【八村 若子には居場所がない 01】

 どうして、あたしはいつもこうなんだろう。

 イストという名の支配者に鞭で叩かれたお尻を撫でながら、若子は惨めに泣いていた。

 思えばずっと昔からそうだった。物心ついたときには母はすでに家を出ていて、父と二人で慎ましく暮らしていたのに、父が再婚相手を連れてきてから、全てがおかしくなってしまった。

 父は後妻が妊娠すると、産まれてきたその子どもだけを可愛がるようになったのだ。

 慣れ親しんだ家も手狭だからと引っ越すことになり、それから八村家の生活は、異母妹を中心に回ることになった。


 新しい家での食事は、いつも若子だけが別だった。

 リビングのテーブルに何故か若子の席はなくて、父と後妻と、腹違いの妹が楽しそうに食事する光景が、今でもすぐに思い出せる。


 若子から理不尽に奪われてしまったもの。

 無慈悲に与えられなかったもの。

 どうしても欲しくて欲しくて、仕方がなかったもの。


 学校でも散々だった。引っ越しで仲の良い友だちとも引き離されて、転校した先の小学校で、若子は上手く馴染めなかったのだ。

 家庭内でいらない子扱いされている空気を同級生たちも敏感に感じ取っていたのか、どの学年でも「こいつには何をしてもいい、何を言ってもいい」という枠が、常に若子の為に用意されていた。

 給食の時間もいつも一人。

 周りが机をくっつけて、流行っている動画の話題で盛り上がる中、若子の席だけはぽつんと離れていた。

 家にも学校にも、若子の居場所なんてなかったのだ。

 高校生になって父に懇願してようやく手に入れた携帯電話は妹のお下がりの旧型で、それでもSNSを見るだけなら充分だった。

 SNSには華やかな世界が広がっていた。とりわけ若子が夢中になったのは、整形して美しさを手に入れた、自分のことが好きになれたと公言している、インフルエンサーの「まりあ姫」だ。

 彼女は若子と同い年くらいの筈なのに、いつもブランドものを身に纏い、整形手術の経過を赤裸々に語ったり、誰かと豪華な食事をしている写真をよくアップしていた。


 あたしもこうなりたい。豪華じゃなくてもいいから、誰かと一緒にご飯を食べたい。

 顔を変えて、全てを変えて、自分のことを好きになりたい。

 お金を手に入れて美しくなれば、誰かがあたしのことを好きになってくれるかもしれない。

 ひょっとしたら、誰かが愛してくれるかも。

 そう思い始めた矢先に、まりあ姫は万札を広げている写真をアップした。


「知り合いの社長さんと食事するだけで、これだけ貰えるよ。興味のある女の子はDMしてね」

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