146-2 未来は変えられる

 子供の頃のゼノは周囲の声に全く耳を貸せない子供だった。自分の信念が全てで、正義は自分の中にあると信じて疑わない。そして、俺の事を強く思ってくれていたからこそ、紅蓮院と水龍院の関係に惑わされて俺とメティスの仲も最悪なものだと決めつけていた。

 いつだか町に出掛けた時にゼノがウィズに放った言葉。俺がメティスを倒すのだという言葉。メティスと仲違いをしていても尚、弟を思い仲直りをしたいと思っていた俺にとって、その言葉には酷く傷ついたものだった。

 そして、その言葉に対してゼノを叱り付けてくれたのがウィズだった。


「今でも思い出す度にお前の気持ちも考えずに酷い言葉を言ったと反省してるよ。子供の頃の俺はエランドが王位に就きたいと信じて疑わなかったし、それをメティス殿下が邪魔をしている悪者だと信じて疑わなかった」

「そうだったな……」

「でも、今の俺ならちゃんとお前の気持ちも考えられるようになった……と思う。お前が弟のメティス殿下の事を大切に想っている事は理解してるさ」


 申し訳なさそうに頭をかく。あの日のウィズの叱咤はゼノの心に正確に刺さっていたようだ。

 ふと思う。あの日のウィズの言葉がなければ、ゼノはどんな青年に成長していたんだろうか……と。


「もしもメティス殿下が魔王として甦っていたり、人を殺していたりなんかしたらまた話も変わっていたが、お前の話を聞いた所そんな事はしていないようだしな」

「ラフィは人の死の気配が分かるようだ、メティスからはそんな気配は感じないと言っていた」

「ラフィ嘘つかないです!」

「なら……まあ、お前に従って俺も動くさ」


 つまり、メティスが魔王だという事は伏せて、俺の意向に合わせてくれるという事だ。

 あの日メティスを倒すと言っていた子供が、今では俺の心を護る為にメティスを助けてもいいと言う。


「ありがとうゼノ、お前が親友でよかった」

「ただし! 本格的に魔王として復活したりするようなら俺だって考えが変わるからな!」

「そうだな……」


 その時は俺も、考えなくてはならない時だ。

 強く、強く願おう。俺のこの手で、罪を犯したメティスを屠るような事態が起きないことを。そして、もしも自らの手で弟の命を奪うような事が起きてしまったら……俺は正気ではいられなくなるだろう。


「大丈夫ですエランド様!」

「ラフィ?」

「何があってもエランド様の大切、私が守りますです!」


 ラフィはゼノの腕を掴んで一緒にかかげるように手を挙げた。


「エランド様に光の祝福をー!」

「おいこら、俺まで変な儀式をさせるな」


 ゼノはラフィをじっと見つめてから俺に告げる。


「なあ、もしもコイツが光の大精霊だったとするだろ?」

「実際に光魔法を使う所も見たんだ、間違いないと思うが」

「国王陛下と契約した時期と辻褄が合わないって事だろ、その頃はコイツ捕まっていた訳だし」


 ゼノは無邪気にはしゃぐラフィを見下ろしながら、とんでもない事を口走る。


「光の大精霊……二人居るって事はないか?」

「え」

「各属性の大精霊が一人だけなんて、誰が決めたんだ? それに俺は、この前エランドと言った遺跡の壁画が気になる……光らしきものが二つ描かれていたじゃないか?」


 大精霊は数多くいる精霊達の頂点に立つものでそれは一人だけであると……そう判断して決めたのは人間だ。人間の歴史にはルーパウロの主なんて言葉は出てこない。人の歴史の上で語られる事柄が真実とは限らない。

 ゼノの言うドワーフの里のドドブル鉱山地下の遺跡。ラフィが捕まっていたあの壁画の間に描かれていた壁画の光景を俺も思いだした。

  そうだ、あれには中央に向かって頭を垂れる人の形をした光が二つ、確かにあった。


「お前の言うとおりだ! あの壁画は明らかに人の世に伝わる勇者伝説のものとは違っていた! むしろ俺が見た前世の記憶に近い!」

「ドワーフの里にあったというのも興味深いな、ロタの剣になった魔物だってあそこにいたしラフィだってあそこにいた。ここまできたら無関係な場所とは思えないな」

「ああ、あの太古の壁画が光の大精霊が二人いるという事を描いているとしたら、もっと調べれば何か」

『兄上目が覚めましたか?』


 ノックの後に飛び込んできた声に部屋にいた全員で固まった……メティスの声だ。

 俺はともかくとして、ゼノとラフィは一瞬にして青ざめて小声なのに大口で叫ぶという器用な事をしだした。


「魔王だ! 魔王が来たぞ!!(小声)」

「ラフィ邪魔ですか?! 魔王様の生まれ変わり様にとって邪魔で消滅させられますか?!(小声)」

「お前絶対に本人に魔王って言うなよそれこそ消されるぞ!!(小声)」

「いいいいやです!! ラフィは死ぬ時はエランド様のお膝の上って決めてるんです!!(大声)」

「声がデカいエランドが起きている事がバレるだろ!!(大声)」


 最終的に二人して大声になっていた。なんのコントをしているんだと微笑ましく見守る。


「二人とも、別にメティスを通しても構わないんだが」

「これ!! どう説明すんだよ?!」


 ラフィを指さして叫んだゼノ。そうだった、今は人の姿になっていたんだった。


「それに! 魔王と敵対しているだろう光の大精霊がお前の部屋にいますなんて知られる訳にいかないだろ!」


 ゼノは何を思ったのか俺が寝ているベッドの毛布を捲り挙げると、そこにラフィを押し込んだ。突然ラフィを渡されたので抱きしめる形で受け止める事になる。


「おいっ?!」

「俺がメティス様を追い出すまでそこに隠しとけ!」


 ゼノはそう言ってメティスを待たせている扉へと向かったが……ゼノではメティスに口では勝てないだろうなと確信している。


「ぎゅうぎゅーです、エランド様にぎゅーです?」


 布団の中でもぞもぞと動いているラフィに申し訳ないと思いながら背に腕を回した。


「苦しいだろうがすぐに済む。少しだけ堪えてくれ」

「堪える……堪えると助かりますか?」


 助かるとはなんの話だと、毛布の中のラフィを見下ろす。

 中は当然ながら暗くよく見えないが、ラフィが自分の顔を押さえながら俺の腕の中で何度も首を傾げている動作が見て取れた。


「体温の上昇を感知です、胸のあたりがどんどこ、どこどこどん」

「具合が悪いか? やはりラフィも地下闘技場で怪我でもしたんじゃ」

「胸がどんどこしてます、ラフィは死んじゃいますか?」


 目を回しながら俺を見上げたラフィの顔は、真っ赤に染まっていた。


「兄上」


 近くで名前を呼ばれ驚いて顔を上げるとベッドの横までメティスがやって来ていた。扉の方を見ればゼノが膝をついて崩れ落ちていた。何があったのかは知らないが、やはりメティスには敵わなかったらしい。


「目が覚めたというのに、随分長くゼノ・ウォードと会話をしていたようですね」

「機嫌が悪そうだなメティス」

「王太子が意識も無く運ばれたんですよ、目が覚めたら誰かを呼ぶべきです。どれ程の者が心配した事か」


 俺が目覚めた事はゼノしか知らなかった、だというのにメティスは報告も無かったのに、自主的にここへ来た。

 メティスは口にはしないが、俺が弟を心配しているのと同じように、少しは兄の身も気に掛けてくれているという事だろう。


「心配をかけたな」

「僕はしていません、そんなもの」


 頭を撫でてやろうか? と冗談めかして言いながら手を伸ばすと、嫌そうに振り払われた。


 こんなたわいも無い兄弟のやり取りがこの先も続けば良いのにと思う。

 お前がずっとずっと小さかった頃に、俺を慕って兄様と呼びながら後をついてきた姿を今でも覚えている。小さな手を繋いで一緒に歩いて、ぎこちなく笑っていた。

 どんな形でも、お前に出会えてよかったと思える。メティス、お前の前世がなんであろうとも、今世でお前は俺の大切な家族の一人なのだから。


「いつかお前がこうして生まれる事になった願いを俺にも聞かせてくれ」

「は? 何を言っているんですか、頭でも打ちましたか?」

「辛辣だな」


 お前の願いは幾度となく踏みにじられてきたんだろうか? だが、きっと今回は未来を変えられると、そんな予感がする。


 お前を大切に想う者が、俺以外にも沢山いる世界なのだから。



(願わくば、どうか今度こそ二人の約束が果たされ幸せになれるように)



 メティスは今にも舌打ちをしそうな程に顔を歪めた。


「兄上は本当に人の事ばかりですね」

「そうか?」

「もし自覚が無ければ重症ですよ」


 メティスは毛布を手に掴み思い切り引き上げた。


「少しは自分の為に行動してほしいものですけどね」


 毛布の中にはラフィが……と思ったが、剥がされた布団の中に居たのは俺にくっついて震える、スノーバードの姿をしたラフィだった。


「って、鳥に戻れるならそう言えよ!!」


 ゼノが叫んでいる。しかしラフィは、雪の塊のように丸まって動かない。


「兄上、いつまでこの生命体を飼っているんですか」

「いつまでって……」


 ラフィの頭を撫でて笑う。


「ラフィが俺に飽きるまでかな」


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