【幕間】ゼノは女運が悪い、のか?【3】(リアラティ視点)



「俺が君を愛する事はない」


 ようやく私と目があったゼノ様から一番最初に飛び出した言葉がこちらでした。

 そして私は心の中で深く頷いたのです「そんな贅沢な事を考えたりなんてしていません」と。

 そして、周りの令嬢の皆様が凍り付く中でゼノ様はまた一言付け足しました。


「俺と君は政略結婚だろう、最低限の義務さえ果たせばあとは自由にしてもらって構わない。こうして俺に気を遣わなくていい」

「あ、あの」

「失礼する」


 ゼノ様が立ち去り、この場にいた皆様が気まずそうに私を見つめている。そして、私は心の中で酷く驚いていました。「お優しすぎでは?」と。

 私のような者との婚約を継続してくださるという事ですよね。私はこのお茶会にお呼ばれしたときにゼノ様がいらっしゃると聞いて、ついに婚約破棄を突きつけられてしまうのでしょうかと覚悟していましたのに。更にはゼノ様の婚約者としての勤めをしっかりと果たせば自由にしても良いとおっしゃってくださった。

 つまり、私がゼノ様に想いを寄せるのも自由ということ……。

 ぽろぽろと涙が溢れてしまい、それに気がついた周りの皆様が慌てて気遣いのお声を掛けて下さる。


「ま、まあ婚約などみな似たようなものですから」

「ええ、結婚してから信頼を築いていく者も多くおりますわ」

「ですから、気落ちなさらず……」

「ゼノ様……お優しすぎです!」

「えっっ?!」


 両手を祈るように組んで目をキラキラと煌めかせました。今度は皆様が私に困惑している気配がします、私はなにかおかしな事を言ってしまったのでしょうか?


「クノヴァライトの御令嬢は少々天然……いえ、おおらかな感性をお持ちなのね」


 お茶会の主催者であるルティシア・ロレーナ様が微笑みをくださる。こんなにも暖かな空気のお茶会は初めてです、それはルティシア様が私に悪意がいかないようにと気を遣ってくださったのでしょう。


 そして、ロレーナ様の隣で私を見つめながらも、声を掛けられずにうずうずとしてらっしゃるのは……ウィズ・ポジェライト様。本家の尊き血筋のお方です。

 お席の場所も私から一番遠い場所で、私とは近づけさせないようにしている気配を感じます。

 とてもお綺麗で、剣舞の才があり、あの第二王子のメティス殿下が寵愛しているという。ウィズ様の周りにはいつも人が集い、太陽のように周りを明るく照らす女性。


 噂ではゼノ様もよくウィズ様とお話をされているとの事です。ゼノ様はきっとウィズ様のような女性の事がお好きなのでしょう。

 ですが、私は自分の恋心を叶えようだなんて図々しい事は思いません。今の立場だけでも神に感謝したい程なのです。ゼノ様のお家が繁栄出来るように、私は誠心誠意ゼノ様のお力になりたいと考えております。


「ルティシア……とりあえずこのメモをあとでリアラティちゃんに渡して貰えないかな? 私は彼女と喋っちゃ駄目ってパパとメティスに言われてるから」

「……ウィズ、あとでゼノ様に腹パンを喰らわせるから安心してね! ……だなんてメモを子リスのようなか弱い令嬢に渡しちゃだめよ」

「ゼノの本音はお馬鹿じゃないと信じてるけど女の子にあんな言い方どうかと思うよね!! お仕置きは必要だよ?!」


 ルティシア様とウィズ様はとても仲がよさそうです。

 皆様がお茶会を再開しましょうというお話をしている最中、ふと、幼少期の事を思いだしていました。




 物心ついた時にはもう魔王戦争は終わっていました。ですが、私の領地はとても貧しく、お父様は資金の殆どを自分達ではなく、領地運営に使っていました。いつも口癖のように謝られていました、豪華なドレスを買ってやれなくてすまない、食事が芋のスープですまない、お前にメイドをつけてやれなくてすまない、と。

 けれど私はそんなお父様を誇りに思っています、自分達の事よりも領民を大切に想うお父様は私の自慢です。


 ですから、子どもの頃から私もそんなお父様のお役に立ちたくて出来る事からお手伝いをしました。古いお屋敷の掃除は昔から仕えてくれている方に教えてもらってこなし、料理も小さなコックさんと一緒にしました。領地で収穫時期になればお父様と共に収穫の手伝いにも行きました。

 貧しくて他の貴族の方々のようん暮らしなど出来なくても、愛するこの領地を守れればそれで幸せでした。


 お父様に聞いた事があります。何故我が領地は貧しいのですか? と。お父様は悲しげな顔をして「これは私達の罪なのだ」と話していました。

 クノヴァライト家はポジェライト家の分家筋であり、先代がご健在の頃は栄えていたそうです。けれど魔王が復活して一番最初に狙われたのが最北端に位置するポジェライト領でした。本家の皆様は命を賭けて戦いましたが、分家筋は皆自分の身大事さに本家の皆様に兵の応援を送らずに逃げ出したそうです。そして、先代辺境伯夫妻と多くのポジェライト兵が帰らぬ人となってしまった。


 その後、次代ポジェライト辺境伯のヴォルフ様が分家筋の全てを法の下で裁いたそうです。しかし、クノヴァライト家だけは資産の没収と、ポジェライト領の端の枯れた土地へ領地を移されたと言います。

 命は助けられた……と、そして何故命が助けられたのか。

 お父様は私の頭を撫でながら後悔と懺悔に塗れた目をしていました。



『本家の皆様を守る事よりも、家族と領民を優先してしまったんだよ。彼らの日常を過ごす幸せそうな顔がちらついて、彼らを見捨てれば本家の皆様を助けられたかもしれなかったが……私には出来なかった』



 お父様は自分の事を領主失格の弱虫だと言っていました。けれど、けれど、私は知っています。こんな不毛の大地なのに以前の領地の方々がお父様の助けになろうと居住を移した者がいる事を。お父様に助けられた謝罪と感謝を泣きながらする人がいる事を。

 本当にお父様だけが悪かったのでしょうか……どうしても何かを悪にしなければならないというのなら、それは人の心に眠る、恐怖と生への強欲さを暴き変貌させてしまった戦争そのものが悪いのではないでしょうか。


 死が怖くない者などいませんもの……。


 だからこそ、ポジェライト家当主様はお父様へは温情を施した……のかもしれません。


 亡くなったお母様は本を執筆するのがお好きでした。

 何冊も本をお書きになって、お母様が亡くなった後もその本を読む事でお母様の気配を感じる事が出来ました。私のこの口調もお母様譲りのもので、最初はお母様が恋しくて真似ていたものが今では普通になっていました。

 お母様が書いた本を何冊も、何回も読んで、お母様の中で生まれた世界にお邪魔するのが大好きです。早く寝なくちゃいけないとは分かっていても、毛布を被って夜遅くまで本を読んだりもしていました。

 もしも、お母様のお陰で本が好きにならなければ、ゼノ様と出会う事も婚約者になれる事もなかったかもしれません。


 ポジェライト家を裏切った汚らわしい一族。

 そう呼ばれる私をゼノ様は清廉された強い言葉で背を押してくれました。


 あの日から、私は密かにゼノ様に恋をしているのです。



(※リアラティのイラストは近況ノートに載せてあります。)



◇◇◇






「聞いてメティス! ゼノが婚約者ちゃんに君を愛するつもりはないなんて言ったんだよ!」

「へえ」

「興味なさそう!」

「彼が婚約者と仲良くなろうが拗れようが興味がないからね。今回の茶会をルティシア嬢に命令したのは兄上からの相談があったからだよ。本当ならクノヴァライト家がいる茶会になんて君を出席させたくなかったのに、君が一目見たいっていうから」

「お陰で近くでリアラティちゃんを見れたよ、凄く可愛い子だったよ、ありがとうメティス、えへへ」

「どうしよう……可愛すぎてお説教も出来ない」

「でもねよく考えて! 婚約者にそんな言葉言われたらショックだよね?! メティスは私にメティスを愛するつもりはないよ! なんて言われたらどうする?」

「それでも僕は君を離さないって宣言をして病むね」

「病まないで?!」

「因みにどういう風に病むのか聞いておく?」

「大丈夫! どんなメティスでも受け入れるよ!」

「僕の婚約者が男前(照)

じゃあウィズは逆に僕に言われたらどうする? 君を愛するつもりはない、って」

「え………な……泣いちゃう……かも」

「…………」

「メティスー? 突然抱きついてきてどうしたの? 大丈夫だよ、もしもの話だからね、怖くないよー?」

「かわいい……可愛すぎてつらい……なんでこれで僕の片想いなの? 呪いが本当に憎い……」

「メティスー? よしよしー?」


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