第三章

【母親二人 01】

「ちょっと! うちの子に何してるの!?」

 ロッゲンの腕を掴んだ恋唯を怒鳴ったのは、女性の声だった。

 そちらを振り向くと、豊かな金髪を揺らして走ってくる女性の姿がある。

「お母様!」

「あっ、お母さん!?」

 母だと叫んだのはロッゲンとリリーの二人だった。

 金髪の女性に少し遅れて、こげ茶色の短い髪の女性も広場に向かって走って来ている。

「ロッゲンさんのお母さんと、リリーさんのお母さんでしょうか……?」

「仲が悪いって話じゃなかったですか? 何で一緒に?」

 恋唯と若子が不思議そうに言葉を交わす。恋唯が腕を離すと、ロッゲンは母親の元へと駆けていった。

「お母様っ!」

「ロッゲン、一人で何をしているの!?」

「リリー、ただいま」

「お帰りなさい、お母さん!」

 リリーの母親が遅かったのは、大きな荷物を背負っていたからだった。

 ゲマフトという集会に参加していたそうなので、それに必要だった荷物だろう。

 リリーの母親は見るからに知的で落ち着いた女性だったが、ロッゲンの母親はどこか少女めいた女性だった。子どもがいることを良くも悪くも感じさせないような、危なっかしさがある。

「だから、別に迎えに来なくてもいいって言ったのに」

「だっ、誰が貴方を迎えになんて行くものですか! 勘違いしないでよねっ! あたくしはたまたま、買い物途中にゲマフト帰りの貴方と鉢合わせしただけよ!」

 母親同士の会話に、恋唯と若子が首を傾げた。この二人は本当に、仲が悪いのだろうか。

「貴方たちは……?」

 リリーの母親に目線を向けられ、恋唯と若子は姿勢を正した。

「初めまして。ハンスさんからの紹介で、現在診療所でお世話になっている者です。リリーさんとカミルさんにも、仲良くして頂いています」

「ああ、貴方たちが……。初めまして。リリーの母のアリッサです。神官様から、話は聞いています」

 至近距離で見ると、アリッサはリリーよりも濃い色の、緑の瞳をしていた。

「神官様から……ですか?」

「ええ、ゲマフトで。詳しい話は戻ってからにしましょう。ロッゲンくん、リリーと遊んでくれたの?」

「あっ、そうよ! そこのあんた、うちの子の腕、掴んでいたでしょう! どういうつもり?」

「ええと……」

 リリーは母親に知られたくないのではと思い、恋唯はちらりとリリーの表情を窺う。

 しかしリリーは毅然とした表情で、ロッゲンに向き合っていた。

「リリー、ロッゲンのこと嫌い!」

「はあっ!?」

 面と向かって言い切られ、ドミニクが仰天している。

「リリーに嫌なこと言わないでって、嫌なことしないでって、ちゃんと言ってるのに、むしろしつこくなるし、意味分かんない!」

「なっ……」

「リリー、何をされたの?」

 母親が心配そうに我が子の顔を覗き込んでいる。

 リリーは興奮状態のまま、石を投げられたことや、母親はもう帰ってこないと言われたことを伝えている。

「ああ、それはね! リリーちゃん、ロッゲンはリリーちゃんのことが好きなのよ!」

「おっ、お母様!?」

 場の緊迫感に似合わない明るさで暴露したのは、ロッゲンの母だった。ロッゲンがあからさまに狼狽えている。

「意地悪なことをしたり、言ったりしちゃうのは、好きの裏返しっていうか……素直になれないだけなのよ。うちの子、あたくしに似て、不器用なところがありますもの。でも、そこが可愛いでしょ? ごめんなさいね。でも好かれてると思えば、悪い気はしないものでしょう」

「えっ……?」

 ロッゲンの母親の言い分に、今度はリリーが狼狽える番だった。

 恋唯は言い返そうか迷ったが、それよりも先に口を開いた人物がいた。

「勝手なことを言わないでよ」

 怯える娘に代わってはっきりと異を唱えたのは、母親のアリッサだ。

「あのね、イルザ。だから私は貴方のこと、ずっと嫌いなのよ」

「……は?」

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