148-1 木と金の大精霊との邂逅



「ウィズ様……考え直してくれない?」


 深夜にお城に忍び込もうと近くの見張り台の上に昇った私に、ついてきてしまった優秀な専属護衛執事のリュオが諭そうとしてくる。


「普通にエランド王太子殿下に会いたいと頼んで約束を取り付ければいいのに、なんで深夜に部屋に忍び込もうなんて犯罪的な事を考えるんだよ?!」

「普通に会いに行っても、もう婚約者でもない私とは二人きりでお話なんて出来ないじゃない? 私は出来れば二人きりで秘密の話をしたいんだよ、だからこれはもう深夜に兄様の部屋に忍び込むしかないなと」

「一度捕まって反省した方が良いよ!!」


 話したい事が先日視た前世絡みの事だから仕方ないんだよ。あれはゼノであっても聞かせられない話だしね。


 それに、これはリュオには話していないけど、子供の頃に手にいれていたあの【魔法の本】との会話でも今日の事が話されていた。


 今夜、エランドが王城から抜け出すかもしれないから、もしも本当に抜け出したら後をつけるように……と。


 久しぶりの書き込みだったから信じて来てみたんだった。どういう意味かはわからないけど、数年前に【王子達を仲良くさせる方法が間違えてるんだよばかばかおばか! もう口を聞いてやらないんだからね!】と、ツンデレの定型文のような書き込みがあってからご無沙汰だったのだ。えぇ……自分からメティスとエランド兄様とラキシス殿下の仲を取り持ってフラグをなんとかした方が良いって言っていたのに。兄様はいいとして、メティスの構い方がね……うん、どエスだからね。


「ウィズ様、今塀を乗り越えて出てきたのってエランド王太子殿下じゃない?」

「えっ、本当に?」


 人影が軽快に石壁を蹴って越えてお城の外に着地した。そしてすぐさま馬に乗って街の北へと駆けていく。


「変装していたみたいだけど、間違いなくあれは兄様だ!」

「ウィズ様の視力10.0あるからね。野性的すぎるよね」

「少しでもゴリラに近づきたくて」

「怖いって」


 流石ゲーム制作者と名乗る時輝からの情報、本当に兄様がお城から出てきた。ならば、指示された通り後をつけた方が良い。

 リュオはエランド兄様が駆けていった先を確認しながら行く先を予測した。


「北の方角はたいして入り組んでもいない、王族が行きそうな場所もないけど、深夜にエランド様が秘密裏に向かいそうな場所といえば……第二王子殿下誘拐事件があった地下闘技場かな」

「えっ?! なんでそこだと思うの?!」

「ちょっと調べてたんだけど、あそこの建物は浄化が終わればすぐに取り壊しが決まっているらしいからね。なんでか最近になって、やたらと早く取り壊せという声が上がっていて、エランド殿下が取り壊す前に行きたいと発言していたと言うから……タイミング的にも怪しいのはあそこじゃない?」

「リュオの情報網は流石だね」


 前世を視てメティスの魔王としての痕跡を調べようとしているというのなら辻褄が合いそうだね。もしそうだとしたら、絶対にあとをつけないと。


「リュオ! 私達もあとを追おう!」

「そういうと思ったよ、それなら俺の空間転移魔法で移動しようよ」

「えっ、でもその魔法を使うとリュオの体力がかなり消耗しちゃうんじゃっ」

「ウィズ様一人連れて行くぐらいなら大丈夫だよ、昔よりも俺もちゃんと強くなってるからね」


 得意げに笑いながら、リュオは呪文を唱えて空間に穴を開けて「行こう」と手を引いてくれた。





◇◇◇





リュオの予想どおり、兄様は地下闘技場跡地の入り口に姿を現した。転移魔法で先回りして、物陰から兄様の姿を確認していた。


「エランド殿下、どうやら一人じゃなかったみたいだ」

「うん、ポーチからラフィちゃんも出てきたね」


 なにやら会話をしてから二人で地下へと降りて行った。見張りも誰もいなくて怪しい事この上ない。ただの調査だったらいいんだけど、なにかの罠だったりしないだろうか?


「とりあえず私の気配消しの魔法を使って進んでみようか」

「そうだね、そうでもしないとエランド殿下なら気配に気づきそうだし。

ところで、ウィズ様はこの施設の内部構造には詳しいの? なんか随分入り組んでるって聞いたけど」

「勿論だよ! 私もここに捕まっていたんだから……」


 と、言った所で気がつく。いや、捕まってた訳だから途中までの道は知らない、行きも連れて行かれ、帰りは暗い道を必死に逃げて、最後は王様に助けられたし。最下層の儀式の場所くらいしか詳しくない……!


「道……ワカラナイ」

「そんな気はした! 早くエランド殿下を追い掛けるよ! 見失ったら後をつけられなくなる!」

「うん!」



 そうしてリュオと一緒に侵入したのはいいものの……兄様の進む速度が思いの外速くて早々に見失ってしまった。

 ありの巣のような構造の地下、居たる所に獣や人間を捕まえていた檻の部屋があるし、綺麗な道は貴族が使っていた闘技場へ続く道だった。儀式部屋は秘匿されていた場所なだけあって、普通に探しても見つけられなかった。


「こういう場所って隠し通路があるきがするんだけど」

「見失ってからもう結構な時間が経っちゃったし、エランド兄様はやっぱり儀式があった地下に向かったんだね」

「エランド殿下の事だから行き先の確認はもう調べていたんだろうね、戻って来る時に出くわさなきゃいいけど」


 ばったり出会う可能性……その方が安心出来る。この場所にいい思い出がないせいもあるだろうけど、胸騒ぎがする。なんで兄様は深夜にこの場所に来たの? 兄様の身に危険はないんだよね?


「ん? なんか金属を叩くような音が聞こえない?」

「え……本当だ」


 カンカンと金槌で金属を叩くような音が聞こえる。リュオと顔を見合わせてから、一緒にその音が聞こえる方角に進んだ。

 すると、通路の行き止まりの壁の先から音が聞こえていた。


「この燭台埃が積もっていないね」

「待ってウィズ様、危ないから俺が引く」


 リュオは私の前に出て燭台の取っ手を掴んで思い切り引いた。


「道が……!」


 鈍く地面を引き摺る音を響かせながら、壁が横に移動して地下への階段が姿を現した。

 そして、その階段の下に人影を見た。初めてではない、もう何度か見た事があるその人影。猫の仮面を被った寡黙なフードの人、確か名前はチェシャ。


「チェシャさん! 貴方が道を教えてくれたの?」


 チェシャさんは頷き、まるでついてこいというように地下への道を走り出した。


「リュオ! 追い掛けよう! エランド兄様の場所を教えてくれているのかも!」

「あの人信用出来る人なの?! 見るからに怪しいけどっ」

「過去に何度も助けてくれたの! だから信じてみよう!」


 チェシャさんが走る後ろ姿を追い掛けて、奥へ奥へと進んでいく。ここまで進めば見覚えがある光景が広がっていた……今通った牢屋の場所なんて、私とレグルスが捕まっていた牢屋だった。


「きゃあっ?!」


 途中、何度も大きな地震に地面が突き上げられて揺れた。何かが暴れているような大きな音も聞こえてくる。誰もいない筈の場所でこんな事が起きる筈がない! やっぱりエランド兄様が誰かに襲われてるんだ!


「ウィズ様危ない!」


 リュオに腕を引っ張られ、私が居た場所に岩が落ちてきた。建物が崩壊してきてる!


「ウィズ様この先に進むのは危険だ! 逃げて城から助けを呼んでこよう?!」

「駄目! 兄様がこの先にいるかもしれないのに私だけじゃ逃げられない!」


 砂埃が舞い、いつ崩落してもおかしくない。それでも逃げずに走り続けて、チェシャさんはようやく足を止めた。


「この先?!」


 チェシャさんは頷く。禍々しい扉があるけれど、手で押してもビクともしない。


「開かないっ」

「剣とかの武器じゃ駄目だ! 魔法で封じられているから、対抗出来る魔法じゃないと」

「なら私が!」

「もうすぐ開くから魔法はいりませんよ」


 チェシャさんが初めて喋った、優しい声色でどこか心配そう。


「ここが開いたら、貴女が望んでいた状況が揃うので、それが済んだら王太子殿下を連れて逃げて下さい」

「それはどういう意味で」


 チェシャさんはリュオの肩を掴んで私の方へ引き寄せると、私とリュオの頭の上に大きなマントを被せてきた、私とリュオの体がすっぽりと収まる。白色に見えるけど、角度によって金色にも光っている。手触りはざらついていて、とても固い。


「これは?」

「竜の炎でさえ防げるといわれている……ちょっとした遺物です」

「ええっ?!」

「なんでそんなものをアンタが持ってんの?!」


 チェシャさんはそれで私とリュオをしっかりと包み、仮面ごしに私とリュオの顔をじっと見つめた。


「え、なにさ?」


 リュオが動揺している、リュオにしたら初めて会う人だもんね。


「チェシャさん待ってください! これを貰ってしまったらチェシャさんの身はどうやって守るんですか」


 チェシャさんの身が心配で、なら一緒に包まった方がいいとマントを広げようとしたのに、チェシャさんは私の頭を撫でる事で動きを止めさせた。


「私は平気ですので」

「チェシャさ……」

「無茶ばかり、しないでくださいね」


 その手の温もりにふと、この場所で起きた出来事が脳裏を過ぎった。


「もしかして……ここに私が来た日に、屋敷から麻袋に私を入れて運んでくれたのはチェシャさん?」


 別れ際にまるで大丈夫というように私の頭を撫でて、名残惜しそうに去っていた誰か。あれはチェシャさんだったんじゃ?


「あの時も今日も助けられてたんだね……貴方が居てくれてよかった、ありがとうチェシャさん」


 チェシャさんは何も答えない、けれど少し動揺していたようで。


「……もう夜も遅いので」

「へ」

「二人とも寄り道をしないで気をつけて帰って下さい」


 最後に気の抜けるような発言をして、チェシャさんは元来た道を走り出した。


「ま、待ってくださいチェシャさっ?!」


 その直後、激しい爆音が轟き、目の前にあった壁が全て吹き飛んだ。

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