盛りの花
「おい、こんな時間に一体どうしたんだい」
草木も眠る丑三つ時、14歳の弘が泣きながら訪ねてきた。蔭間である。
「桐さんが俺を捨てたんだい!」
桐さん、懐かしい響きだ。
「桐さんが‥桐さんが‥」
弘は大粒の涙を流しながら突っ立っている。
(ついにこの時が来たか‥)
蔭間には物理的限界がある。時間である。女子らしい柔らかい肌や美しい顔がよしとされた蔭間、しかしそれが成長するにつれて声は低くなり、髭が生え、背が伸びる。己の意思に依らずに勝手に進行するそれを俺だって五年前はどれだけ憎んだことか。
「とりあえず中に入れ。寒いだろ」
弘は泣きながら部屋に入り、座った。
「今日、何があったんだ。話してみろ」
弘はしゃくりあげながら言葉にもならない言葉を話してくれた。
要約するとこうらしい、
夜、いつも弘を指名する桐さんが来店し、当然、今日もそうだと思って待っていたところ、いつまで経っても呼ばれずやがて我慢できなくなり障子を少し開けて見てみるとちょうど帰っていくところだったらしい。
「桐さん、嬉しそうな顔してた。海に『またくるね』って‥」
海とは十歳の蔭間である。
弘はまたわんわん泣き出した。
俺は五年前を思い出した。
桐さんが来るのは平均して週に二度、雨が嫌いなので天気が悪いときはめったに来ず、仕事が長引いた日によく来てくれた。今日も仕事をやり切ったとさわやかな顔で毎回俺のことを指名した。
が、ある日、桐さんは僕に見向きもしなくなった。時々、どこか街中で会ってもまるで化物を見るような目で見てくるようになった。代わりに寵愛されたのは今は目の前で泣いている弘だった。その時は憎かった。殺してやりたいと思った。
(潮が満ち引いていくようなものだ)
俺は大粒の涙を流して泣く彼を五年前の自分に重ねていた。憐憫の意を覚えた。
「懐かしい涙だ」
不意に、彼に大人の服を着せてみようと思った。五年前に買ったものなら今の彼にちょうど良いだろう。
「これを着てごらん」
箪笥の奥から引っ張り出した白い服を差し出した。
「嫌だ」
と弘は言った。
「こんなものを着なくたって‥」
それ以上に言葉は続かなかった。彼がまたわんわんと泣き出した。
俺も泣きたくなった。と同時に泣き声が不快なものとして耳に認識され出した。その艶のある髪も、幼い泣き声も、異物のような出っ張りもない喉も、しかもそれで泣いている弘もが疎ましくなった。
なぜだろう?
不意に弘が俺に接吻をした。
その瞬間、先ほどの負の感情がまるで風に飛ぶ雑草のように、海の前の砂一粒のように消え去った。
接吻の終わった後、彼はよく分からないような顔をしていた。
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