全てを奪われた

―――恐怖と絶望で涙が頬を伝う―――



崩れた体勢のまま辛い表情をしている少女が部屋にいる。そうこうしているうちにドアをノックする音が聞こえた。音の主はメイドだった。



『おはようございます。レアハ様、朝食のご用意ができました。ダイニングルームまでお越し下さい。』


『…おはようございます。わかりました。』



僕はティアラをつけてメイドに案内され、ダイニングルームに着いた。既に国王と王妃は座っており、それを数十人のメイドが囲んでいた。



『レアハおはよう。遅かったな。何かあったのか?』



国王が僕に尋ねる。これまでの事を意を決して話すことにした。



『国王、王妃、落ち着いて聞いてください。僕はレアハ王女ではありません。姿はレアハ王女ですが、中身はイテアです。』



メイド達がざわついたが気にせず僕は夜中のことを全て話した。



『ふむ。つまり、都市伝説を確かめたら精霊に会い、目覚めたらレアハになっていたということだな?』



『はい。仰る通りです。』



しかし、国王と王妃は笑い飛ばした。



『わっはっはっは。レアハも面白いジョークを言うようになったな!変身だなんて想像力豊かであるぞ!』


『まぁ!レアハったら、ご冗談を。国外で賞を取れるくらいの演技力ですわ。あなた女優にも向いてますわ。』



2人は腹を抱えて笑っている。悔しいが無理もない。誰もが皆、他人が娘になったなんて話は信じないだろう。



『ほ、本当なのに…』



思わず本音がこぼれる。歯を食いしばって、それ以上は何も言わないことにした。結局、朝食をそのまま食べることにした。あぁ…僕はどうなってしまうのだろう。食事が終わった後、1人のメイドが僕に話しかけてきた。



『失礼します。レアハ様。先ほど、海岸の灯台に向かって歩いていくイテア様とリル様を見かけました。』


『本当か!?ありがとうメイドさん!』



僕は急いで城外へ飛び出して海岸を目指していく。後ろから国王や王妃の制止の声が聞こえたがそんなものは無視だ。それにしても慣れないドレスに女性用のヒール、王女の身体はすごく走りにくい。ドレスを両手で支えながら一目散に走った。何としても僕の身体を元に戻してもらわないと。だが僕の本来の身体を動かしているのは誰なのか。ずっとそれだけを考えていた。海岸へ辿り着くと2人の若い男女がロマンチックなムードでプロポーズしていた。しかも、その声は聞き覚えのある馴染んだ声だ。



『リル、僕と結婚してくれないか。』



男は指輪を出している。その指輪は僕が先日買った物だ。女の方は指輪を見て言う。



『嬉しい。あたしもイテアのこと大好きだよ。愛してる。』


『僕もだよ。』



2人の男女はハグをして唇でキスを交わす。目の前の有り得ない光景に硬直していたが我に返って2人の方へ駆け寄る。間違いない僕の身体だ。



『お、お前たち何してるんだ!?』



僕が怒鳴ると若い男女は即座に振り向いた。



『あら、レアハ王女じゃない?どうしたの?』


『レアハちゃん何かあったのか?』



リルは背の低いレアハ王女の身長に合わせてかがんでくれた。一方、僕の身体の方は僕の真似をしている。その演技に腸が煮えくり返った。



『お前は誰だ?どうして僕の姿をしているんだ!!』


『僕はイテアだよ?レアハちゃん。』



尋ねても知らんぷりされた。今の僕の身体であるレアハ王女は背が低いので見下ろされている。ずっと上を向かなければならないので会話しているだけでも首が痛い。



『このっ…!』



頭にきて僕が殴りかかろうとするとリルが片手で止めた。



『ねぇ、レアハ王女本当にどうしちゃったの?』


『リル聞いてくれ!』



僕は全部話すことにした。リルは僕の大事な彼女だ。何があっても信じてくれるだろう。



『僕はレアハ王女じゃない。本当はイテアなんだ!!』


『え??』



リルは、きょとんと目を丸くする。



『真夜中に都市伝説を調べていたら気を失って目覚めたら、レアハ王女になっていたの!!』



僕は必死に説明した。



『面白いこと言うんだね。』


『…え?』


『そんなことあるわけないじゃん。レアハ王女はレアハ王女だよ。』



リルは微笑む。子どものイタズラ程度に思ったのかもしれない。



『そ…そんな。本当なんだよ!リル!』


『レアハ王女は、この国の王女なんだから悪ふざけも程々にね。それに自分のことを僕って言うのは女の子っぽくないから、お城や国民の前では言わない方が賢明だよ。』



リルは僕を撫でる。優しく撫でている。わがままな子どもを落ち着かせるように。ショックだった。どれだけ真実を話しても誰にも信じてもらえない。絶望で胸が張り裂けそうだ。



『あ!そろそろ行かなきゃ。レアハ王女良い子にするんだよ。…イテア!プロポーズありがとう!あたし嬉しかったから。』



彼女は、はにかんだ笑みを浮かべて去っていった。その笑みは本来なら僕が受けるはずのものだったのに。

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