149-2 双子王子との再会
「なんでウィズがここにいるんだ?!」
「王城まではゴンドラで移動してきたの? ゴンドラは初めてだった? 船酔いは大丈夫?」
「待てっておいっ」
「もう約束の場所に行く? それとも俺達と遊びにいく?」
「おまっ」
「丁度筋肉が鍛えられそうな場所があるんだけど」
ついに、一方的に私に話しかけまくってくるアルヴィンの胸ぐらをレグルスが掴みあげた。
「なんで、ウィズが、ここにいるのか聞いてんだよオイ」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
聞いてないと吠えるレグルスに惚けているレグルス。もう何がなんだか分からない状況になっている。
「姉さん……コイツらは?」
「え、えっと……この国の第一王子様と第二王子様です……一応」
「これが?!」
人の事をこれとか言っちゃいけませんハイド……。
「落ち着いてレグルス、ウィズはね俺を助けてくれたお礼に国に招いたんだ。来年からは学園に通わなくてはいけなくなるから、その前に遊学もかねてと思ってね」
「は、はぁっ?!」
レグルスは本当に知らなかったみたいで、ひたすら驚いた顔をしながら私を見ていた。そりゃあ予告なく突然目の前に現れたら驚いちゃうよね。
「レグルスのお家に来ちゃった、えへへ」
「っ……!」
笑って場の空気を改善しようとしたのに、赤い顔をして思い切り顔を背けられた。予告なく来た事に激怒して怒りに震えていたとかだったらどうしよう。
「待て……何故王子達が姉さんが指定された部屋の隠し通路から出てきたんだっ」
「この部屋をウィズに貸すようにと言ったのは俺だから」
「はぁっ!?」
隣国の王子様に「はぁ?!」はない。もう身分も礼儀もなにもない。ハイドは頭にくると礼儀が全力で逃亡してしまうのだ。そんな所はパパに似なくていいのに、ではなく。
「この部屋はね、レグルスがあの閉じ込められている塔から逃げる為に使っている隠し通路の出口なんだよ。ここの国王もこの道の事は知らないよ、知っているのは俺だけだからね。レグルスを逃がす時はいつもここを使ってるんだ」
レグルスが忌み子として囚われているという話は大変遺憾なものだけど、アルヴィンが定期的に出入りを手伝っているという事ならある程度の自由はあったんだろう。なるほどね、だからあの時私を攫いにこれたという訳かな。
「つまり、私とレグルスはお隣さんという事だね! よろしくお願いしまっ」
「姉さん!!」
ハイドに怒られた……もの凄く怒られた。
「この通路の事は国王には内緒だよ、知られたらこの通路を壊されてしまうからね」
「え」
国王というのは二人にとってお父様だよね? 血を分けた親であるのに息子を幽閉しているとはどういう人なの。
……あの塔、ちゃんと衣食住は出来る環境にあるんだよね? レグルスが大人になるまでは閉じ込めておかなくちゃいけないという掟があると聞いていたけど。
レグルスと出会った時に語っていた話を思いだした。
仄暗い怒りを帯びながらも悲しそうに苦しそうにレグルスは自分の親について話していた事を。
意地悪をされている……というレベルの親子関係ではないのかもしれない。
「あ、そうだ忘れていたよ」
「ん?」
アルヴィンは姿勢を正してから微笑んだ。
「ご挨拶申し上げますポジェライト家の方々、遠路遙々ようこそヨレイド国へ」
「挨拶が遅い!!」
ハイドは真っ青な顔をしたまま叫ぶ。突っ込み方がね、リュオと似てるんだよね。一緒にいた時間が長いからかな?
そして、そのリュオはというと私の斜め前に立ったまま腰に潜ませている暗器にずっと手を添えたままだった、何かあればいつでも動けるようにという事だろう。
「この人達は大丈夫だよリュオ、そんなに身構えないで」
「……俺、顔を覚えてますよ、こちらの第二王子レグルス様はウィズ様を誘拐しようとした奴じゃないですか」
「よし! それは一旦それは置いておいて」
「拾ってきたので思いだしてください」
拾われた、穏便に過ごしたいから不穏な過去はとりあえず置いておきたいのに。
「という事で、今日からよろしくねウィズ~」
「あ、こちらこそお世話になります、どうぞよろしくね~」
「何故意気投合して手を振り合っているんだ姉さん?!」
何故と言われても何故か出来るとしか言えないんだけどね。
魔王様の命を狙っていたり、アイビーを何故か嫌っていたり、色々と警戒しなくちゃいけない事が多い人なのに、何故か気が緩んでしまう。アルヴィンは不思議だなぁ。
「あと安心して、ウィズの部屋はこのあとちゃんと変えてもらう予定だからね」
「え、じゃあどうしてこの部屋を最初に指定したの?」
「協力してほしくて」
協力ってなんの? と、聞く間もなくアルヴィンはテーブルの上に置かれている魔道具のベルを鳴らした。それを慣らせば侍女さんが来るという話だったけど……?
「おい! 俺は別に構わないって言っただろうが!」
「お前を自由にする、その言葉を偽るつもりはないよ」
レグルスがなにやらアルヴィンを止めようとしていたけど、すぐにノックの音と侍女さんの声が扉の外から聞こえた。
「失礼致します、お呼びでしょう……か」
侍女さんは扉を開け、視界にレグルスの姿を捉えた瞬間にザッと青ざめた。
「い、忌み子が!! 誰かァッ!! 忌み子が塔の外に!!」
その叫び声で一気に騒がしくなる城内。
え、何? レグルスがここにいるから騒いでいるの? そんな……怖ろしい化け物を見たかのように怯えて震えるの?
レグルスに振り向くと、レグルスは少しだけビクッと怯んだ。強ばった顔から感じるのは少しだけ恐怖の色と動揺。これから起こりうる事への絶望だった。
甘かった、きっと私の認識は甘かったんだ。現代で暮らしていた時は平凡な家庭で育ったし、この世界に転生してからはゲームと違ってパパに愛されて、ポジェライト家のみんなにも優しく接してもらえていたから。
本当の親だから絶対に愛してくれるだなんて事はない。その親も人であり、その心のありかは色んな色を持っている。
自分の抱えたどす黒いものを自分の子供に振りかざす愚かな人間だっているのだと……忘れてはいけない。
「何事だ!」
豪勢な衣装を着た金の髪の男が不機嫌な顔で部屋に入ってきた。その男に城の人間達が皆頭を下げて平伏していた事から、この男がこの国の王、ヨレイド・アティア・グーシャディフ様である事を察した。
咄嗟に、レグルスの前に立ち塞がって王から出来るだけ見えないようにしてしまった。
だ、だって、レグルスを見つけた時のグーシャディフ様の顔が驚き以上に怒りと殺気をまとっていたんだもの。こんな目、レグルスに見せちゃいけない。
「何故忌み子が城内にいるのだ」
隣国からの客人の私達をこの国王は歓迎していない事を挨拶も許されていない時点で察していたけど、私が歯向かうような台詞を吐けば直ぐにでも斬り捨てよと命令してきそうな程の殺気を帯びている。
「発言をお許しくだ、」
「ウィズ大丈夫だから、喋らないで」
アルヴィンが私を止めて、グーシャディフ様の前に歩み出た。
「国王陛下、明日はレグルスの十六歳の誕生日です。我が国の成人として認められる年齢になります、忌み子は幼少期は塔に幽閉して穢れを祓わせてから外へ出る事が許されるという風習がある筈。それをお許し頂けますか?」
「ほう……」
グーシャディフ様は腕を振り上げると、拳を握り思い切りアルヴィンの顔を殴りつけた。
「アルヴィン!!」
酷い打撃音が聞こえたのにアルヴィンは転ぶ事なく堪えて、口の端から流れ出した血を拭う事もせずに国王に愛想良く笑っている。
第一王子を殴りつけるというその光景に誰もが絶句した。レグルスもまた、言葉を失ってアルヴィンを見つめている。
駆け寄って支えようとしたけど、アルヴィンに手を挙げて止められた。
「レグルスの幽閉解除の許可を、貴方が命じた通りに真珠の取引分の三割を王家に献上する契約と、エルフ族の樹月明けの来訪許可、国に属さぬドラゴン殺しの異名を持つ三つの傭兵団を味方につける事もしました。約束を果たしてください」
「随分と生意気な口を叩くようになったなアルヴィン」
舌打ち混じりにまた殴りつけた。二回も、三回も。
助けようと体が動いて、ハイドとリュオに腕を掴んで止められた。
ここは自国ではない、少しでも逆らえばヴァンブル王国が敵対心を抱くと疑われ戦争にだってなりかねない。
堪えるしかない、でもなんでこんな酷い事をするの……?! アルヴィンは普通の事しか言っていないのに! 幽閉もおかしいけど十六歳になったら自由な筈なんでしょう?! 約束もしてたんでしょう?! それを言っているだけなのにどうして。
アルヴィンはそれでもこの場から動かない。殴られ俯いていた顔、殴られて腫れた頬をそのままに……グーシャディフ様に微笑んだ。
「許可を」
「くどい、お飾りのお前はワシの言う事だけを聞いていればよいのだ」
また手を振りあげた……! これ以上殴られたらアルヴィンは怪我だけじゃすまなくなる!
「やめてっ」
「姉さん駄目だっ」
「血相を変えてどこへいくのかと思えば、我が国の者達がなにかしたのかな?」
次に部屋に入ってきたのは、我が国の兵士達を従えたヴァンブル王国の国王陛下、ファンボス様だった。
「王様っ」
「おやおや真っ青になって可哀想に」
王様はゆるりと部屋の中へと入ってきて、私の後ろに回って両肩に手を乗せた。
「話したと思うが、この令嬢は我が国の第二王子の婚約者殿だ。そして、未来の王子妃でもある、そんなか弱い令嬢に暴力沙汰を見せるとは無礼という言葉だけではすまされないものだがなぁ」
「ここはワシの国だ、客人は王子の教育にまで口を挟まないで頂きたい」
「しかし、見過ごせない話も聞こえたのだが」
王様が手をあげると兵士達が威嚇するように床をダンと強く踏んだ。
「第二王子を幽閉していた……とか。この国はいつから人権が消えてしまったんだ? おかしい話だ、我が国と結んだ平和条約の中に人権についてのものも記載していた筈だが。知っているだろう? 私も愛する息子が誘拐されてからというもの、そちらの方には機敏になっていてね。身分問わず誘拐、幽閉、人身売買は固く禁じているのだ」
王様はメティスと似た冷たい笑みを浮かべ、威圧した。
「我が国との平和条約を破る訳ではあるまいな?」
「……」
平和条約の中で交わされた条約。それを破るという事は友好関係を拒絶するという意味を持つ。たとえ誰もが知っているような上辺だけの平和条約を交わす国柄だったとしても、それを王の前で破るという事は反旗を翻すという意味を持つ。
国力と戦力だけでいうのなら、ヴァンブル王国はヨレイド国の五倍以上の力を持つ大国。だからこそ、こんな私やハイドを連れての長期訪問も嫌々ながら許されたというのに。
「私の前で誓いたまえヨレイド国王よ、第二王子レグルスの自由を」
「……ワシの宮には決して立ち寄るな、式典への参加も許さん。明日までは塔へ閉じ込めておけ」
グーシャディフ様は酷く冷たい眼差しでレグルスを睨みつけ、従者を連れて部屋から出ていった。
「これが……ヨレイド王国の国王なの?」
冷や汗が溢れてくる、恐怖からではなく悍ましい生き物に対する拒絶反応からだ。
「アルヴィン!」
我に返り、アルヴィンに駆け寄って顔の怪我を確認した。
「大丈夫?! 頬がこんなに腫れてっ、血がっ」
「大丈夫だよ慣れてるから」
「慣れてるって……?!」
「いつもは目に見えない場所を殴るんだけどね、顔を殴るとは相当腹がたったんだろうね」
アルヴィンはどうという事は無いと軽く笑って、レグルスに振り向いた。アルヴィンの怪我の具合が見えて、レグルスの顔が強ばる。
「明日以降は自由にしていいって、ヴァンブル王国の国王の前での発言だから覆せないよ。よかったなレグルス」
「なにが……よかったって」
「もうコソコソ抜け出さなくていいだろ、好きにしていいんだ、そうだ、お前の部屋も用意させないと」
野次馬のように集まっていた使用人達から「え」という嫌そうな声が漏れた事を私は聞き逃さなかった。レグルスに対して、悍ましいだの目が合っただけで呪い殺されるだのブツブツと言っている。
思い切りみんなを睨み付けると、蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまった。
「気にくわない! なんなのこの国の人達は! 思考が異常すぎる!!」
「姉さん、気持ちは分かるがそんな事を口にしてはいけない」
「でも腹がたつものは腹がたつんだよ!」
王様は唸りながら口元を緩めた。
「確かにこれはいらない者だな」
「いらない?」
「なんでもないよ」
ニッコリと笑い、そんな王様にアルヴィンが近づいた。
「約束を守ってくれてありがとうございます」
「いやいや、どういたしまして」
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