第3話 止まるボール
涼子は東京にもどると、会社の撮影部の保管庫からフジヤマカーブの記録映像を漁った。そのなかから、ハイフレームレートで撮影された高速メモリーカードをつかんで純真堂大学の竹内教授を訪ねた。
「はあ? ボールが止まる? なにをいってんだ、おまえ?!」
ちなみに
「いいから、フジヤマカーブのトラッキングをお願いします!」
涼子の鼻息と迫力に押されて竹内は渋々といった表情をつくって取り組んでくれた。彼女は決してできのいい学生ではなかったが、卒業後もこうやってたずねてきてくれるのは内心では嬉しいようだ。
ハイエンドコンピューターのディスプレイに、1秒間を60コマに分割できる記録映像のタイムコードが表示された。
高鳥の手からボールが離れて宙高く舞いあがり、バッターの手元に落ちてくるまでのコンマ以下の秒数が各コマに割り当てられている。60分の一秒なので1コマは0.01666だ。
「あれ?」
竹内がバッターの頭上1メートルほどの空域にさしかかったボールのコマを3点指さした。
「ホントだ! ボールが止まっている!?」
「でしょう!!」
涼子は思わず大声を出した。なにごとかと他の学生が振り向く。
「おおきな声をだすな!」
竹内が周囲を見回して涼子を𠮟りつける。彼がいま取り組んでいる解析は個人的なものなので大学上層部や教授会に知られるとまずいのだ。
「この3コマだけボールが同じ地点にとどまっている」
「現象を分析できますか?」
「この場所は千葉タウンスタジアムだな」
千葉タウンスタジアムはマリナーズのホームグラウンドである。風の強いスタジアムとして有名で、外野にあがったポップフライが強風に押されてスタンドインといった珍事が過去幾度も起こっている。
外野を守るプレイヤーにとってはなんとも厄介な球場として有名だ。
「風以外に考えられますか?」
昨夜見たフジヤマカーブは札幌ドームでの投球だ。密閉した空間での風の影響は考えにくい。
「おまえはなんでボールが止まって見えたんだ?」
竹内が逆に訊いてきた。一般的に人間の目は50fpsまでしか動体の動きを識別できない。この画面のように60fpsで撮影された動画は人間の目にはすべて淀みなく動いているように見える。
「さあ、なんででしょう?」
それまでも各球場でフジヤマカーブは見てきてはいる。しかし、ボールが止まって見えたのは昨夜の札幌ドームがはじめてだった。
「訊いてるのはこっちなんだがな」
白髪頭をかきむしって竹内がいった。彼はまだ50代のはじめぐらいの年齢だが、しわの多さといい、見た目には老けてみえる。
「おれも興味を覚えてきた。論文にして発表したいくらいだ」
「じゃあ、解析をつづけてくれますね」
「ああ、なにかわかったら連絡する」
「お願いします」
内心でガッツポーズをして涼子は大学をあとにした。これで魔球の秘密に迫ることができる。
「高鳥文吾……覚悟しなさい!」
それは復讐心か、それとも他のなにかか? 涼子の胸の内では炎のような感情が渦巻いていた。
第4話につづく
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