第6話 最後の夏
それは14年前の夏——
高鳥たち3年生部員は甲子園出場をかけた最後の夏を迎えていた。
それまで酒南学園は野球強豪校と呼ばれながらも甲子園切符を手にしたことはなかった。毎年ベスト8には進むもののそれより上にはいったことがない。
だが、その年の夏は違った。
エースナンバーの高鳥が快調極まるピッチングを繰り広げ、危なげない試合展開でとんとん拍子にチームを決勝戦にまで引っ張り上げたのである。
この日も高鳥は好調であった。
フォアボールをふたつだすも相手打線をノーヒットに抑えるピッチングで1-0のスコアのまま、ついに9回裏を迎えた。
相手打線の羽黒山工業高校はたちまちツーアウトまで追い込まれた。あと一人抑えれば決勝ノーヒットゲームで甲子園出場という快挙である。
だが……
捕手の原島が後逸した。あと一球と追い込んだところで。
同点の振り逃げのランナーが一塁ベースを踏んだ。
満を持して、というべきか期待を背負って羽黒山の4番・
関係者の話によると、サカガクベンチには不穏な空気が漂いはじめたという。
それというのも、前の打席で倉坂はホームラン性の当たりをファウルスタンドに叩き込んでいるからだ。
原島がサインをだす。
高鳥が首を振る。
サインがなかなか決まらない。
たっぷり1分が経過して、ようやくサインが決まった。
高鳥は投げた。
倉坂がバットを振る。
それは絵に描いたかのような逆転サヨナラツーランとなってサカガク3年生部員の夏を打ち砕いた。
木っ端みじんに……。
「おいが……おいがあのときサインミスさえせねば……クソッ!」
原島はテーブルに突っ伏すと悔し気に卓をたたいた。
やはり、あの後逸はサイン違いだったのか。
涼子はここにくる前、14年前の山形大会のビデオを予習していた。
確かに不自然な後逸だった。
——あと一球で甲子園に出られる!
極度の緊張が原島の判断を狂わせたのだ。
「あの大会で、おいの打率は3割と絶好調やった。甲子園サでていれば、もっどもっど活躍でけたはずだ。
プロからスカウトもきてたかもしんねえ。そしたら田舎の村役場なんかで代り映えのしねえウダツのあがらねえ毎日サおぐってねえかもしんねえが!!」
最後は泣き言を繰り返すだけになった。
「出ましょうか……」
これ以上は愚痴を聞かされるだけで、なにも得るものはないと涼子は判断した。
外に出ると上空にひらひらと白いものが舞っていた。
「雪……?」
「4月に雪サ降ることなげ山形じゃ珍しくないですよ」
やや立ち直った感をみせて原島がいった。
「お見苦しいとこサみせまして」
苦笑まじりに頭をぴょこんと下げる。
「いえ……」
「そんだ、雪といえば高鳥はよく空サ見あげてました」
原島は大事なことを思い出したかのようにいう。
「雪の降る空を…ですか?」
「はい。お互い雪国育ちだから雪なんぞ珍しくもなげなはずですが……あいつは雪の降る空を見あげるのが好きでした」
「どうしてでしょう?」
「一度あいつに訊いてみたことサあります」
「彼はなんと?」
「それはなんとも理解できねえ答えでして……」
「教えてください。彼はなんといったんです?」
原島の袖をつかまんばかりの勢いで涼子は訊いた。
「高鳥にいわせれば雪の
「ッ?!」
見えない稲妻が閃いたかのように涼子は曇天の空を見あげた。
——おれにはオーラがみえるからいいんだと。つまり高鳥投手にはバッターの打ち気があるなしがみえるらしいんです。
ふと、丸山カメラマンの言葉が脳裏に甦る。
高鳥は普通の人間には見えないなにかを感知する能力があるのでは?!
酒田にまできたかいがあった。
涼子はいま、手応えらしきものを感じていた。
第7話につづく
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