【ヒメカの街 03】

 太陽であり 月である 御方

 朝であり 夜である 御方

 これからも我等を許し 守り 導いて下さいますように


「これで終わり!」

「ありがとうございます。帰ったら若子さんにも教えてあげないと」

「うん……あっ」

 祈りを終えて銅像に背を向けたリリーが、何かに気付いたように立ち止まった。

 今まではしゃいでいたリリーが突然表情を曇らせたので、恋唯が驚いて視線の先を追う。

 そこに立っていたのは、リリーよりも少し背の高い男の子だった。

 ふわふわとした金色の髪に赤い目。天使のように愛らしいが、目つきはやや鋭いように感じる。

「お友だちですか?」

「……ううん」

 小さく囁くように否定されて、恋唯は再度驚く。男の子はそれ以上二人には近寄らずに、ただ声を張り上げた。

「そいつ、誰だよ!」

 私のことだろうなと、恋唯は小さな子ども二人を交互に見る。自己紹介した方がいいのだろうか。

「お父さんの患者さん。……ロッゲンには関係ないでしょ!」

 しかし恋唯が口を開くより先に、リリーが答えた。初めて聞く喧嘩腰の口調だ。

「何だよ、そいつが次の母親か!? あの医者のジジイ、女に手を出すのが早いってお母様が言ってたぞ~!」

「お、お父さんはそんな人じゃないもん! それに、お母さんはゲマフトに行ってるだけ! もうすぐ帰ってくるの!」

「次の母親……?」

「あっ、あのね、コイお姉ちゃん。ロッゲンの言うことなんて、聞かなくても……きゃっ!?」

「えっ?」

 すぐ近くで何かがぶつかるような音がして、恋唯は反射的に肩をすくめた。

 原因を探してみると、子どもの拳ほどの大きさの石が足元に転がっている。

「!? あぶな……」

 また石が飛んできた。ちょうど恋唯とリリーの間を狙うように、地面にガッとぶつかって跳ねていく。

「痛い……!」

「リリーさん!」

 咄嗟にリリーを抱きかかえて庇ったのだが、すでにどこかを怪我してしまったようだ。

「泣き虫リリー! オレの言うこと聞かないって、どういうつもりだよ!」

「い、いた……」

「どこを怪我しました? 見せて下さい」

 どうやらロッゲンが投げた石が足元の小石を弾き、それがリリーの膝にあたってしまったらしい。

「お前、そんなだから捨てられるんだよ! 母親戻って来ないんじゃねえの!」

「ちがうもん……ゲマフトに……行ってるだけで……お母さんは、ゆうしゅう、だから……」

「リリーさん……」

 ぐずぐずと泣き始めたリリーが痛ましくて、恋唯は再度抱き締めた。

「……何ですか、あの子は?」

 リリーを抱きかかえたまま、恋唯は思わず低い声を出してしまう。

 ロッゲンが仕立ての良い服を着ているのが遠目にも分かる。恐らくお金持ちの家の子どもなのだろう。

 しかし言葉遣いは荒々しく、おまけに暴力的だ。ああいう子どもがそのまま大きくなると、イストのような下劣な男になるのだろうと、容易に想像がついてしまう。

「ま、まって!」

 険しい表情で立ち上がった恋唯に不穏なものを感じ取ったのか、リリーが慌ててワンピースの裾を引っ張る。

「相手にしなくていい! はやく帰ろ!」

「ですが……」

「リリー、大人だもん! あんなの、相手にしない!」

「なんだと!?」

 ロッゲンが怒って何かをまくし立てている。

 噴水の前での騒ぎに気付いた街の人たちも遠巻きに見守っていたが、誰も仲裁に入るつもりはないようだ。

 恋唯と目が合うと気まずげに視線を逸らし、その場から立ち去ってしまう。

 ロッゲンの言動にも街の人々にも恋唯は怒りを覚えたが、リリーに手を引かれたので、仕方なく広場を出ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る