【八村 若子には居場所がない 02】

 若子は慌てて自分のアカウントからDMを送った。

 いかに自分が彼女に憧れているのか、今とても辛くて苦しくて、変わりたいと願っているかを綴り、彼女からの返信を待った。

 まりあ姫は気さくにDMを送り返してくれて、若子の辛い境遇に同情してくれた。

 若子は嬉しくなって、求められるままに学校の生徒手帳や、顔や全身、下着姿の写真も送った。

 それから数日後にはまりあ姫が会ってくれることになり、若子は精一杯身だしなみを整えて待ち合わせ場所に向かったが、彼女がその場に現れることはなかった。

 若子に声をかけてきたのは見知らぬ男性たちで、彼らは若子がまりあ姫に送った下着姿の写真をチラつかせながら、若子をワゴン車へと乗り込ませた。

 それからは、あっという間の転落だった。

 ここが底だと思っていたのに、まだ底はあったのだ。



 処女の喪失はあっという間だった。痛かったことしか覚えていない。

 あまりにも若子が泣きじゃくるので、客が引くからといってお腹を殴られて、笑ってピースすることを強要された。動画も写真もたくさん撮られて、もう若子は彼らに従うしかなくなった。

 家にも学校にもすでに居場所なんて無い筈なのに、それでも実名でネットにばらまくと言われたら怖かった。

 それからも何度も呼び出されて、若子は客を取らされることになった。

 しかし恐ろしいことに、若子を嵌めた男たちは、回数を重ねるごとに若子に優しく接するようになったのだ。

「若子ちゃんが名前の通り、若くて可愛いから予約がいっぱい入ってるんだよ」

「若子ちゃんみたいなスレンダーな体型の女の子って、結構モテるんだよ。知らなかった?」

「今日は頑張ってくれたから、これはご褒美」

「ほらこれ、まりあちゃんとお揃いのやつ」

 ご褒美と称して渡されたブランドもののバッグや服、コスメのセットは、確かにまりあ姫がよく使っているものだった。時にはお札が入った分厚い封筒を手渡されることもあった。

 そこで若子はようやく、まりあ姫の境遇について思い至ったのだ。彼女もきっと、同じ目に遭っているに違いないと。

 ひょっとしたら、あの呼びかけるような言葉は、彼女のSOSだったのかもしれない。

 彼女は誰かに助けを求めていたのに、若子はそれに気付いてあげられなかったのだ。

 男たちに呼び出されるごとに、高校生が普通のバイトでは到底買えないようなものが、若子の手元には増えていった。

 これを身につけたり、映り込むような写真を撮ってSNSに上げたら、どれだけ注目を浴びるだろう。クラスで若子を仲間外れにして笑っているあの子たちだって、これだけのものを手にしたことはないだろう。

 だんだん感覚が麻痺してくるのが自分でも分かる。

 体と引き換えに対価を得るのが当たり前のような、男相手に媚びを売るのが一番楽して稼げる方法だと錯覚してしまうような、この感覚。

 若子がSNSに写真を上げることはなかったが、家族にも学校の誰かにも、自分が陥っている状況の話は最後まで出来なかった。

 ただ早くまりあ姫に会いたかった。会って目を覚ましたかったのだ。

 これは間違ってるよと言ってほしかった。

 彼女に自分の愚かさを許されたかった。そして正しい方向へと導いてほしい。


 けれど、その願いは叶わなかった。

 彼女と出会う前に、若子は異世界に召喚されたのだ。

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