【守ってあげたい 03】

 部屋にあった服から二人が着用出来そうなブラウスやワンピースを拝借して階段を下りると、男性が食事を用意してくれていた。

 固い黒パンに、野菜と干し肉が浮いたスープだ。久しぶりに温かいものを胃の中に入れることが出来て若子はホッとしたが、パンは恋唯に貰った食パンのほうが美味しかったと感じてしまう。

 そう言えば、恋唯はあのパンをどこで手に入れたのだろうか。

「ああ、悪いな。パンが固かったか。少し炙ろう」

「え、いえ、そんな」

 顔に出てしまっていただろうかと若子が慌てると、ハンスは空いている方の手から、蝋燭ほどの火を出した。

「えっ!?」

「これは俺の先天スキルでな。小さな炎を出す程度だが、夜に出歩く際の灯りや、料理の役くらいには立つ」

「先天スキル……というと、生まれつき持っているスキルということですか? 私が召喚されたときは、王様と神官の方々が、付与スキルがどうこうと言っていましたけど」

 火に炙られて温かくなったパンを受け取って、恋唯が尋ねる。

「ああ……。全員じゃ無いが、この世界では生まれつきスキルを持っている者がいる。といっても俺みたいに、少しだけ火が出せたり、水が出せたりする程度が多いけどな」

「あっ、あたし! 少しだけ水が出せます!」

「異世界から召喚された者にエダが与えるスキルには、強力なものが多いそうだ。同じ炎でも森を一瞬で焼き尽くせたり、同じ水でも洪水を起こせたりする。そういったスキルを付与された者は『アタリ』として、王子のモンスター討伐の一行に加えられてる」

 若子は温かいパンをのせた自分の両手を見た。

 ほんの少しだけ、水が湧き出る小さな手のひらを。

「あんたは?」

「私に付与スキルは無いそうです。ハズレ中のハズレですね」

 ハンスの目線が向けられたので、恋唯は神官に言われたことをそのまま口にした。

「何も無いってのは逆に珍しいな。しかしまあ、この国に召喚されたあんたらには、大変申し訳ないことをしてしまった。俺は若い頃は城の騎士団に務めていたが、王の不評を買って以来、イスト様に仕えることになった。……そちらのお嬢ちゃんには一度会ったことがある」

「そう、なんですね。あたし、あんまり覚えてなくて……」

 ハンスは銀髪に青い目の、彫りの深い顔立ちをしていた。

 すでに初老に差し掛かった年齢のようだが、体つきもがっしりとしているのは、今でも鍛えているからだろうか。

「イストさんはどうして、あんな真似が許されていたのでしょうか」

 食事を終えた恋唯が尋ねる。ハンスはこめかみを指で押さえ、苦悩の表情を浮かべた。

「イスト様は……王の異母弟なんだ」

「ああ……そう言えば、そんなことを言っていたような気がします」

 イストと交わした数少ないやりとりを思い返して、恋唯がやや納得する。

 フェードゥンは王族の権威が相当強い国なのだろう。

「イスト様は、若い頃から残忍な性格をされていた。城の庭に住み着いた小動物をいたぶって殺すことから始まり、イスト様付きの侍女になったものはみな暴力を振るわれていたから、次々辞めるか、姿を消していってな。王は年を取っても残虐性を抑えられない異母弟を持て余し、ハズレ異世界人の世話役という任を与え、城の地下を好きに使わせることにしたんだ。お陰で、城内は平和になった」

「な、なんですかそれ!?」

 若子が思わず大きな声を上げる。

「そんな人のために……あたしたちを、犠牲にしてたって言うんですか……っ!?」

「ああ、そうだ。本当にすまなかった」

 頭を下げるハンスに、若子は悔しさで涙を浮かべた。この人に怒ったところで、どうにもならないことなのだろう。

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