも狂っちゃった」

てへ、とでも言うように舌を出した。しかし、それとは裏腹に水の顔が黒く———-何種類かの絵具を混ぜたような黒ではなく光さえ吸い込むような黒———-に染まっていることを見逃さなかった。

(狂ったって、、何が?)

僕はそう思ったけど何も言えなくなった。

と同時に学校でいじめられて瘤が出来たぐらいで自殺しようとした自分が情けなくなった。

それぐらい僕が痣と共に消極的に自慢していた『不幸者』の看板と、自負していた『悲劇のヒーロー』という劇薬は崩れ去った。

と同時に、僕が自殺しようとしたのは、彼女のように天眼による判断ではなく、ただ単に「自殺」という言葉の放つ神秘性に惑溺しただけであることを悟った。

(どうせ彼女がいなくても僕は自殺できなかったろうな)

「私ってバカ?」

「馬鹿だね」

「お姉ちゃんも私が馬鹿だって言ってたわ。お前は物事を相対的に見ずに自分の置かれている状況を絶対として固定するって。状況が悪くなったらそれをまた0にする。そうすれば絶対にマイナスの状況にはならない。なり得ない」

「なるほどね」

僕はそうとしか言えなくなった。

「つまり、今の君にとって家族のいない状況が0」

「そうね。あなたと出会った状況が0」

今はね、と水は付け足した。

ふと、突然僕が死んだらプラスに振れるのかマイナスに振れるのか、聞いてみたくなった。でもすぐにやめた。

しばらくの清閑の後、

「私寝るわ」

とさっさと眠ってしまった。寝顔を見た。

(やっぱり、星は綺麗だ)

寝顔を見るや否や僕は目を背けた。やがて僕も寝た。

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