【幕間】ゼノは女運が悪い、のか?【2】
「ルーパウロ学園か……」
放課後に自身が通う学園内を歩いて回っている。エランドから例の話を聞いてから調査を始めてはみたものの、少し調べただけでは普通の魔法学校という事しか分からない。
貴族の子供が三年から五年間通う学園、魔法科や騎士科、法務科に星巡科など多彩にあるが、おかしな部分は見当たらない。
エランドが前世で出会ったというルーパウロの主。その精霊達の頂点にいた者と同じ名前の学園……か。
学園長に話を聞けたらとも思うが、もし万が一に敵対勢力に属していたらと思うと軽率な行動は取れない。それに学園長はほとんど公の場には姿を現さないときたものだ。
「まずは学園の歴史から紐解くべきだろうな、創立した時期から遡って……ん?」
俺が居る三階の窓から裏庭がよく見える。女子が四人なにやら話し込んでいる姿が偶然目に入った。その内三人はこの学園の制服を着ていて、もう一人は少し地味なドレスを着ている……が。
「あれは、リアラティ嬢か?」
この学園にまだ入学していない筈の彼女が何故ここにいる? 友人にでも会いに来たのか、いやここは部外者は立ち入り禁止の筈だ。
リアラティ嬢については最近エランドに溜息を連発されてしまった。何故だ、貴族社会の中で政略結婚は珍しくないし、利害の一致で結婚している者など沢山いる。彼女は国が決めた婚約者だ、俺もそれを呑んでいるし彼女もきっとそうだろう。お互い愛し合う事は出来なくても尊重はしようと思っている。それでいい、そうでなければ大変な事になる。
困った顔で挙動不審になっている小動物のようなリアラティ嬢を見下ろしながら、やはり可愛いと思ってしまう。
「いやいや……恋はしない、愛さない」
愛していなければ後に変貌されても傷つかない、期待をしなければ変貌した性格も多少なら受け入れられる。
が、愛してしまったあとで変わり果てた姿をさらされれば立ち直れない。自分の心を守ろうとしているのにエランドはこれの何が不満なんだ。相手は別に俺のような粗暴な奴のことを気に掛けている訳じゃない、俺が勝手に目で追っているだけで……。
「いや! この言い方だと俺がもう好いているように聞こえるだろ!!」
誰もいないのをいいことに自分で柱に頭をぶつけた。
「勘弁してくれ……っ! ただでさえ好ましい姿をしているのにっ」
婚約したときに姿絵を見せられた、想像を絶する可愛らしさに脳内でファンファーレがなっていた。そしてすぐに我に返った、この女運が悪い俺にまともな女性が婚約者としてくる筈がないと……!
だから好きにならないように実際に会わないようにしていたのにっ、無礼を承知で社交界デビューの日もエスコート役を仕事があるからと断っていたというのにっ、いっその事こんな最低な男は嫌いになってくれていいんだがっ。
「貴族の結婚は仕事の一つのようなものだ……これからもそう考えよう」
友人と談笑しているようだし、俺が挨拶する事も望んでいないだろうとその場を離れようとした時、女子の大きな声が校舎裏に響いた。
「だからわたくしの目の前をうろつくなって言っているのよ! この貧乏娘!!」
叫んだ女子に突き飛ばされ、リアラティ嬢はその場に尻餅をついて転んでしまった。彼女が転んだ拍子に籠の中に入れていたマフィンが地面に散らばる。
「なっ?!」
どうやら友人ではないようだ、思わず窓枠を掴んで身を乗り出していた。
「貴女の噂はよく聞いていてよ? あの英雄ヴォルフ様を裏切った一族なのでしょう!」
「他の分家は罪を償わされたというのに、何故貴女の家門だけは生かされているのかしら? どうせ汚いマネをしたのでしょうけど!」
「早く没落なさいよ! 犯罪者の娘の癖に!」
リアラティ嬢は何も言えずに震えながら下を向いてしまった。それでも止まない暴言の数々。
「それに貴女、社交界デビューの日に婚約者の方にエスコートもして頂けなかったんですって?」
喉の奥で声にならぬ声が漏れた。それは、俺の事だ。
「婚約者はウォード家のご子息のゼノ様でしたわよね? 不釣り合いにも程がありますわ」
「王太子殿下の最側近候補でいらっしゃる方よ? 憧れている方も多いというのに!」
「ゼノ様は英雄ディオネ様のご子息様ですもの、ヴォルフ様を陥れた家門の貴女を憎んでいて当然でしょうね!」
顔は見えないが、泣いている気がした。今まで暴言に堪えていたというのに俺の話が出た途端泣いてしまった。
ここで初めて気がついた、自分が如何に無神経だったのか。公の場に出る時に婚約者がエスコートをしないという事で、パートナーにどんな心ない噂が飛び交うのか、俺は全然考えが及んでいなかった。
彼女を憎んでいる筈がない、エスコートをしなかったのは俺の事情であって彼女に落ち度など何もなかった。俺が自分の事しか考えていなかったから……。
子供の頃のエランドの件での失態で俺は一体何を学んでいたんだ。何が愛さなくても尊重するだ、婚約者という生涯隣を預ける相手を守らずして、どうやって国を守れる!
「なんですのこの汚い食べ物! まさか貴女が作った訳ではないでしょうね?」
「そ、そのマフィンは、その、ゼノ様へ差し入れに」
「貴女の差し入れなんてゼノ様が食べる訳がないでしょう汚らわしい!!」
ぐしゃりと音をたててマフィンが見知らぬ令嬢に踏みつぶされた。リアラティ嬢は青ざめ、震えながら大粒の涙を零す。その姿を見て、ざまあみろと楽しげに笑う
「俺の婚約者に何をしている!!」
考えるよりも先に体が動いていた。窓から飛び降りて彼女達の元に着地した。
「ぜ、ゼノ様?!」
「一体どこからっ」
「彼女から離れろ!」
すぐさま割り込み、見知らぬ令嬢達を睨み付けると一瞬で怯んだ。
「わ、わたくし達は別に……その、ゼノ様のお気持ちを考えてもの申しただけですわ」
「他人に俺の気持ちを妄想されては迷惑だ」
「他人だなんて! わたくしたち同じ学科で」
「身に覚えがないな、俺は君に全く興味が無い」
傷ついた顔をされた所で知ったことはない。ある意味今後顔を忘れる事はないだろう、最悪な印象に残ったという意味でだが。
「お前達は俺の婚約者に手をあげたんだ、ただで済むと思わない方がいい」
「ご、誤解です! 私達はお話をしていただけで」
「俺は俺の目で見たものだけを信じる、お前達の言い訳など聞きたくない!」
失せろと手を払う。
「直ちにこの場から立ち去れ! 吐き気がする!」
見知らぬ令嬢達は血の気の引いた顔をしながら逃げるようにこの場から走り去った。人の顔を覚えるのは苦手なんだが、あれの顔は忘れそうにないな。後日正式に処断してやる。
リアラティ嬢に振り向き、同じ目線にしゃがみながら手を差し出した。
「大丈夫か?」
「……」
涙で濡れた大きな瞳を何度も瞬かせながら俺を凝視している。か弱そうな垂れた目が今は驚きに染まっている……あまり凝視しないで欲しい、一歩でも間違えば恋に落ちそうになる。
反応が何もないので気まずくなり、地面で踏みつぶされたマフィンを見下ろした。泥にまみれて原型が無くなってしまっている。俺の差し入れだと言っていたのを聞いたが……。
それをつまみ上げて軽く砂利を手で払い、口に運んだ。
「ゼノ様っ?! 駄目です! きたないですっ」
「……うん」
甘い菓子と砂の味が混ざりあって絶妙な味になっている。美味しいかどうかで言ったら正直泥臭くてよくわからない。
「泥の味がする」
「そ、そそそそうですよね! ぺっしてくださいっ、ゼノ様のお腹が壊れちゃいます!」
「これ位じゃ腹は壊れない」
ようやく話す気になってくれたらしい。慌てふためく姿に落ち着けと手を伸ばしかけて、触れるのを止めた。
「俺への差し入れだったんだろう」
「そ、そうだったのですが……あの、叔父様に会うという口実があったので、ゼノ様にひと目お会いしたくて、あの、あのっ」
リアラティ嬢の瞳にまたじわじわと涙が堪っていく。
「ゼノ様にご迷惑をお掛けするつもりはなかったんです……少しだけお姿を見たら帰ろうと思っていて、一言でもお話できたら嬉しいと思って、あの、あの」
涙を拭った方がいいんだろうかと思い、ハンカチを取りだしてリアラティ嬢の顔に当てたが、思っていた以上に力加減が出来ず、彼の嬢の柔らかな頬を形が変わる程に押し上げてしまった。
「す、すまん……誰かの涙を拭った経験がないんだ」
「い、いえ、そんな……」
俺からハンカチを受け取り、リアラティ嬢は嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます、ゼノ様」
勘弁してくれ……何をしても可愛いってどういう事なんだ、いっその事さっきの令嬢を張り倒すぐらいの事をしてくれたら俺だってこんなに心臓が暴れたりしないのに。
「今まで、すまなかった」
「え……」
「エスコート、一度もしなくて」
「い、いいえ! ゼノ様の嫌がる事をさせるつもりは全くないのです!」
「嫌だった訳じゃない……」
俺が勝手に逃げていただけだ。馬鹿みたいな理由で、弱くて、可憐で、君が輝きすぎているから……もし好きになった君が本当は別人格で存在していなかったらと思うと、苦しくて。
「ダンスが、下手なんだ」
「ふえ?」
「君の足を沢山踏むだろうと思って……ダンスにも誘えなかった」
リアラティ嬢は呆けた顔になり、すぐに花が咲き乱れるような笑顔で笑った。
「構わないです、いっぱい踏んで下さい」
「そういう訳にはいかない」
「私、いっぱい踏まれてもゼノ様と一緒にいられるだけで幸せですから」
は? 可愛いがすぎるんだが? ふざけるな??
すぐに我に返った。リアラティ嬢が可愛らしすぎて自分にキレる所だった。
「これからは、必要な時はエスコートをするようにする」
「よ、よろしいのですか?」
「君が、嫌じゃないなら」
「嫌なわけないです! 嬉しいです!」
リアラティ嬢の猛烈に可愛いだろう満面の笑顔が飛び出す気配を察知して、すぐさま顔を背けた。直視しては危険だ、何が危険って危険が危険だ。
むずがゆい気持ちを誤魔化すように、散らばった他のマフィンも拾って籠に入れ直した。
「俺への差し入れだったな、貰っていく」
「えっ?! でも落としてしまったものなので、ゼノ様には美味しい状態のものを食べて欲しいのですっ」
「ならまた次も作ってくれ」
「は、はい!」
すぐに顔を背けた。危ない、気を緩めるとすぐに俺の心臓を抉りかねない笑顔を見せて来ようとする、本当に危ない。
「こんな場所で座ったままでは服が汚れる、立てるか?」
もう一度手を差しのばしてもリアラティ嬢は俺の手を掴もうとしない。
「どうした?」
「えっと、えっと、あの、手が、てぶくろをしてなくて」
「手を怪我したのか?!」
「ち、ちがいまぁっ?!」
怪我をしたのなら大変だと腕を引き上げた時。何かが脳内にもやりと広がった。
前にも何か、こんな場面があったような気が……?
「リアラティ嬢、もしかして俺達は昔に会った事が……」
「あ、あわわ、あわわわわわっ?!」
みるみるうちにリアラティ嬢の顔が真っ赤に染まっていく。
「わ、私助けて頂いた竜ですぅ!!」
竜です、りゅうです、りゅうで……す。
リアラティ嬢の叫び声が校舎裏に響いた。
「……は?」
「はわっ?! ち、ちちちちちがうんです! 私人間です! でもたすけてもらって、御本を、私、あのあのっ、わたしっっ」
赤いんだか青いんだか分からない顔になり、リアラティ嬢は自分の顔を両手で隠して立ち上がった。
「すみませんすみませんまちがえましたぁ~~っ!」
そしてそのまま走り去って行く……残されたのは俺と地に落ちたマフィン。
「助けた……竜?」
意味が分からなさすぎて遠い目になってリアラティ嬢を見送った。
え? 竜? 助けた竜は山ほど居たが……まさか本当に竜だとは言わないだろうな? いや貴族だろう、普通ないだろうそんな事。え……え?
「やはり……俺の周りは癖が強い女が多いな」
◇◇◇
「ゼノが私を訪ねてくるなんて珍しいね!」
全然ときめかない満面の笑顔で王都のポジェライト邸へ俺を迎え入れるウィズ。
おい、お前の後ろに転がる黒ずくめの人間達はなんだ、刺客か? 刺客を素手で吹っ飛ばしたのか? その直後に俺を笑顔で迎えるとはどういう神経してるんだ怖すぎる。
しかし、大っっっっっ変残念な事だがコイツしか頼れる相手がいない。
「事前に手紙にも書いた通りだが……俺に、ダンスを、教えて、欲しい」
「いいよーーっ!!」
両手を振り上げて「どんとこい!」と笑っている。
俺の相当下手なダンスに合わせて踊れて、足を一度も踏まなかったのはウィズだけだ。ゴリラも泣きながら逃げ出すような令嬢だろうが、ダンスは上手い。それに気にはなっているようだが、何故俺がダンスを学びたいのか聞いてこない所もありがたい……。
「友達のお願いだからね! 全力で力になるよ!」
「恩に着る……」
しかし、俺は想像以上にダンスセンスが壊滅的だったようで、それなりの形になるのは数年先の事だった。
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