147-2 隣国からの招待状

「今日もなんやかんやあって言えなかった」


 その日の夜、ランプの光が灯る薄暗い部屋のベッドに座り、昼間にメティスに見せようとしていた書類をじっと眺めていた。


「隣国のヨレイド王国からの書状……かぁ」


 直接ポジェライト家に届いた訳ではなく、ちゃんと国を通してから届けられた正式なものだった。

ポジェライト家はヴァンブル王国の最北端に位置していて、魔の森と国境を守っている領地。書状の内容としては魔の森に迷い込んでしまったヨレイド王国の第一王子のアルヴィンを助けた礼をしたいので、直接ヨレイド王国へ来たれりという事だった。


 私は魔の森でアルヴィンを助けた覚えはない。


 なのに、こんな手紙が来たという事は、これはアルヴィンからの「光の大精霊の情報を教えてあげるからおいで」というメッセージなのだと受け取った。

 タイミング的にも、来年はルーパウロ学園に入学する事になるし、その準備で後半の半年は忙しくなるから、行くとしたら今しか無い。

 にしても、伝えてもいないのにどうして私が指定された五行の大精霊達全てに会えた事を知ったんだろう……。

 それに、行く前に一度エランド兄様に会っておかなくちゃ。会う約束は取れたから、その時に色々とお話をしたいね。


 エランド兄様が拾ったシマエナガのラフィちゃん。あの子が放った光の魔法で過去の出来事を視る事が出来た。それはエランド兄様を中心とした過去の出来事だったけど、その中にメティスと私の前世らしき姿もあった。

 ぼんやり……全部がぼんやりだ。でも、ルーパウロの主という肩書きがとても懐かしく感じて泣きそうに感じたんだよ。


「ルーパウロの主……メティス……魔王」


 ベッドの上に寝転がって考え込んでも答えは浮かんでこない。私の頭では推理力が足りない気がする。前世の事となるとピアルーンのメティスの暴走の事があるから、気軽にメティス本人には聞けないし、その繋がりでメティスの四天王の人にもメティスに直接話がいくだろうから話せない。かといってメティスや魔王様と敵対している人には相談できない。


「うあぁ……こういう時に相談にのってくれる頭がよくて秘密を守ってくれそうな味方がいたらなぁ!」


 昔から思っていた事だ、魔王とは何者なんだろう? どこからやってきたんだろう? どうして魔王と呼ばれて人と敵対しているの? って。

 その答えは、きっと前世の事と繋がっている。そして、その前世を視る力を持つラフィちゃんは、ただの精霊ではないのだろう。


「エランド兄様と懇意にしていた存在なんてゲームにいたっけ?」


 ゲーム、未来の世界でエランド兄様と懇意にしていた、魔王と対抗する程の存在といえば、炎の大精霊のフォムフレイアと、光の大精霊。あとはヒロインのフィローラだけど。


「……いやいや、まさかね」


 ヒロインな筈はないよ、彼女は既にシナリオから逸脱した動きをしていて、クラリス様の命を狙って、ハイドを傷付けようとした。そんな危険な存在をエランド兄様が傍に置く筈はないよ。


 ……もしもそんな事が起きていたら、私は。


「あれ?」


 扉からノック音が聞こえて来た。返事を返すと、ハイドの声が聞こえてきた。


「姉さん、まだ起きているか?」

「うん、起きてるよ~! どうぞ」


 ベッドから起きて扉へ向かうと、丁度ハイドが入ってきた所だった。


「こんな夜遅くにどうかしたの?」

「本当は明日話そうと思っていたんだが、通り掛かった時に姉さんの部屋から独り言が聞こえてきたから起きているだろうと」

「え、えへへ」


 そんなに独り言を言ってしまっていただろうか? ハイドとしては気になって声を掛けてくれたんだろうね。


「考え事をしてたら眠れなかっただけだよ」

「悩みがあるなら……聞く」


 悩み、悩みはあるけど。

 誰が聞いても到底信じられないような前世のお話をしつつ、メティスって実は魔王の生まれ変わりなんだよ! なんて言ってしまったら正気を疑われてゲームのハイドみたいに距離を置かれるかもしれない……! それは絶対に嫌です、ハイドと仲良し姉弟幸せ生活をお姉ちゃんは送りたい。


「大丈夫だよ! なんとかなりそうだからね!」

「……」


 しょん、ぼり……という風に目を伏せてしまった。もしかしたら、私に頼って欲しかったのかもしれないけど。

 罪悪感がとてつもない。でも話せるような内容ではない。話を逸らさなくちゃ!


「ハイドは何か私に話があるんじゃなかったかな?! 私がココアでも用意しようか?」

「いらない、死ぬ」

「死なないよ?!」


 そりゃちょっとは魔物の素材をいれるつもりだけど! 個性があったほうが飽きなくて美味しいじゃない?! 最近は誰も私の作った料理を食べてくれない……何故なの。


「報告だけで終わるから」

「報告?」

「王太子殿下に会う約束があっただろ?」

「あ、そうだね。それがどうかした?」

「ラキシスが密輸船に間違えて乗り込んだらしい」

「はい?!」


 ラキシス殿下がなんて!? どうしてそうなったのかも気になるけど、それが本当なら国をあげての大事件だ。それなのにハイドはたいした事は無いという感じで話進める。


「しかも、ミラー領からサンレドブルーを勝手に買い付けて、それを持った状態で密輸船に乗って、見つかり、捕まり、サンレドブルーも奪われたと」

「ええええっ」


 サンレドブルーって劇的に早くポーションが作れるという事で、色んな方面の方々が欲するあれだよね? 管理をミラー家とメティスがしているから誰でも手に入るという事が出来ない代物の筈で、それが密輸人の手に渡ったという事?!


「すでに制圧済みで捕まったらしい」

「そ、それはよかった」

「だが、輸送中にエランド王太子殿下を殺してやると、仲間はまだ沢山いるのだと喚いた」

「なっ?!」

「勿論その場で取り押さえられたが、その結果逃げて隠れているという仲間が見つかるまで王太子殿下との接触はいかなるものも禁止される事態となった」

「え」


 つまり、私も会えないということ? もうすぐ隣国にいくのに、しばらく滞在する事になるのに?! あの事件のお話を出来ないままになっちゃうということ?!


「更に」

「まだあるの?! 情報量の多さについていくのがやっとだよ?!」

「サンレドブルーが関わったせいで、メティス殿下も奴等の取り調べやらをする事になった。密輸ルートに流されていないか等だな」

「所有権はメティス達が持ってるからっ」


 え……え? つまり、エランド兄様ともお話が出来ず、メティスも忙しくなったので会えなくなって……その間に私は隣国に行っちゃう事になるよね?!


「こ、こんな不幸な偶然が立て続けに起きるなんて」


 頭が痛いと項垂れる。


「不運な事件が続いたが、こうでもしないとメティス殿下は絶対に付いてくると思うが」


 まるで私がこっそり出掛ける為に、この事件が起きてよかったというような言い方だ。


「いやいや流石に第二王子のメティスがついてくる訳が……」


 ふと脳裏を過ぎったのがポジェライト領に戻った時と、ドワーフの里に連れていかれた時の事だった。……うん、メティス付いて来てたね。それこそありとあらゆる手を使ってついてきていたね。


「周囲のみんなに迷惑が掛からないなら別に構わないんだけどね」

「……終始付きまとわれ過ぎていて気持ち悪くないのか?」

「ううん、そんな事思った事ないよ」

「正気か」


 正気ですよ?! ハイドも大人に近づいてきてて、言葉使いがよりパパに似てきたね?! パパよりもデリカシーはあるけど!


「それに、付きまとうとはまた違うよ。私が本当に忙しい時や駄目な時は遠慮してくれるし。寧ろ私が会いたいなって思うタイミングで来てくれるから嬉しいよ」


 なんで分かるんだろうというタイミングで会いたい時に来てくれるから、嫌がる所がほわほわとした幸せの方が勝る。小さい時から一緒に居たしね、ずっと一緒にいるのが当たり前に思っているのかな? ううん、でもそんな感情メティスだけなんだよね。


「姉さんが重度の病気だという事はわかった」

「重度の病気とは?!」

「悪いことじゃない……と思うが」


 ハイドは嫌そうにしながら、なんでもないと首を振る。


「だが、今回はついてきてもいいのか?」

「というと?」

「姉さんはずっと隣国に行きたがっていたじゃないか。それには何か理由があると思ったんだが……それにメティス殿下は邪魔にならないのか」


 ハッとする。そうだ、メティスには全部包み隠さずお話しなくちゃとばかり思っていて大切な事が抜けていた。もしも、ハイドの言うとおりにメティスが付いて来てしまったとしたら、アルヴィンから光の大精霊の話を聞けない。というか、魔王の生まれ変わりであるメティスに光の大精霊のお話を聞かせる事が出来ない。


「あ、ありがとうハイド。確かに今回はメティスはついてこない方がよさそうだよ」

「そうか」

「仕方ないね……二人にはお手紙を書いておくよ」

「あと」

「まだなにかあるの?!」


 ハイドは「もう事件の事ではない」と頷く。


「隣国へは、僕もついていく」

「ハイドも一緒に来るのーーっ?!」


 むしろ、密輸船の話よりもこっちの方が驚きました。


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