【幕間】ゼノは女運が悪い、のか?
「俺が君を愛する事はない」
そう目の前の婚約者、リアラティ嬢にハッキリと宣言する。
俺が婚約者を避け続けている事に気を遣ったんだろう、エランドがメティス殿下経由でルティシア嬢に仲を取り持てないかと声を掛けたらしい。
ルティシア嬢が主催したお茶会に、リアラティ嬢含む数人の令嬢が招待され、何故か竜騎士の俺がそのお茶会の護衛に付くというあからさま過ぎる再会を演出された。
ここでハッキリしておかないと何度でも同じ事が起きると思い、ルティシア・ロレーナ嬢にリアラティ嬢との馴れ初めやらをふられた時に先程の言葉を言い放った。
当然ながら場の空気が凍り付いて誰も口を開かない。主催者であるロレーナ嬢が真っ青になりながら、隣に座るウィズの腕を引いた。
「うぃウィズぅ……! 私初めて生で聞いちゃったよ、君を愛する事はないって、そんなっラノベじゃないんだからっ、異世界で流行りのラノベじゃないんだからっ!!」
「だ、だだだ大丈夫だよルティシア! この台詞って謂わばフラグだから! この台詞を言った人は婚約者を溺愛するっていうフラグがたってるんだよ……た、多分」
リアルでその言葉を聞くのは怖ろしいとか二人で寄り添いながら呟いている、意味が分からないな。
「俺と君は政略結婚だろう、最低限の義務さえ果たせばあとは自由にしてもらって構わない。こうして俺に気を遣わなくていい」
「あ、あの」
「失礼する」
警備を他の者に任せてこの場を後にする。後ろからウィズが「待ってゼノ! 待たないとこの石像をゼノに投げつけるよ!」とかなんとか叫んでいて、それを止める令嬢達の騒がしい声が響いていた。
◇◇◇
「お前は恋愛ごとになると本当に……」
書類を執務室のエランドに持っていくと開口一番溜息をつかれた。
いいから早く確認して判子を押してくれと書類を渡すが、受け取ってもそれに目を通さずに呆れた目で俺を見ている。
「メティスから聞いたぞ……婚約者に愛する事はないとか言ったと」
「本当の事だからな、変に期待させる必要もないだろ」
「お前は本当に…………ハァッ」
本当になんなんだ、ハッキリと言えよと睨むも、エランドは米神を抑えながら頭が痛いと呟く。
「クノヴァライト嬢の事がそんなに気に入らないのか」
「いや……」
部屋にエランド以外誰も居ない事を確認してから口を開いた。
「とても、可愛いと思う」
「は?」
意味が分からず言葉が出ないというエランドの呆けた顔は初めて見たかもしれない。
リアラティ嬢、黒檀の美しい髪に庇護欲をそそる暖かく柔らかい雰囲気。表舞台には余り出てこず、その為周囲には深窓の令嬢などと呼ばれている。
俺と初めて顔合わせした時も、可愛らしい声で恥ずかしそうに話したり、頬を赤くしたりと、この令嬢相手に可愛いと思わない男なんているのかと思った程だった。
可愛らしい、とても。好みかどうかと聞かれたら今まで出会った女性の仲で一番タイプだ。だから、だからこそだ。
「あんな可愛らしい女性がこの世に本当に存在する筈がない!」
「……待て、意味が分からない。実際にクノヴァライト嬢は存在してお前の婚約者となっているんだぞ?」
「だから! 俺が知らないだけで本性をまだ隠してるかもしれないだろ!!」
記憶を遡ると俺は碌な女に出会ったためしがない。
幼少期、魔力鑑定を見学に城へ行った時に目を奪われる程可愛い女の子を見つけた事がある。話しかけたいと胸を高鳴らせていた時、その子はメティス殿下の揉み上げを引っ張ってそれはもう怖ろしい言葉を吐いていた。国の王子相手に、しかもあのメティス殿下に、だ。俺の初恋は粉々に砕け散った。
次に、メティス殿下の婚約者の絵姿を初めて見た時に、こんなか弱そうな女がよくメティス殿下の婚約者になったなと思った。つまり顔だけは可愛いなとは思った。だが実際に会ったらそいつは、俺にヘッドロックはかますは、夕日が見える海辺で殴り合おうと笑顔で迫ってくるわ、笑顔で暗殺者を返り討ちにするわ、俺への暴力は止まないわで、女は怖ろしい生き物という意識が芽生えた。
それに加えて俺の家族もだ。
母上はあの父上を射止めた女性だ、中々に気が強い。反抗期を迎えた竜の牙を折って従えた姿を見た時は息子ながらに引いた。
そして妹のセレスだ。あいつはかなり惚れっぽい。顔が好みの男がいたらすぐに惚れて直ぐに飽きる。少し優しくされたら直ぐに惚れてすぐに飽きる。最近は男女構わず惚れては飽きて惚れては飽きてを繰り返す!!
全ての女がこんなにおかしい奴等ばかりだとは言わない……言わないが、女運の悪い俺の所には絶対まともな女は現れないと悟っている。
「だから、俺のタイプど真ん中に思えるリアラティ嬢がまともに可愛い筈が無い!!」
「落ち着けゼノ……彼女の噂はあの通りのままだ、裏がある女性とは思えない」
「そう安心させて惚れてしまってから本性をあらわにされたらどうする?! 心が打ちのめされて俺は二度と人前で笑えなくなるぞ!!」
きっと裏では筋肉を鍛えて笑っているんだ、魔物を料理したいとほくそ笑んでいるんだ、俺を弄んで隙あらばヘッドロックをかますつもりでいるんだ。
何故なら! 彼女はあのポジェライト家の分家のクノヴァライト家の令嬢だ!! まともな筈がない!! あのウィズの親類だぞ?! 絶対普通じゃないに決まってる!!
「だから最初から愛さないと言っておいた方が互いに身のためだ! 政略結婚なんだから愛など無くても成立するだろ!」
「偏見から入るのは相手に失礼だぞ」
「極めつけはお前達のせいでもある」
エランドが冷や汗を浮かべた。ホラ見ろ、思い当たる節があるだろう。
「可愛がっていた鳥が突然女になった……たとえ友人でもこの世で安心出来る女なんて俺の傍にはもう居ない」
「ゼノ……」
「どうする? リアラティ嬢が突然ウィズになったら。あ、間違えた。リアラティ嬢が突然ゴリラになったら責任を取れるか?」
「お前の中でウィズはゴリラの部類なのか」
「ゴリラに謝れ……!」
「ゴリラよりウィズが怖いのか」
「とにかく、婚約者の件についてはもう放っておいてくれ」
分かっている、あんなまともで、淑女の鏡で、非の打ち所がない程に可愛い人が俺の婚約者になる訳がない。愛するつもりはないと宣言して線引きをしておかないと、本当に恋に落ちてしまいそうなんだ。
「俺がリアラティ嬢を愛する事はない! もうこの話はこれで終わりだ!」
「お前は本当に……ハァッ」
「はっきりと言えよなんださっきから?!」
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