【ヒメカの街 02】

「血の繋がりはありませんが、大切な人ですよ。故郷が同じなので」

「ふーん、そうなんだ……」

 ヒメカの街は山に囲まれた狭い谷間にあり、そこに流れる川に沿う形で発展してきた。

 暖かい空気が流れ込むので、冬でもあまり寒くないのだとリリーが教えてくれる。山の斜面がブドウ畑になっており、この街の土壌や乾いた風が栽培に適しているようだった。

「川に沿ってずっと歩くと森があって、キレイなお花がいっぱい咲いてるの。でも子どもだけで行ったらダメって言われてるから、あんまり行けない」

「迷子になるからですか?」

「リリーはならないよ! 詳しいもん! ……でも、森の奥の洞窟にアッフェが住み着いてるんだって。何年か前にブドウ畑を荒らしに来たことがあって、王子様が退治してくれたの。でもまだ隠れてるかもしれないから、子どもだけじゃダメって」

「そういうことなら仕方ありませんね。もしアルバン先生の時間があれば……あの、先ほどからお店にいっぱい像が飾られていますけど、あれはなんでしょうか?」

 話しながら大通りを歩いていると、木の像を置いている店が多いことに気がついた。

 人間の胴体に、太陽を模した頭部がついているものと、月を模した頭部がついているもので分かれている。

「あれはエダ様の像だよ。『永い黄昏』のこと、コイお姉ちゃん知らない?」

「すみません、学びが足りず。教えて頂けますか?」

「いいよ! すっごく昔に隕石がたくさん降って来て、空からお星様が消えたり、地形が変わっちゃったり、疫病が流行ったりして大変だったことがあるんだって。そのときにエダ様の像を持っていると助かるって、教えてくれた神官様がいたの。本当は自分で彫るのが一番いいけど、器用な人ばかりじゃないから、神官様から許可を取って、お店で売る人が現れたんだって。ヒメカの街の名前は、その時の神官様の名前なの!」

「なるほど、そういう街の歴史があるのですね。頭が太陽のものと、月のものがありますが、どちらがエダ様の像でしょうか?」

「どっちも! あ、待って! お祈りしなくちゃ!」

「お祈り?」

 リリーが立ち止まったのは、広場の真ん中にある噴水の前だった。

 噴水の中央には大きな銅像が立っており、その頭部は太陽と月が合わさった、奇妙なかたちをしている。

「これはね、エダ様の本像だよ! この形の像は、一般の人は作っちゃダメなの」

「なるほど、三パターンあるわけですか?」

 神々しいというよりは、どこか恐ろしさを感じる異形の像だ。

 この世界、フェードゥンの国の人たちにとっては当たり前の神の姿なのだろうが、恋唯は違和感を覚える。

 読み書きの勉強ばかりではなく、この国の宗教についても学んだ方がいいのかもしれない。

「ここを通るときは、みんなお祈りするの。リリーが教えてあげるね!」

「お願いします。ちなみに、お祈りをせずに通り過ぎてしまうと、何か罰則のようなものがあるのでしょうか?」

「別に無いけど……。噴水の向こうに、お花屋さんがあるでしょ?」

「ああ、はい?」

 リリーの視線を追うと、小さな花屋が見えた。店の前には椅子に座る老婆がいる。

「あそこのおばあさんが、いつも見張ってるんだって。お祈りしなかった人がいると、街中に言いふらすんだって!」

「どこにでもいるんですね、そういう人」

 恋唯はむしろ感心してしまう。どうしてそこまで、他人の動向に興味を持つことが出来るのだろう。

「じゃあ、リリーがお祈りの言葉、教えてあげるね。コイお姉ちゃんは、続けて言ってね」

「はい、お願いします」

 リリーが小さな手を胸元にあてたので、恋唯もそれに倣った。

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