【次は誰かな 03】

 わずかな光を頼りに地下道を歩く中、二人はずっと手を繋いでいた。

 若子は自分の手が汚いからと遠慮したのだが、視界が悪い上に若子は裸足で危ない為、お互いの安全を確認し合う必要があると恋唯が説得したのだった。

「外の匂いがしてきましたね。空気の流れを感じるというか」

「はい、外に出られると、いいですけど……」

 震える足で歩く若子に合わせて、ゆっくりと少しずつ先に進む。

 若子は時折誰か追ってくるのではないかと、小さな物音にも怯えて、後ろを振り返っていた。

「大丈夫ですよ」

 出会ったばかりだが、若子がすでに身も心もボロボロなのは伝わってくる。恋唯は励ますように、何度も繰り返した。

「大丈夫です。ゆっくり行きましょう」

 手を繋いだまま、若子が何度も頷いた。

 恋唯の手に縋り付くように、両手で握り返して。


「……森ですね?」

「森、ですね……」

 暗い地下道を抜けた先に広がっていたのは、鬱蒼とした森だった。満月だけが煌々と輝いている。

「お月様は私たちの世界と同じなんですね」

 恋唯が笑いかけると、若子もやっと緊張が解けたように笑う。

「ここからどうしましょうか……」

「そうですね。若子さん、少しの間ここで待っていてもらえますか?」

「えっ!?」

 若子が思わず手をギュッと握った。その反応に恋唯も驚く。

「視界も悪いですし、夜の森を無闇に歩き回ると、二人で迷子ならないか心配で。だから私一人で、少しだけその辺を見てきます。幸いものすごく寒いわけではありませんし、他に移動出来そうな場所がなければ、ここで交代しながら寝て、朝を待った方がいいかと」

「い、嫌です! 二人で行って、何もなかったら戻ってこればいいじゃないですか!」

「でも若子さん、裸足ですし」

 恋唯の視線が足元に落とされて、若子は恥ずかしさで足の指をもじもじさせた。

 手も足も、皮膚も爪まで荒れていて、見ているだけで自分が惨めになってしまう。

「裸足のまま、森まで歩かせるわけには……。怪我しちゃうかもしれませんし、今も足が冷たいでしょう?」

「は、はい。でも」

「まだ私のほうが歩けますよ。何か見つけても、見つけられなくても、必ず戻って来ますから、若子さんはここで待っていて下さい」

「え、でも。でもぉ~…………」

 このまま置いていかれるんじゃないかという恐怖に、若子が泣き始める。

 しかし、自分の頬を伝う涙の感触にハッとして、目を開けた。

「あっ、これ……これ、見て下さい!」

「え?」

 若子は縋り付いていた恋唯の手を急に離すと、自分の手のひらを見せてきた。

 恋唯がきょとんとしながら見つめていると、若子の手のひらからじんわりと水滴が浮き出して、ポタポタと地面に落ちていく。

「……汗ですか?」

「ち、違います! 水なんです、これ!」

「お水?」

「あたしのスキル、水が出せるんです! って言っても、ちょっとした回復能力があるだけで、攻撃に使えるわけでもないし、強力な回復スキル持ちはもう王子の仲間にいるから要らないって、ハズレスキル認定されたんですけど……」

 若子が必死にまくし立てる。

「でも、飲み水にはなります! 顔洗ったりとかも出来ます! あたし、このスキルであの地下室での生活、生き延びたようなものなので!」

 涙が頬を伝い、手のひらや腕には、スキルで出した水が伝って落ちていく。

 若子は出会ったばかりの人間に、なりふり構わず縋った。この人だけが、ようやく見つけた希望なのだ。

「ここ数日は食事もまともに貰えなかったから、何も出なくなっちゃったんですけど、さっきパン貰ったから、少し回復したみたいで。だから、だから……」

 両手も顔も水浸しのぐしゃぐしゃにして、若子が絞り出すような声で言う。


「置いていかないで……」

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