【母親二人 02】
今度はロッゲンの母親、イルザがアリッサから面と向かって嫌いだと断言され、絶句した。
恋唯は状況の推移を見守っていたが、若子は大人の喧嘩が勃発した気配に明らかに怯えている。
「女学校時代から顔を合せれば嫌味なことを言ってくるし、人が一生懸命作った薬草の研究結果を盗んで破こうとしたこともあったわよね? 私ずっと貴方のことが嫌いだわ。そんな真似をしてきた相手のこと、好きなるわけないじゃない」
「なっ、なっ……」
冷静なままのアリッサに対して、ロッゲンの母親は分かりやすく赤面した。
彼女が握り締めた拳を震わせている間も、アリッサは次々と厳しい言葉を突きつける。
「貴方が私に好意があるのは知ってる。今日だって迎えに来たし……。ゲマフトの内容がどうなるか分からなかったから、帰る日は家族にも伝えてなかったのに、貴方、毎日街道まで様子を見に来てたってことでしょう?」
「そっ、そんなわけないでしょう!?」
どうやら図星だったようだ。
「女学校時代も何度かこちらからも声をかけたけど、貴方は頑として態度を変えようとはしなかったわよね。そのくせ、私が暮らすことになったこのヒメカの街に嫁いでくるし……正直、ぞっとしたわよ。大人になってまで、また貴方の意味が分からない言動に振り回されなくちゃいけないのかって」
「だっ、な……! だってそれは、貴方があたくしを、ただの友人の一人にしようとしたからよ!」
えっ、と若子が小さな声を漏らした。母親二人は、言い合いを続けている。
「あたくしを誰だと思ってるのよ!? あたくしは貴方よりも、何もかもが上なの! ずっと昔から、あたくしのほうが偉いの! だから貴方は、あたくしをただ一人の特別にしなくちゃいけないのよ!」
「その思考が一番、意味分かんないのよね……」
アリッサが呆れたように前髪をかき上げた。
その姿はどこか中性的な格好良さがあり、ただ会話を聞いているだけだった若子でさえ、少しだけドキリとする。
アリッサの仕草はどこか舞台役者のようで、目線が惹きつけられてしまうのだ。
「ロッゲンくん、後悔したくないのなら、好きな子には優しくしなさい。気を引く為に傷つけようとするなんて論外よ。……リリーは植物が好きな優しい子よ。今までのことを真剣に謝りたくなったら、お花でも持ってくるといいわ」
「は、花……?」
ロッゲンが狼狽えながら、自分の母親とアリッサを交互に見比べている。
「聞かなくていい、そんなこと! 何がお花よ! あたくしは植物なんて好きじゃない!」
「仮にもブドウ畑の持ち主の妻が、なんてことを言うのよ」
「都合が良かったから結婚しただけよ! でなくちゃ、なんであんな年寄りと……っ」
言いかけて、イルザは口を閉ざした。息子の前で冷えた夫婦関係を暴露する愚かさに、口にしてしまってから気付いたようだった。
「ねえ、イルザ……」
哀れむような眼差しで、アリッサが彼女に呼びかける。
「自分と同じ過ちを、息子にまで経験させるつもり? 私たちはもう無理だろうけど、子どもたちはこれから変わっていけるんじゃないかしら。ちゃんとした愛し方を、子どもには学ばせなさいよ」
「し、しらない……ちゃんとした、愛し方なんて……っ!」
イルザは息子の腕を強引に掴むと、無理矢理引きずるように広場を出て行った。
母親の登場ですっかり大人しくなっていたロッゲンは、一度だけリリーを振り返ったが、何も言わずに母親に従った。
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