147-1 隣国からの招待状



 社交界デビューが終わってから一年という時間が経過していた。


 社交期間中はいくつかのお茶会に参加したりもしたし、隙あらばポジェライト領を往復したりもして、パパのお仕事も手伝った。

 けれど表向きは普通の令嬢を装いつつも、水面下では光の大精霊の情報を集めようとしていた。けれど、やっぱり今以上の情報は集まらず、結局は光の大精霊の研究をしているというアルヴィンを頼るしか無いという結論に至った。

 アルヴィンがその情報を教えてくれる条件は【五行属性の大精霊と実際に出会う事】だった訳だけど……ね。

 私が実際にルーパウロ学園に通うようになるまで早いものであと一年と迫った。ならば行動に移すなら今しか無い、もろもろの手続きは終わったのだけど……。


 そんな事よりも、メティスの様子がずっとおかしい事の方が気がかりです。


「ウィズ、今日はこれから時間空いてるよね? 町へデートに行こうよ」

「う、うん?」


 テーブルを挟んで座っている私の婚約者のメティス。魔王様の生まれ変わりとは思えない程のにこやかで幸せに満ち足りた笑顔で微笑んでいる。

 ここまでは前と同じなんだけど、テーブルに置かれた私の手に自分の手を重ねてお話ししている。


「あ、私ねメティスに見せたいものがあって」

「何かな?」


 ちょっと待ってねと言ってソファーに移動して、テーブルに事前に置いていた封筒を持って中身を確認してからテーブルの席に戻ろうとしていたのに、メティスはソファーの私の隣に座った、それもぴったりとくっつく距離で。


「メティス……」

「なあにウィズ?」

「最近距離がとっても近いと思うのは気のせいかな?!」


 前から距離は近い方だったけど、最近は触れてくる頻度が増えた気がする! 座れば必ずぴったりと隣に座って、至近距離でじっと顔を見てくるし、歩けば手を繋いでくるし、別れ際にはおでこか手の甲にチューをしてくる!

 そして、どうしたのという位にメティスの機嫌が良い! それはとても嬉しい事なんだけど、原因が分からない私としては混乱するばかりだ。


 それにメティスが会いにくる頻度がとっても多い、忙しい筈なのに毎日会いに来てくれる。夕方まで会いに来なくてションボリしてても夜に来てくれる。欠かさず毎日会いに来てくれる! 極めつけは私に会えなくなるからという理由だけでルーパウロ学園に入学だけして通っていない!! 十六歳になったんだから普通に通わなくちゃいけないのに!! いやメティスの頭なら学園の授業はそれはもう大変退屈なんだろうけど! でも出席日数というものが……王族なら免除されてるんだった知ってたけど!


「やっぱりおかしい!」

「なにが?」

「何か私に思う事があるのかな?! 知らぬうちに私がなにかやっちゃって監視に来てるとか?!」

「監視なんてしてないよ、ただ」

「た、ただ?!」

「ウィズが可愛いなぁって毎日眺めて幸せに浸りたいだけ」

「熱があるんだね?!」


 メティスのおでこに手をあてて熱を測る! はいっ低体温! いつも通り! 逆に心配!


「私に会いに来てくれるのは嬉しいけど学園にも行こう? 青春は一度しかないんだよ? お勉強以外にも楽しい事が沢山ある筈だしね!」

「学園にあるものは全て僕には必要のないものだよ」

「で、でも、貴重な三年間なのにっ」

「え? 僕はウィズが卒業するまでの四年間いるつもりだよ、最高で五年間は在学出来るからね」

「もしかして私に合わせて学園に通い始めて更には卒業するつもりなの?!」

「うん、最初の一年間は一度も行くつもりはないよ、無意味だから」

「ひょえぇぇ……っっ」


 ゲームでのメティスは一応形だけでも一年生から学園に居た筈なのにっ、私のせいで大きく展開が変わってる。


「せめて一つぐらい科目を取っても……」

「その科目のせいでウィズとの時間を削られるんだよ? 学科の低レベルさに苛ついてうっかり魔力を暴発させてもいいなら行くけれど」

「やっぱりこのままでいいかなぁ!!」


 正直な所メティスの頭脳と魔力レベルは桁外れだから、学園に習いにいく魔法初心者の貴族達の中に混じる事は苦痛なんだろうね……人間も好きじゃないもんね。

 それにしても、やっぱり前よりも私にべったりになっている気がする。どうしてこんな感じで態度がおかしくなっちゃったのかな。


「メティス殿下の態度がおかしいのはウィズ様のせいだよ」

「私?!」


 メティスと二人で会うときはリュオが必ずどこからともなく現れる。もう絶対に二人にさせてなるものかという執念すら感じるくらい絶対傍にいる。

メティスが嫌いとか、会うなとかそういうのじゃなくってリュオ曰く「今のメティス殿下の浮かれ状態で二人きりは危ない」という事らしい……どういう事?


「やらかしてるからね、ウィズ様が」

「やっぱり私が何かしたの?!」

「覚えてないだろうけどね、もういいよ、好きなだけ二人で脳内お花畑にいなよ」

「なんでそんな死んだ目で笑ってるのリュオ?!」


 私が何をしてしまったのか! リュオに詳しく聞かなくちゃと立ち上がりかけて、隣に座るメティスに行かないでと腕を控えめに引っ張られた。


「今は僕に構ってウィズ」

「ぐあっ」


 可愛い上目遣いでお強請りは止めて欲しい、これは私がメティスの可愛い動作に弱い事を分かっていてやっている~っ!


「距離感が近いって思っている原因はね、ウィズが僕と結婚してくれないからだよ」

「駄目ですって……! 私はまだ学園にも通ってないのにっ、それに色んな出来事をですね、私は回避しなくちゃいけなくてですねっ」

「それは追々考えるとして、先に結婚しようウィズ?」

「だめ~~っ!」


 ああっ、肩に頭を乗せてこてんて首傾げてるーーっ!! 可愛いーーっ!! ちらっとでも見ちゃ駄目顔がよすぎる可愛すぎる目が潰れるぅっ!!


「じゃあちょっとだけぎゅってしよう?」

「ぎゅ、ぎゅ……?」

「こっちにおいでウィズ」


 両手を広げてにっこにこに微笑んでいるメティス。「ね?」って言いながら傾いた顔に従って銀の髪もサラリと揺れてた。


「ぎゅーは?」

「ぎゅ、ぎゅう……」


 ふらふら~っと誘われるがままに手を伸ばして、ドバンッ! と扉が音を立てて開いた。


「姉さんに近づくな腹黒魔王……ッ」

「は、ハイド?!」


 登場早々ぶち切れている私の可愛い弟ハイドレンジア。

 あのパーティーで生死不明とされていたハイドが生きていた事を公表されて、寧ろ私よりも忙しくなっているのに、いつもお話する時間を作ってくれる。いっぱい一緒にいてくれるのに最近は一緒に寝てくれなくなった。私はまだ一緒に寝たい、けれどもう寝てくれない、お姉ちゃんは寂しい。

 それに、最近やたらとメティスの事を「腹黒魔王」と呼んでくる。そ、それってハイドなりの反抗的な言葉で比喩表現だよね? まさか本当にメティスが魔王様の生まれ変わりだなんて気づいていないよね?!


「婚約者との逢瀬を邪魔するなんて、例え弟といえども無粋な事だね」

「ぷふっ?!」


 メティスにむぎゅっと抱きしめられる。顔がメティスの胸に埋まってる! 身動きが取れない何も見えない~!


「メティス殿下! ハイドレンジア様を煽らないでください! また屋敷が氷漬けにされてしまいます!」

「そうなったら今夜はウィズはここでは寝られなくなるね。大丈夫だよ、僕の宮殿に泊まりにおいでよ、ウィズの部屋の用意なら出来ているからね」

「まさかその計画を実行しようとハイドレンジア様を煽った訳じゃないでしょうね?!」

「屋敷を凍らせなければ良いんだろ……コイツだけを凍らせれば!」

「ハイドレンジア様?! フリーズガンを降ろして下さいメティス殿下の策略にのってはいけません!!」


 メティスに抱きしめられているので周りの状況が何も理解できない。ただ賑やかだなぁと思いながら今日のメティスとのお茶会は幕を閉じたのでした。


 ああ、また今日もメティスに隣国に行く事を伝えられなかったなぁ。



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