第11話 切札登場!!

 記者席にもどってきた涼子をみて丸山がいった。


「あれ? 顔が赤いですよ。どうしたんですか?」


「ちょっとね」


「まあ、無理もないですよ。あと3人、あと3人で大記録ですからね」


 職業意識など、どこかに吹っ飛んだような口調と面持ちで丸山はカメラを構えている。

 8回裏、マリナーズの主軸が先制のソロホームランを打つと、球場のボルテージは最高潮に達し、だれもが世紀の大記録を期待して桜木にエールを送っている。


 その桜木がゆったりとした歩調で9回表のマウンドに登ってきた。球場全体がどよめく。万雷の拍手と大歓声が桜木をつつむ。

 二試合連続完全試合達成という前人未踏の領域に若干20歳の若武者は踏み込もうとしている。


「悔しいけど、画になるなあ」


 夢中でシャッターを切りながら丸山がつぶやく。

 桜木陽気。身長190センチ。体重85キロ。右投右打。

 どことなくイチローに似た細マッチョな体型で、その長身から投げ下ろす角度のついたストレートにバッターは為すすべもなくねじ伏せられてしまう。

 160キロのストレートに150キロ台のフォークとスライダーが武器に加わっている。まさしく鬼に金棒だ。

 この9回表に入っても桜木の球威はいささかも衰えず、ついにツーアウト。あと一人というところまできた。


 涼子は三塁側ベンチをみた。舞台は整った。当然、あの選手が出てくる。レコードストッパー、もしくはドリームクラッシャーと呼ばれる代打の切札だ。

 案の定、埼京ランサーズの立木登たちぎ・のぼる監督がでてきて主審に代打を告げた。


『埼京ランサーズ、選手の交代をお知らせいたします。代打倉坂背番号42』


 場内アナウンスがそう告げると、更なるどよめきが巻き起こった。ついに満を持しての登場である。


「やはり出てきたか、レコードストッパー」


 丸山が唸るようにいった。ネクストバッターズサークルに立った倉坂に狙いを絞る。

 これは立木監督にとって当然の采配といえる。

 このままむざむざと、二試合連続完全試合を達成させてしまっては球団にとって不名誉な記録が永遠に残ることになる。

 それだけはなんとしても避けたい。そのための倉坂の起用なのだ。


 涼子は一塁側ベンチをみた。

 ベンチのどこにも高鳥の姿はない。

 スターティングメンバーはもちろんのこと、控えの選手は高鳥を除いて全員総出で集まってきている。

 世紀の大記録達成を祝おうとみな、前傾姿勢を強めている。いまにも飛び出していきそうな雰囲気だ。


 だが、涼子は試合前、高鳥がいったことが気になっていた。


——この試合、やつはまた、仕事をするかもしれない。


 ……ということは、倉坂が打つということか?

 彼の打棒によって記録がまた、達成寸前で砕かれるのか?

 ツーアウト、ランナーなし。

 右バッターボックスに倉坂が向かってゆく。

 試合はまだ、どう転ぶかわからない。

 だからこそ、高鳥は安易にベンチには現れず、ブルペンで出陣の用意をしているのだ。

 彼は、高鳥は自分の出番が必ずくると信じている。

 どんな形で高鳥は登板してくるのか?

 そして、そのときこそ、涼子はみることができるのかもしれない。

 高鳥がみているという亡霊の姿を……。




   第12話につづく






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