第10話 亡霊

 5回表の埼京ランサーズの攻撃が終わった時点で球場全体がざわめきはじめた。


「これはひょっとしたら、ひょっとするかも……」

「ありえるんじゃないか」

「いやいや、そう簡単にはいかないって」


 記者席に陣取る同業他社の記者たちも、興奮と期待を隠せない口調で語り合っている。

 先発の桜木は5回表が終わっても一人の走者も出していない。前回と同じく被安打0、フォアボール0のパーフェクトピッチングをつづけている。


「やはり、神尾さんも興奮してるんですね。さっきからそわそわしっぱなしですよ」


 傍らでネット裏カメラマンの丸山がいった。

 だが、涼子が落ち着かない理由は他にある。


——5回の裏が終わったらトレーナー室にこい。おまえが知りたいことを教えてやる。


 ……と、高鳥はいった。

 果たして、のこのことたずねていっていいものか、涼子は判断に迷っているのだ。

 トレーナー室には当然、トレーナーがいるので、前回のホテルでの一夜のような展開にはならないだろう。

 問題はそこではなく、まだ秘密解明の端緒についたばかりの段階で高鳥に答えをもらっていいのかという悩みだ。


 どう考えても魔球の秘密を簡単に明かしてくれるとは思えない。それは野球選手生命の死活に関わってくる。

 だとするのならば、涼子をトレーナー室に呼ぶ理由はなにか?

 ニセ情報を吹き込んで混乱に陥れることも考えられる。


 ……などとあれこれ考えこんでいるうちに、千葉マリナーズの攻撃が終わってしまった。

 5回裏が終了。グラウンドキーパーが出てきて整地をはじめている。

 涼子はノートパソコンをパタンと閉じると、決然と立ちあがった。ここはいくっきゃない。ニセ情報だろうがほら話だろうが、話を引き出さなければこの先の進展はないのだ。


「ちょっと、ここお願い」


「え? ど、どこいくんですか?」


 丸山の問いにはこたえず、涼子は記者席から通路へ降り、トレーナー室へと向かっていった。




 トレーナー室の前まできた。

 コンコンとノックする。


「開いている。入れ」


 高鳥の声だ。涼子はそうっとドアを開け、なかをうかがうように部屋に入った。

 高鳥は腰にバスタオルを巻いただけの上半身裸の姿でベッドに腰かけている。


「こ…こんなところで取材に協力してくれるんですか?」


 辺りを見回しても他にひとはいない。トレーナーやスタッフはどこにいったのだろう?


「おれがなにをみているか知りたいのだろう?」


「はい。教えてください」


「おれがみているのは……」


 ひとつ間をおくと高鳥はゆったりとした口調でいった。


亡霊ファントムだ」


「亡霊……? ふっ、ふざけないでください!!」


 涼子は座りかけた椅子を蹴倒すような勢いで立ちあがった。

 やっぱりだ。こちらを混乱に陥れようとデタラメな話を振ってけむに巻こうとしている。


「ウソだと思うか?」


 高鳥が落ち着いた声音でいう。


「当たり前じゃないですか! オカルト与太話でごまかそうとするなんてサイテーです。どうせつくならもっとマシなウソをついてください!」


「……ウソじゃない」


「じゃあ、それを証明してください」


 すると、高鳥は涼子に向かって手を差し伸べた。


「な…なにを……?」


 涼子には高鳥の意図がわからない。


「こい。おまえにもみせてやる」


 ぐい、と手首をつかまれ引き寄せられた。


「いや、やめて!」


 これは札幌での一夜の再現か、涼子はまたもや高鳥に抱かれようとしている。


「ひ、卑怯です! だ、だれかッ!」


「叫んでも無駄だ。トレーナーには入ってこないようにいってある」


 スカートをたくしあげられ、パンティーを脱がされた。

 高鳥は腰のバスタオルをむしり取り、涼子のひざを抱える。

 涼子の内部にそれはいきなり入ってきた。

 

「あぐっ!…うぐ……」


 口もキスでふさがれた。

 もう、声を出すこともできない。


——受け入れろ。受け入れればみえてくる。


 頭のなかで高鳥の声がした。


——なにがみえるの?


——おまえが知りたかったものだ。


——本当にみえるの?


——信じろ。ひらけ。


 涼子はひらいた。

 そして……受け入れた。




   第11話につづく















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